35. 監獄の要塞
桃色の長い髪を持つ少女のフィアリーズと、水色の短髪の少年のフィアリーズ。その二人を値踏みするように、オルーアはじっとりと睨んだ。
出した結論はスパーリよりも、現実的なものだった。
「逃げましょう、スパーリ!」
即座に撤退を決断したオルーアを、スパーリは無視して身構えた。
「逃げるなら、勝手に一人で逃げろよ」
可愛らしい少年のフィアリーズは、その姿に似合わず、落ち着いた口調で目の前の魔物に話しかける。
「この奥に異世界人がいるのは分かっています。何故、あなた達が異世界人を必要としているのですか?」
「教える筋合いはないなぁ。力ずくで聞き出したらいいんじゃないか?」
挑発するようなスパーリの物言いに、少女のフィアリーズがいら立った。
「こんな奴らと話すことないわ! さっさとあの子を助け出しましょう!」
少女は小さな手に魔力を溜めると、瞬時に凄まじい威力の塊となり、それをスパーリに向かって放った。
ドドーン!!
「うっ!」
一瞬、はじき返してやろうと構えたスパーリだったが、とっさに無理と判断し、ギリギリで避けた。
スパーリの速さでなければ、避ける事は不可能だっただろう。家の壁が一面、綺麗になくなっていた。
「無理よ、スパーリ! 逃げるのよ!」
建物の外へ出たオルーアが、スパーリに声を掛けるが、彼の返事を聞かず彼女はその場から逃げ去った。
距離を取ったスパーリは、風の刃を仲良く並んで浮かんでいるフィアリーズに向けて放った。
彼らは顔色一つ変えることなく、風の刃を見つめている。
少年のフィアリーズが手を前に出すと、彼らに当たる直前に、風の刃は、跡形もなくフッと消えた。
「なんなんだよ、お前らは……! こんなフィアリーズ、見た事ねえよ!?」
スパーリは、今度は岩の刃と風の刃を織り交ぜながら、何十と放った。
二人のフィアリーズは両手を前に出すと、全く避けることなく、全てを消し去っている。
スパーリはその僅かな隙に奥の部屋へと移動すると、扉を蹴破り、驚く稜を肩に担ぎ上げた。
そして、その部屋の窓を蹴破り外へ飛び出すと、後ろを振り返ることなく、全速力で走り出した。
「ありゃ駄目だ! 俺一人じゃ、とても敵わねえ!」
「何だよ!? 何が来たんだよ!?」
稜は激しく揺られながら、必死に問いかけたが、スパーリの返事はない。
ただ、彼は全力で走り続けるだけだ。
数分後、息を切らせながら、スパーリは稜を下ろした。
そこは、見通しのいい草原だった。
この数分で、彼らはかなりの距離を移動していた。
「ここまで来れば大丈夫か……?」
スパーリは、しきりに後ろを気にしている。
「誰だったんだよ!?」
稜は肩が当たっていた腹を押さえながら聞いた。
腹も痛いし、激しく揺られていたので、頭もフラフラする。
「………」
いつも軽口をたたいているスパーリが、言いにくそうに顔をしかめた。
俺に知られたら都合が悪い相手か……?
稜は、ドラゴンや魔物たちが自分に隠し事をしているのは知っていた。この世界の事も、あまり詳しく教えてくれない。
その時、スパーリはハッと周りを見回した。
「ああー……、やっと追いついたー……」
可愛らしい少女の声がする。
「え!? 誰だ!?」
稜は周りを探すが、自分とスパーリ意外、誰もいない。
すると、稜たちから少し離れた所に、突然、二人の小さな羽の生えた妖精が、パッと現れた。
「わっ! 妖精!?」
稜は目を大きく開けて、二人を見つめた。
「あら!? 違うわ、人違いよ!?」
「本当だ!……でも、異世界人なのは間違いないようだよ」
フィアリーズ二人と稜は、お互いに驚いて相手を見つめている。
「こいつらはフィアリーズだ」
スパーリが苦々しい声で言った。
「フィアリーズ!? 妖精じゃないの!?」
桃色の髪のフィアリーズが稜に近寄った。
「ええ、私達はフィアリーズ。妖精のようなものよ。久々に日本語を聞いたわ。あなたは日本人よね。いつこっちに来たの?」
「えっと……5カ月くらい前かな?」
稜は考えながら答えた。
と、その時突然、スパーリは稜の腕を引っ張った。
「こいっ!」
強引に連れ去ろうとするスパーリに向け、攻撃を仕掛けようと身構えたフィアリーズだったが……
パキーン!!
