楽しいひと時
どれくらい時間が経ったか。
執務室の扉がノックされ、俺は書類から顔を上げた。
「陛下、エリス様がおみえです」
「エリスが?」
護衛兵の言葉に驚いていると、一緒に書類を処理していたサミュエルが、大きく伸びをしながら立ち上がった。
「はーっ、では、休憩にしましょう。こちらで陛下と一緒にお茶を、とエリス様にお伝えしておいたのですよ。はい、これがエリス様からの書類です」
「サミュエル~」
こいつは、アメとムチの使い方が上手い。
「私は失礼しますので、お二人でご検討下さい」
「おお!」
そんな事を言っている間に、お菓子やお茶の準備も整えられた。
「フェル様、お仕事の方は大丈夫なのでしょうか?」
少し首を傾げ、様子を覗う表情のエリス。
……可愛い。
俺はウキウキ気分で頷いた。
「ああ、大丈夫。サミュエルの許可が出たからな!」
「本日は随分はかどりましたので、私もこれで失礼致します。この後は予定もございませんので、どうぞ、ごゆっくりなさって下さい」
そう言ってサミュエルが出て行き、執務室は俺とエリスの二人になった。
「えーと……エリスの書類、これから見るんだ。すまないな」
「いいえ、お忙しい中、ありがとうございます」
にっこりと笑って頭を下げるエリス。
ふた月一緒に暮らして、俺達はお互いにだいぶ打ち解けたと思う。
けど、マルタンに来てからのエリスは日に日に美しさが増してきているんで『見慣れる』ってことがない。どんどん彼女を直視できなくなってきている。大問題だ!
絹のように艶々の真っ黒い髪、宝石のように輝く黒い瞳、花びらのような唇、美しい姿勢。
青いシンプルなデザインのドレスが、細く引き締まった身体によく似合っている。
「……今日のドレスも素敵だ。よく似合っている」
「ありがとうございます。マルタン特産の藍染で作ってもらったドレスです」
「ああ、そういえば……」
そう言われて、街でもよく見かける色だと気づく。
「君が身に着けると、特別な物に見えるから不思議だ」
「そんな……」
少し頬を赤らめ、恥ずかしそうに微笑むエリス。ああ……めちゃくちゃ可愛い。
「……じゃあ、お茶を飲みながら読ませてもらうよ」
「はい」
お茶を飲み、焼き菓子をポイ、と口に入れながら書類をめくる。
「えーと……ああ、学校の事か」
「はい。以前からフェル様が力を入れてらっしゃると伺いましたので」
「そう、やっぱりこれからは読み書き、そして簡単な計算くらいはできないと、と思っているんだけど……なかなか難しいんだよな。特に田舎の方では子供も重要な働き手だから、学校を作っても親が通わせてくれないことが多いんだ」
「ガルシアでもそうでした。最初のうちは大勢通っていても、そのうち家の手伝いが優先されて、最後には何人も残らず……そこで考えたのですが、パンをあげるというのはどうでしょう」
「パンを?」
「ええ、学校に行ったら勉強を教えてもらえるうえにパンがもらえるとなれば、親も学校に通わせてくれるのでは?」
「それはいい考えだけど、戦争のせいであまり予算も穀物の備蓄もないんだよな」
「もちろん今すぐにとはいかないと思いますが、少しずつ準備をしていけたら、と思いまして。マルタンでは、天候が悪かった時などの為の作物を作っていますよね?」
「ああ、ソバ、ヒエ、マメとか」
「それを使ったパンを作ろうと思います」
「えっ? でもあんまりおいしくないよ、あれ」
子供の頃に食べたけど、どれもおいしくないんだよな。食べるもんがないからしかたなく食べてたけど。
「エリスは食べた事ないだろうけど」
「いえ、わたくしも食べた事ありますよ」
「えっ? そうなの?」
「はい。小麦と同じように使おうとすると食べにくいだけで、工夫すれば美味しくなるんです。小麦に混ぜればかさ増しになりますし、食感が変わって、むしろ美味しくもなります。後で作ってみても良いですか?」
「えっ? エリス、料理できるの?」
「ほんの少しですが。ガルシアでも同じような問題がありまして、どうにか雑穀をうまく使えないかと思い、いろいろ試作をしていたんです。結構美味しいものができたんですよ」
ニッコリと笑うエリス。
ああ……エリス手作りのパンなんて、美味しくなくても美味しく食べれるな、絶対!
エリスは特別!




