37. 王都へ進軍
フィアリーズの助言を受けてから幾日も過ぎた。
稜は彼らの言葉を信じ、助けが来るのを待ちながらも、ドラゴンのクラフティの言いつけ通り、今日も魔獣らの為に大量の料理を作っていた。
外ではクラフティとオルーアと数人の魔獣上がり達が話し合いをしていた。
稜はこっそりと家を抜け出すと、隠れて聞き耳を立てる。
「もうこの辺りには一人も人間は残ってないわよ」
『うむ。生き残った奴らも、逃げ出したようだな』
オルーアとクラフティは頷き合う。
『もう、ここいらには食べられるものはない! 人間の畑も、森の魔獣らも、ぜーんぶ喰いつくしちまった!』
醜い姿の魔獣上がりが声を上げる。
『いくら魔王様の作った食事が美味くても、これっぽっちの量じゃ全然足りませんぜ!』
別の魔獣上がりが叫ぶように訴えた。
クラフティは、少し考える素振りをし、決心したように大きく頷く。
『いよいよ時が来たようだな。我々は南へ侵攻する! 王都へ向かうぞ!』
魔獣上がり達は一瞬、驚いてうろたえたが、片手を上に突き出し、大きな雄たけびを上げた。
おうと!?……って、王都か!?
クラフティ達の様子をこそこそとうかがっている俺の肩を、突然誰かが後ろから叩いた。
「うわっ!」
思わず小さな悲鳴を上げて振り返ると、そこには久しぶりに見るスパーリの顔があった。
「よっ、久しぶりだな王様! 元気そうじゃねえか!」
「ス、スパーリ!」
俺は、スパーリの周りを見回す。
「……異世界人は?」
スパーリはボリボリとぼさぼさの自身の髪を掻いた。
「いやあ……しくじっちまってな。あの小娘があそこまでやるとは……」
あの小娘?
異世界人って、女なのか?
もしかして、スイカって……
「ま、次会ったら負けねぇけどな!」
そう笑ったスパーリは、ギョッとして固まった。
振り返ると、恐ろしい顔をしたクラフティが、スパーリを睨みつけていた。
『今頃帰ってきたか! 何をしておったか知らんが、黙っていなくなっておいて、平気な顔でよく戻って来れたな!』
「俺が何処で何をしようと俺の勝手だろ? 何でいちいちお前に言わなくっちゃならない?」
スパーリはおちょくるように、ニヤニヤ笑っている。
パキーン!!
突然、甲高い音が響いた。
スパーリはハッとして目の前の壁を触った。
透明な四角い壁が、スパーリの周りを囲んでいる。
スパーリは拳を握り、透明な壁を勢いよく殴った。だが、拳を痛めただけで、壁はビクともしなかった。
『調子に乗りおって、愚か者が。しばらくそこで反省するがいい。我々は王都へ進軍する。頭を下げて頼むなら、お前も連れて行ってやるが?』
「誰がお前なんかに頭を下げるかよ!!」
スパーリは怒りの籠った眼で、クラフティを睨む。
「もう、いいから謝っちゃいなさいよ」
面倒そうに言ったオルーアを無視して、スパーリは無言でクラフティを睨んでいた。
結局、謝ることを拒んだスパーリは閉じ込められたまま放置され、魔獣上がり達は王都へ進軍の準備を始めた。
「なあ、あいつ、あのままで大丈夫なのか?」
オルーアに聞いても、彼女の返事は素っ気なかった。
「さあね。まあ、すぐに死ぬことはないんじゃない?」
「えっ!? それで、いいのか? 仲間なんだろ?」
オルーアは目を大きく開けて俺を見た。
「仲間!? 私達が!? ……うーん、私は別に誰の仲間でもないわ。私は自分が一番大事。フフフ、ここにいる奴らだってみんなそう。美味しいご飯があって、人間に嫌がらせしたいからここにいるの」
俺はオルーアに背中を押された。
「さあさあ、王様は私達に美味しいご飯を作ってくれてればいいのよ。早く厨房へ行きましょう!」
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その翌朝、魔獣上がりの大群は王都へ向けて出発した。
スパーリは反抗的な態度を続け、そのままの状態で置いて行かれた。
俺はというと、またも言われるままクラフティの背に乗り、大群と共に移動していた。
そんな状態で数日経った。
いつになっても助けが来ない。
本当に助けなんて来るのだろうか……?
