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ミッキーはよく喋る。聞き屋って言うのは、人の話を聞くのが仕事じゃないのか? ショウは心でそう思った。聞き屋の噂は当然、ショウの耳にも届いていた。その歴史的活躍も知っている。横浜の街では、ミッキーの言葉通りに知らない者は一人もいないはずだった。しかし、駅前でのミッキーを見かけたことのあったショウだったが、まるでイメージが違うことに戸惑っている。
僕に用があるんだろ? 余計なことはいいからさ、早く本題に入らないか?
ショウはミッキーの隣の地面に腰を下ろした。ミッキーはいつも置きっ放しなっている簡易椅子に腰をかけている。ショウは壁に背を凭れ、少しミッキーを見上げて眺めている。背中に当たる壁の感触に、ほんの少しの違和感がある。この壁、なんか普通とは違うな。ショウのその言葉は、独り言のつもりが、表に漏れてしまった。
この差に気がつくのか? あんたやっぱり、噂以上だな。
僕の噂? なんだよ、それ。ショウは少し語気を強める。
この街で起きていることを、俺が知らないはずはないんだよ。ミッキーは無駄に誇らしげな態度を取る。聞き屋のイメージが、どんどんと崩れていく。
この壁はさ、あの建物と同じなんだよ。この意味は分かるだろ? そうだよ。文明以前から残されているってわけだ。こいつはな、本物のコンクリートだ。土でできているんだよ。この温かみは、そういうわけだ。ちなみにな、本物はこの一面だけだ。悲しいがな、後は全部偽物だよ。
ミッキーの言葉を聞き、ショウは壁に顔を向け、手とおでこをそっと当てる。確かな暖かさを感じ、笑顔を零す。
あんたさ、過去の世界に行けたらどうする? そのことになにか理由があるとして、なんだと思う?
いきなりなんだよ! 僕のこと、バカにしているのか? ショウはミッキーを強く睨んだよ。気持ちは分かる。俺でもそうするだろうからな。
まぁ、その反応は普通だな。信じるか信じないかはどうでもいいんだが、数年後だな、あんたは突然過去に旅立つんだよ。しかもそれには明確な理由が存在している。この話はさ、聞き屋に代々受け継がれているんだから本当だよ。疑うなんてバカな考えだな。
タイムスリップなら勉強したことがあるよ。僕の考えではさ、それほど難しいとは思わないんだ。時間を早送りしたり巻き戻したりすればいいだけだからね。けれどさ、それを内側から操作するってのは難しい。そんなことができるのは、神様くらいだろうな。とは言っても神様は、外側からそうするんだろうけれどね。この世界の外側に行ければ、ぼくにだって操作は可能だよ。
ショウはいたって真面目な顔でそう言った。
まぁ、そこまでは誰でも考えつくんだよ。そう言ってミッキーは笑顔を浮かべる。
外からの力は、この際シカトだな。命がかかるとな、不思議な力が生まれるもんなんだ。俺は何度もそういった現場を見て、乗り越えてきているからな。言っとくが、俺はまだタイムスリップはしていないぞ。
ふっ、とショウはミッキーの言葉を鼻で笑い飛ばす。それって、僕が死ぬってこと?
それはどうかな? 俺が知っているのは、あんたが過去に戻って命を救うってことだ。一つの命を救うことで無限の命が救われる。その一つが、あんた自身だってことだ。頭のいいあんたなら、その意味は分かるだろ?
ショウはミッキーの言葉を頭で反芻する。そういうことかとほんの少しの納得を見せる。
言いたいことは分かったけど、信用するのは難しいよ。まずさ、どうやって過去へ行く?命がかかっているなら、今すぐにでも行くべきだろ?
それはまぁ、俺にも分からない。まぁ、そのときになれば分かるはずだよ。気長に待つこったな。二、三年後だってことは確実だよ。
ミッキーの言葉に対しての疑問は残っていたが、反論する気が起きなかった。そのときが来れば分かるというのなら、そのときを待てばいいだけだ。気長に待つのが一番だ。ミッキーの言う通りだと、ショウは感じた。
僕に話があるって、これだけ? だったらもう、帰るとするよ。聞き屋の仕事は話を聞くことだろ? 僕はここで話すことなんてないから、仕事の邪魔になるだろ?
そう言いながら、ショウは腰を上げた。
ちょっと待てよ。と、ミッキーがショウの背中を押し、立ち上がるのを阻止した。ショウはその勢いに押され、再び腰を下ろすことになる。
さっきも言ったろ? 俺の仕事を手伝って欲しいんだよ。
そういえばそんなことを言っていたかもなと、ショウは素直にミッキーの言葉に耳を傾ける。で、なにを手伝う?
この世界に音楽がないってことは知っているだろ?
それは当然知っている。しかしそれは、世界ではっていう話だ。当時はまだ、音楽っていう言葉すらなかったんだ。横浜の街を除いてはな。横浜でだけ、ひっそりとだが、音楽の文化が残されていた。と言っても、後の音楽とは少し、その形が違うんだがな。
今回の依頼人がな、音楽家なんだよ。さっき会った場所あるだろ? あそこの三階でよくライブをしているんだ。見たことないか?
その場所には何度も足を運ばさせていた。ライブという名の興行を見世物としたレストランだ。ショウがよく拝見していたのは、ちょっとバカな話を二人組でするものや、カードや身近な素材を使って普通ではあり得ない現象を見せたりする手品と呼ばれるものだった。音楽はまだ、未体験だった。
今夜そいつのライブがあるから連れて行くよ。それよりな、その依頼ってのが、俺には不可能に近いんだよ。まさにあんた向きってやつだ。どこで手に入れたのか、一冊の形のある本を解読して欲しいんだとよ。その言葉を、父親に伝えたいとか言っていたな。
予想のしていなかった展開に、ショウの目が輝いた。今すぐ会えるのか? その本だけでも見せて欲しいな。
早速行くのか? いいねぇ、そのノリ。あんた意外と聞き屋に向いているかもな。ミッキーのそんな言葉に、ショウは何故だかいい気分になっていた。
ショウとミッキーは、真っ直ぐライブを行うレストランに向かった。




