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サルト  作者: 岩槻大介
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校歌のイントロ

 ぼくの父ちゃんは、アホである。

 人間味のある、とか、もうしょうがないんだからぁ的な愛情表現で言っているのではない。

 単に学力的なレベルを言っているのだ。

 麦畑をどくばたけ、と読み、小野妹子は女だと言い張る。

「島根や鳥取に住んでいるのは、ほとんどが中国人なんだ。だから中国地方って言うんだよ」

 そんなことを本気でぼくに熱弁するのだ。

 全くぼくの父ちゃんは…。


 つーかそれより、あまりにも定番過ぎて恥ずかしいくらい咲き誇っている。

 父ちゃんではない。桜だ。

 入学式が行われている体育館の中央に並んだパイプ椅子。ぼくはそこに座ってギャラリーの上にある窓の外を見上げた。

 あの枝は体育館のすぐ裏手にある雑木林から伸びている。

 この学校には、見上げるような桜の大木はまだ一本もない。

 雑木林の桜は、長い足を自慢するモデルのように悠然とフェンスを乗り越え、窓の外で風に吹かれている。

 ずいぶんと粋なはからいをする侵入者だ。しばらく見ていると、まるで薄ピンク色したたくさんの小人たちに、外からそっとのぞかれているような気になってくる。

「続きまして、校歌斉唱。2・3年生起立」

 進行役の教頭先生の声が左右の大型スピーカーから聞こえ、ぼくはハッとわれに返った。

 ステージの天井からは『祝・第四回なずな台学園高校入学式』という巨大な横断幕が吊り下がっている。

「お、いよいよ例の…」

「そうそう」

 ぼくのまわりにいる新入生たちからそんな会話がもれる。

 後ろに陣取った保護者たちも何やらざわつき始める。

 その中央で、大げさなテレビカメラが首をゆっくりと振り始める。

さすがに四度目だけあって、今年はついに地元のケーブルテレビが腰を上げた。『わが町自慢捜索隊』のコーナーで、この、世にも珍しい光景を紹介するらしい。

 校歌のイントロが響き出す。

 なんだか照れくさい。

 ぼくの心の奥の方に、熱く、くすぐったい感覚がこみ上げてきた。

 ずっと、三年以上前からずっと、ぼくはこの光景を思い描いていたんだ。トットン、ジャカジャン、ジャンジャカジャカジャン…。

 ――あっ。

 遅かった。ついつい出だしを口ずさんでしまった。

 まわりの新入生たちがぼくをいぶかし気な表情で見る。どうしてこいつ、入学したばかりの学校の校歌を唄えるんだ。新入生たちの目は、異口同音にそう言っている。

 あぁ、やっちゃった。ぼくは恥ずかしくなり、下を向いた。

 床にはバレーだかバスケだかのコートのラインが、横に赤く伸びている。

 どうしてこいつ、入学したばかりの学校の校歌を唄えるんだ。

 どうしてか。

 どうしてか。

 どうしてか。

 ステージで奏でられる、校歌の生演奏。

 その、断じて定番ではないリズム。

 今まで定番の日々を繰り返すことしかできなかった人間にとって、確かにこのリズムは、とげのように突き刺さる。

 逃げ道みたいなイコールをつなげただけの、定番の日々。

 空、イコール、青。

 野球部、イコール、坊主頭。

 満員電車、イコール、おならを我慢する。

 校歌、イコール…。

 ――ねぇ、それって本当にイコールなのかな。とりあえず誰にも怒られないように、笑われないようにするための、手っ取り早い逃げ道なんじゃない?

 ちくり。

 そうしてとげはぼくたち、そして保護者たちの心の中にある、あいまいで、疑わしくて、できるなら誰にも見たれたくない腫れ物のようなイコールを、優しく刺すんだ。ちくり、と。

 でも、ぼくの保護者は刺されない。

 なぜなら、ぼくの唯一の保護者は…。

 ぼくの、父ちゃんは…。


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