美しき妹
自室に戻り、残されていた机の上にパンとカップを置き、椅子に腰かけた。
乾いてカチカチのパンだけど、カビていないし腐ってもいないから問題ない。
侯爵家の人間が自分の屋敷で食べるものではないだろうけれど、命からがら戦場から戻ったわたしにとっては、安全な室内で傷んでいないパンが食べられるだけでありがたいと感じる。
戦の際は、家から一名以上若者を戦地に出すことが貴族の、皇帝への忠義の証とされている。
もちろん、例外はある。跡取りが一名しかいない場合や、子供が女性だけの場合など。
我が侯爵家も、子供はわたしと妹の女子のみ。
この場合、親戚筋に頼むとか、他家より多く資金を出す等すればいいのだ。
それなのに。
長女で、幼い頃から皇太子の婚約者であるわたしを、父は戦場へと送り出した。
『皇太子殿下の初陣だ。婚約者のお前も一緒に戦場へ行け。無論、皇太子殿下と共に安全な場所にいるだけで良い』
そんな、これまでに前例のない事を言われ、それでも拒否する事は出来ず、戦場へ赴いた。
初めて行った戦場は、過酷な場所だった。
わたしは貴族だから扱いが良かったけれど、それでも日が経つにつれ、辛さと厳しさが増していった。
作戦は上手くいかず、怪我人が増え、死人が出て、負けがこんできて、どんどん雰囲気が悪くなっていった。
『酷い戦だったわ……』
そう思いおこしながら、固いパンを小さくちぎって口に入れた時、大きな音を立てて扉が開いた。
「まあ! なんてみすぼらしいのかしら!」
薄暗い部屋に、笑いを含んだ声が響いた。
金髪の巻き毛、大きな水色の瞳、白い肌、華奢で小さな身体、長い手足。
「……シャルロット……」
流行りの水色のドレス姿の、国一番の美女と言われている妹のシャルロットがそこに立っていた。
宮殿で着替えとしてもらった黒いワンピースを着て、ボサボサの黒髪を一つに括って、固くなったパンを握りしめたわたしと、半分だけとはいえ、同じ血が流れると誰が思うだろう。
この美しい、二歳年の離れた妹のシャルロットが社交界デビューをしてから、全てが変わった。
「なんて惨めな姿なのかしら。皇太子殿下の婚約者とは思えないわね、お姉様」
綺麗な笑顔で、美しい詩でも口ずさむかのように言う。
「戦に行ってすぐ死ぬかと思ったのに生きて帰ってきたかと思ったら、すぐに逆戻り。明日、またマルタン王国に行くそうね。向こうへ行ったら処刑されるでしょうね、マルタン王を殺したのだから。ああ、アレクシ殿下とはわたしが結婚するから安心して」
「…………」
驚きは無い。
そう、アレクシ様は、シャルロットをお選びになったのだから。
固いパンも、小さくちぎればどうにか……。