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第1話 地下の暮らし

ベルクデンより遥か西方の地。

街道も途絶え、見渡す限り荒れ野が広がり、かつては僅かながらも鉱石が取れ、その益を得ようと採掘者や開拓者、商人が集まって作られた村や交換所、近在の領主から派遣された兵たちの詰所などが点在していたが、自然の猛威、王都近くで討伐された魔獣の残党による殺戮、荒んだ環境により採掘者同士の諍いも多く、一つ、また一つと風に吹かれる砂山のように消え去り、旅人も稀にしか訪れず、残された開拓者達の子孫や、古来より住んでいた者たちの忘れ形見などが細々と命をつなぐ、歴史からも支配からも忘れられた荒野に、1人の名もなき少年がいた ー


華やかな王都や、領主が治める豊かな土地を耕す者達からは想像も出来ぬであろう過酷な暮らし、それしかここには無いようだった。


一年を通して海から吹く風は強い塩分を含み、草を枯らし、木を倒してゆく。

夏は嵐を、冬は吹雪を呼び、春と秋には虫が大発生し、残り少ない緑と小動物までもを食い荒らしてゆく。

鉱石を取るために掘られた蟻の巣のような地下で残された人々は生きていた。

井戸水の何本かは今も使えたし、

吹雪や嵐、時に起こる竜巻から身を守るためには広く深い地下道はうってつけだった。

彼らは海で貝と海藻を、

崖で鳥の卵を、

荒野でニオイネズミを狩り、食糧としていた。


「とうさん!今度のワナはすごいよ!4匹もニオイネズミがかかっていたのに、少しも破れていないんだよ!」

「すごいじゃないか、イグルー。もう父さんの負けは決定的だな。父さんのはもう1週間もハズレだよ。まいった!師匠と弟子の交代だな。」


チラチラと燃える焚き火の灯りが親子の頬を照らした。

イグルーと呼ばれた少年の方は桃色に染まり、父親の方は日焼けした肌とくっきりと掘られた傷跡のせいで暗さが目立った。


イグルーは早速火のそばに腰を下ろし、過去のワナと新しいワナとの違い、どこを改良し、どういう点でうまくいったのか、そこに至るまでの自分の考えを、息を吐く間も無くしゃべり続け、それとは無意識に手のひらで小刀をクルクルと回していた。


父親は息子が取ってきたニオイネズミを壁に作った活け穴に放り込んだ。虫の死骸や鳥の骨を餌にすれば、2週間は生きたまま飼える。すぐに肉にしてしまうのは不安だった。また嵐が来そうなのだ。嵐が来たら狩りにはいけない。初夏の嵐は雨と共にすぐに通り過ぎるが、夏の終わりの嵐は空気が乾いているので厄介だ。砂を巻き上げ、何日もかけてゆっくり進むのだ。その間、地下では少しの食べ物をいかに食い繋ぐか ー。それが生き残るための唯一の道だった。生きるために食べるのを止める。

オレ1人なら何日でも。

いや、しかしこの子は。


白い歯を見せ、楽しそうに語り続ける息子を見て、父親は胸が詰まりそうな思いだった。

いつまでこの子の笑顔を見る事が出来るだろう?

いつまでこの子の快活な声を聞くことが出来るのだろう?

なぜ自分はこの地に留まり続け、息子にもそれを強いているのだろうか ー。


「じゃ、この勝負はボクの勝ちって事で。」

イグルーはにんまりと父親を見た。

「約束だよ!あれを見せてよ。」

と、芝居がかった動作で父親に向かって両手を差し出した。


「ついにお前に渡す時が来たか。」父親も負けじと大袈裟に方にかかったマントを背中に払い、大股で部屋を横切っていった。

そして隅の壁を登り始めた。

壁に突き刺してあるいくつかのペグに手足をかけ、天井近くまで登ると、そこには小さな穴があり、そこに右手を肩まで突っ込んだ。


茶色の布に包まれ、褐色の紐に括られた包みを懐に入れ、ゆっくりと降りてくる。

歌を歌いながら。

それらの一連の父親の動作はまるで偉い神様の儀式のようで、イグルーは興奮を抑えられなかった。

脚をバタバタさせ、焚き火の灰が皮サンダルにあたったので、低い煙のように床が白く霞んだ。


父親は息子と焚き火を挟んで座り、懐の包みを取り出した。

イグルーは覗き込んだが、焚き火の火が熱く、すぐに立ち上がり父親の隣に座った。


父親はまだ歌いながら、包みの紐を解き始めた。

ボロボロの布に反して、紐はまるで昨日作られたかのようにしっかりとして、ツヤがあった。

父親の低く響く歌は地下道に響き、戻り、イグルーは不思議な気分になった。

父は何を歌っているのか?

どんな意味があるのか?

知りたくてたまらない。でも今、父に話しかけて歌を中断させるのは良くないような気がした。

イグルーのそんな思いを見透かしたように父親は笑った。

笑いながら歌い、同じフレーズを繰り返した。

それは単純なフレーズで、イグルーも、すぐに覚えて、父親と共に歌った。

ヴォイアラマール!

ヴォイアラマール!

ヴォイアラマール!


二人の笑い声と共に歌は終わり、包みは開いた。

イグルーは思わず叫んだ。

「すごい!」

そこにあったのはニオイネズミの頭ほどもある大きな蒼い石だった。

まるで蒼く燃える炎がそのまま石になったかのように、下半分は丸く、上半分は鋭い棘が何本も生えてるような形だった。

石は中心までも見通せるほど澄み切った蒼だった。


「とうさん、これ何?

何で出来てるの?」

「これは宝石では無いのだよ、イグルー。」父親は話し始めた。


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