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サルト  作者: 岩槻大介
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花たちよ!

 と、ここまでがぼくのしょうもない小学校時代の話。

 ごめんね。退屈だったでしょ。

 さぁ、いよいよこれからは、愛とロマンに満ちあふれた中学時代の始まり始まり!

 と言うのはうそで、ぼくの中学時代は愛もなければロマンもなく、一分もくれれば充分に語りきれる、うすっぺらい三年間だった。

 一点豪華主義。一言で語るなら、そんな言葉が思い浮かぶ。

 相変わらず勉強はだめで、ぼくとケンはいつもクラスの落ちこぼれ。ならばとがんばって色気づいてはみたものの、3回コクって全て瞬殺。ロマンも何もあったもんじゃない。

 まぁニヤニヤせずにコクれただけでも、ぼくにとっては目覚ましい進歩だ。

 そしてもっと飛躍的な伸びを見せたのが、ぼくの身長だった。入学してから一気に伸び始め、一年の終わりにはなんとケンを抜いていた。

 ちなみにケンは、タテに伸びればいいものをヨコにばかりからだが伸びて、二年の終わりにはただのみじめなチビデブに成り下がっていた。こんなやつを六年間も「さん」付けで呼んでいたなんて、思い出しただけで笑っちゃう。つーか腹立つ。

 同じ頃、ヒロタは進学塾に通いだして、ぼくらが立ち入れない世界に身を投じてしまった。

 で、そんなぼくの豪華だった一点って何かと言うと…。

 あのね、ぼくは二年の秋に、県で1番の記録を出したんだ。

 反復横とびではない。走り高跳びで。

 ちょっと話がもどるけど、小学校の卒業式に来賓として中学の先生が一人招かれていた。その先生、聞くところによると陣内先生の大学の後輩で、まゆ毛が一直線につながった、いかにもジャージが似合いそうな人だった。

「佐藤、ちょっと来い」

 式典が終わると陣内先生はぼくを呼んだ。そしてニコニコしながらぼくの両肩を手で押さえてくるっと振り向かせた。目の前には、その中学の先生が立っていた。

「こいつ、頭を使うのはからきしダメだが、全身のバネは半端じゃないものを持っている。もしかしたら十年に一人の逸材かも知れん」

 陣内先生は、そんな、みもふたもない言葉でぼくを紹介した。

 つーか、はっきり言って意味も分からなかった。

 だから、まゆ毛一直線先生の「よし。中学に入ったら俺のところへ来い」なんて衝撃のプロポーズともとれる一言を聞いても、ぼくは何のことだかさっぱり分からなかった。

 でも、まぁヒマだったので、入学式が終わったその足で訪ねてみると、まゆ毛先生は本当にぼくを待っていた。

 陸上部の部室の前で。

 後から聞いたらそのまゆ毛先生、走り高跳びでインターハイの出場経験あり。そんなわけで、ここからは血と汗と涙にまみれた感動のスポ根ドラマの始まり始まり!

 と言うのももちろんうそで、陸上部に入部したものの、ぼくは何かと理由をつけては練習をサボり、ケンとつるんでワルさばかりしていた。

「お前には体育しかなかったんじゃねーの?」

 ケンに言われた時は、さすがにショックだった。

 だから大会の直前になって猛練習をしたら、県で1番になっちゃった。なんか、あのセリフは偉大だ。人に言われると、特に効果を発揮する。

 三年の秋に、ぼくは担任からスポーツ推薦の話を持ちかけられた。

「この高校は陸上にとっても力を入れている。お前だったら先生、推薦文を書いてやってもいいんだぞ」

 そう言って担任は、県でも有名な私立高校のパンフレットを見せた。

 ぼくは、首を振った。

「先生ごめんなさい。実はぼく、三年前から志望校は決めてあったんです」


 いきなり、父ちゃんの話をする。

 父ちゃんは今、駅前のスーパーマーケットで働いている。野菜や魚を適当にパック詰めして棚に並べる仕事だ。今日は店長に休みをもらって、あそこでギターを弾いている。

 いや、あそこじゃなくても、月一回はライブハウスでギターを弾いて唄っている。バンドを組んだのだ。

 ぼくも何度か見に行った。三人編成のオヤジバンドだ。しかもその顔ぶれがすごい。

 ボーカル・ギター、父ちゃん。

 ドラムス、じじぃ。

 そしてベース、なぜかデブ教頭。

 じじぃから強制的に特訓を受けたデブ教頭は、あの時のケンみたいな雑巾汗をステージでかきまくっていた。かわいそうに。

 そのライブハウスの壁には、エルビス・プレスリーって人の写真がいっぱい飾ってあった。ロックンロールの神様なんだって。ぼくにオレンジジュースを持ってきた店長さんが、そう言っていた。

 ぼくはその写真の顔を見て、なるほど、思った。

 父ちゃんは千葉県になりたいわけじゃなかったんだ。

 この人になりたかったんだ。

 でもやりすぎちゃうあたりが、父ちゃんらしいと言えば父ちゃんらしい。要するに、マッスグしか見えないんだ。

「今日は来てくれてありがとう。それじゃ最後の曲、聴いて下さい。なずな台学園高校・校歌!」

 おいおい、いいのかよ、そんな曲勝手にやっちゃって。

 でも理事長と、作った本人がやってるんだから、いいのか。

 ちなみにあの校歌は、第一回の入学式になんと生で演奏されたらしい。もちろん、父ちゃんが唄って。

 最初に聴いた生徒や保護者は、さぞかしびっくりしたことだろう。なんせ、入学した高校の校歌が、ロックンロールだ。

 着物姿のお母さん連中は、腰を抜かしかねない。

 実際、賛否両論の声が上がったらしいが、理事長はそれをうまくキャッチフレーズにしてこう説いた。

「ただ生きてるだけじゃ、つまらんでしょ。どうせならカッコよく生きて、人生に可憐な花を咲かせたい。そう思いませんか、お母さんたち」

 父ちゃんから聞いたのだが、じじぃのその言葉に母親たちの表情は一変したそうだ。

 さすがだ。おばさんたちは、可憐な花にたいてい飢えている。

 そして二回目、三回目と入学式で校歌が披露されるたびに、いい話題だけがうまく広がって、今年はついにテレビ中継だ。

 カメラが保護者席をゆっくりと映し出す。

 着物姿のお母さんたちが、一斉にあごでリズムをとっている。

 世代的にも、ロックンロールはジャストミートだったりして。

 でもカメラさん、そっちの席に、ぼくの保護者はいないよ。

 ぼくの唯一の保護者は…。

 ぼくの、父ちゃんは…。

 あそこでギター弾いて唄っているんだ。

 ぼくたち親子は、確かに普通じゃないかもしれない。

 まわりに比べると、ちょっとななめになっているのかもしれない。

 でも、この角度が、ぼくたちのマッスグなんだ。

 どんな機械で計ろうと、ぼくたちはマッスグに生きているんだ。

 カメラがステージに向けられる。

 ぼくの父ちゃんに向けられる。

 それしかない父ちゃんに向けられる。

 もう、怪しまれてもいい。

 ぼくはステージの父ちゃんに合わせて、大声で唄った。

 唄いたかったんだ。

 夢だったんだ。

 この学校に入学して、この校歌を唄うことが。


 咲くがいい 花たちよ その水分を糧にして

 育つがいい 花たちよ なずな台学園 高等学校で


 父ちゃんの後ろで、じじぃがスティックをくるくると回した時、窓の外で桜の花びらが 可憐に舞った。

 可憐な花。花たちよ。

 これをロックンロールと呼ぶんだぜ。

 そうでしょ、母さん!


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