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さぁこれで準備はできたな。後はこの二本をこことここにちょいと深めに刺して、持ち上げればいい。よいしょっと。爺さんは間抜けな声でを力を込めた。すると、ギイギイ音を立てて板が外れた。歯抜けの形に取り外された板材を、爺さんは横にずらした。
ここから下へと降りるんだが、行ってみるか? 爺さんがそう尋ねる前から答えは決まっていたようで、ショウは下を覗き込んでいる。
だけどどうやって? 飛び降りてもいいのかな?
それでも別に構わないが、壊さないように気をつけてくれよな。
爺さんがそう言ったときにはすでに、ショウは下へと降りていた。
うわぁー! 凄いや! 辺りを見回してショウがそう言った。そしてすぐ、なにかに気がついた。天井に空いている穴の端から二本の棒が床まで降りている。その棒の間を等間隔で横棒がつないでいる。そう言うことか。ショウは気がつき、その縦棒を手で掴み、横棒に足をかけた。これで登り下りをするってわけか。そう独りごち、足に力を入れて壊れないかどうかの感触を確かめた。そして上へと登って行く。
これって、爺さんが作ったの?
そうだよと言いたいが、私にそんなことはできないな。これは元々ここにあったものなんだ。実はな、三階へと登る棒も以前はあったんだ。今は使っていないので邪魔だから外しているんだがな。いずれまた、三階を利用する際には取りつけるつもりでいるんだ。
そんな爺さんの言葉を受け、ショウは二階の天井を見上げた。本当だね。あの辺りだけなんだか色が違っているね。後きっと、あの穴に棒を刺すんだ。
お前は洞察力まであるんだな。だからこそってやつか。まぁいい、私も降りるから、そこをどいてくれないか?
爺さんの言葉を聞いてすぐ、ショウは飛び降りた。なんだか呆れたような爺さんの呟きが聞こえてきたが、ショウの耳には届かない。ショウは、棚に並んだ本を夢中で物色していた。
これなんてどうだ? いつの間にかショウの隣にいた爺さんがそう言いながら取り出した本は、とても分厚く、とても片手で持てる代物ではなかった。
一階の部屋も広さこそ違うが、二階と同じ様に本で埋まった多くの棚があり、一つの机と四つの椅子が置かれていた。扉が一つあり、そこからレストランへのトイレと繋がっているはずだ。
これってきっと、昔の辞書だよね? これは全部同じ種類の文字かな?
辞書っていうのは当然この世界にも存在している。なにかを調べるときに必要だからな。しかし、今時はわざわざ直接辞書を調べる奴はいない。スティーブに聞けば済むからな。ただ稀に、どうしても直接調べたいときもある。そんなときは、スティーブにそれに見合った辞書を取り出してもらい、自分で調べたりするんだ。俺は一度もそんなことはしていなけれどな。
どうだろうな? 私にはこれとこれとこれが別物にも感じるが、これと似たような文字の連なりはよく見かけるな。しかし、私にはなんとも言えないな。
そうなんだ・・・・ と答えるショウは、すでに別の本へと手を伸ばし、意識もそっちに向いている。
これもなんかの辞書だねと言いながら、爺さんと二人で七冊の本を選んで机に並べた。
これを上に持って行きたいんだけど、いいかな? ショウがそう言うと、ほんの少し爺さんは困った表情になった。無理なの? ショウはすぐに反応を示す。
無理じゃないんだがな、そいつだけはちと重すぎる。
爺さんはため息をつき、一階に降りてから最初に手にした辞書を指差した。
大丈夫だって、僕が持つから。そう言うとショウは、両手と腹を使ってその辞書を持ち上げた。そして棒に身体を預けながらバランスよく足をかけ、上へと登っていった。全く器用なもんだな、との呟きが足元から聞こえてくる。
何度かの往復で全ての本を運び終え、机の上に並べた。これだけの量を読むなんて、例え文字を読めたとしても、俺には一年はかかるなと感じたよ。
メモをしたいんだけど、スティーブを使っちゃダメなんだよね? 墨汁で書いていたら、時間がかかり過ぎるしな。
そんなショウの独り言とも言えるトーンの言葉を聞き、爺さんは静かに立ち上がった。そしてドアを開けてトイレの中に消えて行った。