あの桃色の髪のフィアリーズの言葉を、最近は信じられなくなってきていた。
と、その時突然、何かに襟首が引っ張られた!
不意なことに力が入らず、そのまま後ろに倒れこむ。
「うっ!」
首が締まり、一瞬、小さく声を上げた。
『何だ!?』
クラフティは、突然軽くなった背中を見た。
しかし、そこに稜の姿はなかった。
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王都を飛び出した粋華は、すぐに後悔していた。
「はぁー……やっぱりあんなにたくさんの魔獣相手に一人で戦うのなんて無謀だよねぇ……」
ミントの背に乗り、高速で移動した粋華たちは、その日のうちに魔獣の大群を発見した。
見つからないように離れた上空から大群を見た粋華は、一瞬で怖気づいてしまった。
「……確かに聞いてたよ!? 大群だって! でも、こんなに多いとは……」
ぶちぶちと言い訳を口にする私を、フィアリーズのみんなは困った顔で見ていた。
「じゃあ、帰る?」
顔を覗き込んで来るマークに、グッと声を詰まらせる。
「かっこよく置き手紙まで残してきたのに、このまま何もしないで帰るなんて出来ないよー!」
わあん!と両手で顔を覆った。
『スイ様。仕方ありませんわ。予定通りいかないなんてのはよくある事です。帰って、皆様にお騒がせした事を謝りましょう』
マリアは私の肩をポンポンと叩いた。
「ううっ、許してくれるかなぁ……」
もう一度、魔獣の大群を見回した。
やっぱり、どう考えても勝てる気がしない。
強そうな見た事もない魔獣たちだ。あの、王都を混乱させた魔物ローグのような、半分人間、半分動物の奇妙な姿をしている。
そして、一匹のドラゴンが、群れの上空を飛んでいた。
この世界には、ドラゴンもいたんだね……
「……あれ?」
マークはドラゴンを指さした。
「ねえ、スイ。ドラゴンの背中に乗ってるのって、人間じゃない!?」
えっ!?
私達は、じいっと遠くのドラゴンを見つめる。
しかし、遠すぎて全然分からない。
「本当!? マーク」
「うーん……多分」
私達は頭を悩ませた。
ドラゴンに乗る人間の正体が分からない。
何故、この魔獣の群れの中に人間がいるのか。
「事情を聞ければいいんだけどね……。バシリーさんみたいな隠密魔法が使えたら、パッと攫ってこれそうなんだけど」
『そうですわねぇ……』
マリアさんと顔を見合わせる。
『おい、お前ら出番だぞ』
ミントの背に掛けられた鞄の中から、シェルの声がした。
鞄がゴソゴソと大きく動くと、3匹の子犬が顔を出した。
「ギャウ! ギャウ!」
「ええっ!? 何で!? どうしてあんた達が入ってるの!?」
驚く粋華に、子犬の姿をしたオオカミ達が、キャンキャン!と声を上げた。
「……そっかぁ、心配してついて来てくれたんだね」
私はボスの銀色のオオカミを抱き上げて、ギュッと抱きしめた。
シェルが鞄からひょこっと顔を出す。
『こいつの魔法を使えばいい』
ん? 確かこの子の魔法って……
「ねえ、本当に見えてないの!?」
もう一度、私は銀色オオカミに確かめる。
「ギャウ!」
「ご、ごめんって!」
しつこいと怒られてしまった……
ボスオオカミの魔法、影魔法を使って、私達は魔獣の群れの中に紛れ込んだ。
周りの魔獣らは、誰も私達に気付かない。
ドラゴンが低く飛んで私達の真上にさしかかった。
チャンス到来!
素早くドラゴンの背に乗る青年の影へと飛び移る。
「この子とスイは同じ魔力を発してるから、スイが一瞬影から出ても、ドラゴンに気付かれずに済むね」
マークは私の耳元で、ニコニコしながら囁いた。
んん? それって、どういう意味?
ま、それは後で聞けばいいか。
私は手だけを影から出すと、後ろからそうっと油断している青年の襟首を掴み、今度は近くのドラゴンの影の中へと引っ張り込んだ。
その後は順調に影を乗り換えながら、魔獣の群れから無事、離れることが出来たのだった。




