表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サルト  作者: 岩槻大介
16/19

どくろギターを弾く父ちゃん

 なんだ、このギター。銀色の金属でできている。

 大きさは父ちゃんの持っているアコースティックギターと変わらないくらい。でも、木じゃない。ぼくが、ぼくの顔が、映っている。それにああっ、これは、ロックの王様のギターだ。だって…。

「何してる。早く持ってこんか!」

 だって、書いてあるもん。ロックの王様、って。ギターの平らなところに。黒マジックで。

 ぼくはそれをロッカーから慎重に取り出した。金属だ。重い。

 落とさないように、ぶつけないように、右手で抱え、左手でガラスのドアを、あー、父ちゃん…。

「ん? んん? コクト…?」

 背中ではなく正面を向いた父ちゃんが、言いながら目をこする。

「お前、なんでこんなところにいるんだ」

「心配するな。こいつはわしに付いて来ただけだ」

 付いて来たんじゃなくて、連れて来たんだろ。

「あんたの唄いたい歌が、どうしても聞きたいって言ってな」

 そんなこと言ってねーよ。

「佐藤さんのお子さんだったんですか」

 デブ教頭がハンカチで汗を拭いながらぼくを見る。

 仕方がないので、ぼくは小さくうなずいた。

「さ、これで存分に唄えるだろう。チューニングは合ってるはずだ」

 そう言ってじじぃは、ぼくが持ってきたギターを父ちゃんに渡した。

 父ちゃんは、それを手に取って目を丸くした。

「ド、ドブロギター…」

 どくろギター? なんて不気味な名前なんだ。

 父ちゃんがジャラーンと鳴らす。ひやぁ、なんだこの音は。ギターの音じゃないみたい。って言うか、楽器の音って気がしない。

 父ちゃんのジャラーンが、次第にジャラーンじゃなくなって、ジャラジャラジャラジャラ、ジャッカジャッカジャッカジャッカ、になって、ズンズジャッカズンズジャッカズンズジャッカズンズジャッカ、になった頃には、みんながだまって、工事の音もだまって、校舎全体がだまって、父ちゃんが目をつぶって、ジャッカジャッカジャッカジャッカ、世界がだまって、そして、始まった。父ちゃんが、始まった。あの歌が、ぼくが聞きたかった、あの歌が始まった。


 ぼくらはただ走るんじゃなく、カッコよく走りたいのさ…♪。


 父ちゃん、カッコいいよ。アホだけど、アホなりにカッコいいよ。

 どくろギターを弾く父ちゃん、すっげーカッコいいよ。

 父ちゃんは、アホで、母さんに怒られてばっかで、だらしなくて、なさけなくて、ぼくよりもコドモで、ぼくは…ぼくは…。

 食べるものは、母さんがくれた。

 着るものも、母さんがくれた。

 起こしてくれるのも母さんで、寝かしつけてくれるのも母さんだった。

 ぼくは、父ちゃんなんかいなくても生きていけると思っていた。

 でも父ちゃんの校歌を聞いているうちに、降ってきた。

 雨のように、いろんな思い出が、チャーシューが、降ってきた。

 ラーメン屋さんで、父ちゃんは自分のチャーシューを箸でつまんで、ぼくのラーメンの上に乗せた。

「ほら、こうするとただのラーメンがチャーシューメンになるだろ」

 ならないよ、2枚じゃ。でも、ぼくはうれしかった。ぼくのどんぶりと父ちゃんのどんぶりの間に、てんてんてんとスープがたれてテーブルを汚していた。

 運動会を見に来た父ちゃんは、トラックを行進中の鼓笛隊に分け入ってきて、中太鼓をたたくぼくを大声でまくし立てた。

「コクト、お前だけワンテンポずれてるよ、いいかよく聞け、このリズムだ、タンタタタン、だめだめ、ここ、ここでバスドラとユニゾンでたたかなきゃ、あーんもう、父ちゃんに貸してみ」

 陣内先生になだめられてトラックの外に出されると、父ちゃんはしょんぼりした顔でぼくを見ていた。

 父ちゃん。なんで父ちゃんは、一から十までアホなの。

 父ちゃんのアホは、世界一だよ。だからアホが作る歌は、世界一だよ。

 父ちゃんの校歌は、世界一だよ。

 ぼく、この校歌を、唄いたいよ。

 ジャッカジャッカジャッカジャッカジャーン。終わった。

 ぼくの視界のまわりには、なんだかにじんだ額縁が現れていた。

 ぱち、ぱち、ぱち。じじぃだ。

 その後ろで校長と教頭が、下を向いたままくちびるをかんでいる。

 ぱち、ぱち、ぱち… え?

 校長じゃない。教頭でもない。

 はちぱちぱちぱち、ええっ? いろんな作業服姿の人たちが、ぱちぱちぱちぱち、うわ、何人も、みんなで、にこにこして、ぱちぱちぱち、いつの間に、職員室が、ぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱちぱち!

 父ちゃん。

 本当に言いたいことって、こうやって言えば伝わるんだね。

 そしたらみんな、分かってくれるんだね。

 大丈夫。しょせん言葉なんて、世界なんて、ケツメドボンバーさ。

 いつしかぼくの視界は、全部額縁になっていた。

「校長、早速明日、レコーディングだ!」

 やっと拍手するのを止めたじじぃが、突然でかい声を張り上げた。

「レ、レコ、って、もしかして、今の…」

「そう。我が校の、校歌のレコーディングだ」

 口をぱふぱふさせたまま、校長と教頭が顔を見合わせている。

 それを鼻で笑ってから、じじぃは父ちゃんの肩をポンとたたいた。

「相変わらずのロックンロール・スピリットだな。うれしいよ」

 父ちゃんは照れ笑いしながら自慢のモミアゲを指でこすった。

「サンキュ。俺には、これしかないから」

 出たっ、父ちゃんのキメゼリフ。

 じじぃが笑う。どうやら校歌の正式決定のようだ。

 父ちゃん、プロの仕事、やったじゃん。

「ところであんた、何者?」

 父ちゃんは、どくろギターとじじぃを交互に見て言った。

「おう、すまんすまん。自己紹介がおくれたな。わしはこういうモンだ」

 じじぃは首からぶらさげたがま口から、一枚の名刺を出した。

「――理事長、夏目、ゆ…」

 声に出してそこまで読んだ父ちゃんは、なぜかいきなり固まってしまった。

「な、夏目さん?」

 今度はじじぃが少し照れた顔をして、ニヤッと笑った。

「久しぶりだな。スネークスのDAISUKE」

 どくろギターに窓の外の景色が映っていた。

 逃れようのなさそうな、秋の空が映っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