甲高い音が鳴り響くと、稜とフィアリーズの間に、透明な壁が出来ていた。
「えっ!? 何これ!?」
桃色の髪のフィアリーズが焦って目の前の壁をペタペタと触る。
「こっちに!!」
水色の髪のフィアリーズが、桃色のフィアリーズの腕を引いた。
しかし、動いた先にも透明な壁が出来ていた。
「ええっ!?」
フィアリーズ二人の周りは全て、透明な壁で覆われていた。
「下がって!」
水色のフィアリーズは壁に向かって、手に溜めた魔力を放った。
ドガーン!!
大きな煙が上がるも、壁はヒビ一つ入っていない。
「今度は私が!」
桃色のフィアリーズが両手に魔力を溜めると、「とりゃあーー!!」と気合を入れて壁にぶつける。
しかし、やはり壁は壊れない。
『フフフフ、安心したわい。我の牢獄からは逃げられんようだ』
上空から声がする。
稜らが上を見ると、ドラゴンが遥か上空から、ゆっくりと降りて来た。
「クラフティ……」
それは、よく見なれた青いドラゴンだった。
『自分達の力を過信し、油断していたようだな。あっさりと我の魔法に囚われおったわ』
その後ろから、今度は鮮やかなクジャクが降りて来た。
「私が連れて来てあげたのよ。感謝してよね」
クジャクはくすくす笑いながらスパーリを見た。
「ケッ!」
スパーリは面白くなさそうにそっぽを向いた。
「ここから出しなさい!」
桃色のフィアリーズが壁をドンドンと叩いている。
『ふん。これは我の牢獄の要塞。誰にも破れはしない鉄壁の壁だ。本来は自分の身を守る為の魔法だが、こうも使える』
ドラゴンはフィアリーズ達に手の平を向けると、ゆっくりと手を握っていく。すると、フィアリーズを取り囲んだ壁が、だんだんと小さく狭くなっていく。
「きゃあ!」
「ぐっ!」
フィアリーズは迫って来る壁に、恐怖の声を上げた。
『このまま、押しつぶされてしまえ!!』
ドラゴンは伸ばした手を、ギュッと握りしめた。
「そうはいくか!」
水色の髪のフィアリーズは、桃色の髪のフィアリーズの手を取る。
お互いに見つめ合うと、頷き合い、目を閉じた。
すると、二人の体が眩い光に包まれた。
『何!?』
ドラゴンは何度も何度も手を握りしめる。
稜は光の中のフィアリーズを、目を細めてよく見た。
二人を包む光が、迫って来る壁を押し返しているように見える。
しばらくドラゴンとフィアリーズの攻防は続いたが、結局、ドラゴンは諦めて手を下ろした。
『ふん、まあいい。どうせお前らはそこから出ることは出来ないんだからな。魔力が尽きて死ぬまで、永遠にその中だ!』
稜は、フィアリーズに近づいた。
「………」
なんと声を掛けたらいいか分からず、二人の前で立ち尽くす。
この人たちは、俺を異世界人だと、日本人だと言った。
この人達なら、帰る方法も分かるかもしれない。
……でも、クラフティ達にとっては敵になるようで、こんな所に閉じ込められてしまった。
俺は、そっと透明な壁に触ってみた。
グッと力を込めて押してみたが、ビクともしない。プラスチックやガラスとは違うようだ。
目の前に手掛かりがあるのに……!
稜は泣きそうな顔で二人のフィアリーズを見た。
桃色の髪のフィアリーズは、意を決したように稜を見つめ返した。
「……あなたの他にも異世界人はいます。きっと助かるから、諦めないで」
稜にだけ届く小さな声で、そう告げた。
「え……?」
『帰るぞ』
クラフティ達には、フィアリーズの言葉は聞こえなかったようだ。
有無を言わさず稜を後ろ脚で掴むと、空を飛んで元居た集落へと帰っていく。
フィアリーズ二人は、そこから動けないまま、稜たちを見送った。
俺の他にも異世界人がいる……?
稜の頭の中は、その事でいっぱいだった。




