非情な命令
「エリス、お前にはマルタン王国に行ってもらう」
父は、わたしの顔を見ずにそう言った。
「マルタンの新王がそう望んでいるそうだ。ガルシア帝国の為だ。いいな?」
「はい。かしこまりました」
このルロワ侯爵家で、当主である父の言葉は絶対だ。
わたしは、それに従うしかない。
「出発は明日の朝だ。話は以上。自室に戻って用意をするがいい」
「はい。失礼致します」
わたしは深くお辞儀をし、父の書斎を出た。
最後まで父は、わたしを見なかった。
わたしは、エリス・ルロワ、十八歳。
ルロワ侯爵家の長女で、ガルシア帝国の皇太子殿下、アレクシ・ガルシア様の婚約者だ。
それはもちろん、わたしの希望というわけではなく、幼い頃から決められていた事。
『将来、皇后となるのだから』
そう言われ、幼少の頃から礼儀、作法、ダンスの他に、外国語、各国の歴史、馬術、剣術、兵法まで叩き込まれた。
とても厳しく教育され、とても辛かった。
それでも。
『君がとても努力している事、僕は知っているよ。そしてそれが、僕のためだって、ちゃんとわかっているよ』
アレクシ様がそう仰ってくださったから。
『一緒にこの国の事を考えてくれるのがエリスで良かった。ずっと一緒に、この国の為に努力していこう。君となら、僕はきっと良い王になれる』
アレクシ様がそう笑ってくださったから。
『エリスは可愛いよ。君は嫌いだって言うけど、僕は黒髪、好きだよ』
アレクシ様がそう寄り添ってくださったから。
わたしは努力し続けた。
あまり容姿が良くなかったので、それをカバーする為にダンスやマナーをしっかりと学んだ。
アレクシ様が貴族達に侮られる事がないよう、アレクシ様が民達に好かれるよう、アレクシ様の治める帝国が他国から攻められることなく発展し、民の生活が向上し『賢王』と呼ばれる事となるように。
そのお手伝いができるよう、どんなに苦しくても努力も怠らない。
いつか、皇后となるその日まで。
けれど。
その努力は報われなかった。
わたしはアレクシ様に、望まれない存在となってしまったのだから……。
頑張ります! どうぞ、これからよろしくお願いいたします。