アビシニ公爵
「陛下はああ仰られたが……やはり、エリス嬢がいないのは痛手ですなぁ」
「当たり前のように、あれだけの事ができる女性はなかなかいないですから……」
「シャルロット嬢には、困ったものですねぇ」
「ブロケットの王は、姫を溺愛していますからねぇ。よく言ったものですよ、流行遅れだなんて。外交をなんだと思っているのか……」
皇帝がいなくなって、貴族達がコソコソ話しだした。
当事者である皇太子がまだその場にいるのだが、そこはあまり気にしないらしい。
居心地が悪く、アレクシは早足で会議室を出て自室に向かったのだが、
「アレクシ殿下」
後ろから声をかけられ、アレクシは足を止めて振り返った。
「ちょっといいかな?」
「……アビシニ公爵……」
父である皇帝の従弟。
苦手な相手だ。
さっきもやたらとエリスとシャルロットの事を話していた。
「……なんでしょうか」
「少しばかり、気になる事があってね」
アビシニ公爵は笑顔で近すぎる位置まで近寄ってきて、思わず後退りしようとしたアレクシの顔の前に、上着のポケットから紙を取り出しヒラヒラさせた。
「……? なんですか?」
「私の商会で、シャルロット嬢が使った明細だよ」
「はっ?」
慌てて受け取り、内容を確認する。
「……こんなに……月々の手当じゃ全く足りない金額じゃないか……」
「彼女はそれを、君が払ってくれると言っていたそうだけど……本当に了解しているのか、と思ってね」
「はっ? どうして私がっ?」
とんでもない、というように声を上げたアレクシを見て、アビシニ公爵は『おお!』と大袈裟に呻いて天を仰いだ。
「どうやら君たちの間に、行き違いがあったようだね。彼女は君に『なんでも買ってやる』と言われていると主張して、帝都の商会で買い物をしまくっているようだよ?」
「そん、な……そんな事、言った覚えは……」
確かに、一緒に出掛けた際に立ち寄った商会で、好きな物を買ってやると言って、ドレスや宝石を買い与えた事は何度もある。けれど、それはあくまでも一緒の時の事で、勝手に何でも買っていいという事ではない。
それに、こんな大金を何に?
「大きなスカーレットの首飾りとイヤリングが気に入ったようでね。ご存じの通り、スカーレットは産地が限られた貴重な宝石だからね」
アレクシの考えを読んだように、アビシニ公爵が言った。
「店の者も流石に驚いて、彼女に本当にいいのか尋ねたらしいんだけど『私の事を疑うのか』と激昂されて、それ以上は何も言えなかったそうだよ。請求は帝国の会計に届けたけれども……さて、どうなる事やら」
「……どうなるかって……」
『さっき、毎月の手当金の件が上がったばかりじゃないか……もしかして、父上がルロワ侯爵を呼んだのは、この件なのか?』
「……シャルロット嬢には、困ったもんだねぇ。姉のエリス嬢とこれほど違うとは、誰も思っていなかったんじゃないか? 少なくとも私は、同じ親に育てられたんだしアレクシ殿下の心も掴んだのだから、エリス嬢以上、少なくとも、同等くらいには素晴らしい令嬢かと思っていたんだけれどねぇ」
「……アビシニ公爵、すみませんが用事があるので失礼します」
『マズイ、父上に説明に行かなければ!』
そう思い、その場を立ち去ろうとしたアレクシの手首を、アビシニ公爵は強く掴んだ。
「っ! なんですか急に! 無礼でしょう!」
「マルタンとの戦争」
「!?」
耳元で囁かれた言葉に、アレクシは息を呑んだ。
スカーレットは、赤く透き通った宝石です。




