32. 死地への旅立ち
「うむ、上手いぞ」
「あー良かった! 昨日はありがとうね」
昨日はせっかくレオンとソイルにマドレーヌを持ってきたのに、なんやかんやでイスメーネさんに全部食べられてしまった。改めて今日作ったクッキーを持ってきた私は、二人に誘われ一緒にお茶の時間を楽しんでいる。
ソイルはジンジャークッキーを気に入ったようで、パクパクと食べ続けている。
「それにしても、昨日の夜はあんな騒ぎになっちゃってビックリしたよ~」
「お前、強引だったもんな」
レオンはクッキーを頬張りながら、恨みがましい目で見てくる。
「うん。後で考えたら、疲れすぎてて、冷静な判断力を失ってたんだと思う。巻き込んじゃってごめんね」
えへへと笑って誤魔化しておく。
「それは、まあいいんだけどさ。お前、大丈夫なのか? 魔物に目を付けられてるんだろ?」
私は、うっ、と言葉に詰まる。
うーん……そうなんだよね。
どうしたらいいのかなぁ。
向こうは私の居場所が分かってるんだし、また魔物がいつ王都に現れてもおかしくない。魔物が入れないように、ちゃんと結界は張ってあるみたいだけどね。
「とりあえず、王都から出なければ大丈夫みたいだけど……」
「それか、こっちから仕掛けるかだよな」
レオンはニッと笑った。
「う、うん。そうだね……」
相手は多分、何人もの魔物たちだよ!?
それはご勘弁願いたい……
重い足取りで部屋へと戻る途中、ベットが慌てた様子で飛んできた。
「ああ! スイさん、ここにいたの!?」
「ベット!」
そんなに慌ててどうしたんだろう?
ベットは深刻な顔で私の耳に近づいた。
何か嫌な予感がする……
「スイさん、心して聞いてね。フィアリーズ達の情報によると、北の国境付近に、魔獣の大群がいるらしいの。そして、どんどん数を増やしてるみたい。どうやら魔物がそれを指示しているようなのよ」
「魔獣の大群!?」
驚いて声が大きくなる。
ベットはシッと口の前に人差し指を立てた。
「もしかしたら、王都に侵攻して来る気かもしれないわ」
「ええ!? じゃあ……それを王都で迎え討つの?」
ベットは、うーん……と考える。
「……それは、王が判断すると思うけど……。それより問題は、奴らの狙いはスイさんかもしれないって事よ」
!?
わ、私……?
「……えっと、それって、私がいるせいで王都が襲われるかもしれないって事?」
ベットは困った顔で小さく頷いた。
「あ、やっぱり……」
ああ、頭がグワングワンする……
「とにかく、魔物や魔獣の群れの対応は私や王が考えるから、スイさんは心構えだけしておいてね」
力強く私の目を見て言った。
私は無言で頷く。
「スイ……」
マークが心配そうに私の顔を覗き込んだ。
部屋に戻りと、元気のない私をフィアリーズのみんなが心配してくれる。
「マーク……このまま私が王都にいてもいいのかなぁ……」
部屋の中を飛び回るマークを眺めながら呟く。
マークはピタッと動きを止める。
「でも、どうするっていうの?」
私はマークを黙って見つめ返した。
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翌日、今日も休みの私は、いつもの厨房で、昨日失敗したパウンドケーキを作ってみた。
型から取り出し切り分けて、一つ試食してみる。
「うん! これなら大丈夫そう!」
ここの薪オーブンにも随分慣れてきて、まるで自分専用のキッチンのようだ。
私はぐるっと厨房内を見回す。
ここには、何度もお世話になったなぁ……
「あ、早く包んで持って行こう!」
バスケットを抱えて、イスメーネさんのいる研究室へと向かった。
「スイです。お菓子をお持ちしました」
「おお! 入ってこい」
研究室の扉を開けると、今日も昨日会った若い魔導士たちが、やつれた顔でこちらを振り返った。
また、昨日のように一緒にお茶をして、その後、イスメーネさんと二人になった。
「昨日の話だがな。お前にはいずれ新たな孤児院を作り、そこの院長になってもらおうと思う」
「えっ!? 私が院長!?」
「ああ、上手くいくようなら、各町にも同様の物を作っていこう。王家から資金は多少出るが、あまり期待はするな。私が出資しよう」
「ええっ!? イスメーネさんが!?」
「ああ、でも、お前も資金を都合してくれると助かる。後は、風呂か。町に大衆浴場を作りたいんだったな。それが上手く行けば、多少資金は稼げるか……」
イスメーネさんは一人でうんうん頷いている。
そんなサクッと昨日の今日で決めちゃって大丈夫なの!?
「あの……とても嬉しいんですけど、いろいろ許可とか大丈夫なんでしょうか?」
「ん? 心配するな。私の言う事に逆らう奴なんていないからな」
サラッとなんでもない事のように言う。
イスメーネさんって何者!? どれほどの権力があるんだ!?
まさか、王様も彼女には逆らえないんじゃ……?
なーんて、そんな訳ないか。……ないよね?
話が終わり席を立つと、私は深々と頭を下げた。
「私の願いを聞き入れてくれて、ありがとうございます。無事に戻って来れたら、ぜひお願いします」
イスメーネさんは、首を傾げ私を見た。
「ん? 何処かに行くのか?」
「あ! いえ。どうぞ、よろしくお願いします!」
私は顔を上げると、またまた元気よく頭を下げた。
「うむ、感謝するといい」
彼女は満足そうに微笑んだ。
廊下に出て、部屋の扉を閉める直前、彼女の声が聞こえた。
「ああ、言い忘れたが、お前は私の養子になるからな」
私は閉めようとしていた扉を勢いよく開けて、聞き返した。
「はい!?」
「決定事項だ。お前にとっては何も悪いことはない。身分が保証されるんだからな。王だって、勝手に手出しは出来なくなるぞ。いいこと尽くめだろう?」
「………」
私の為に言ってくれてるって思っていいのかな……?
イスメーネは、戸惑う私に優しく微笑んだ。
湧魔棟の廊下を歩いていく先に、クラウディオさんの姿が見えた。
彼も今日は休みのはずだが、しっかりと制服を着ている。彼は立場的に、あまり休めないようだ。
「話は終わったか」
尋ねられ、私は首を傾げる。
「話って……何か聞いてたんですか?」
「ああ、彼女の養子になるんだろう」
クラウディオさんも知ってたんだ!
「お前はこの国や他国に利用されやすい立場にある。彼女の養子に入れば、滅多な事がないかぎり大丈夫だ。俺が貴族か、もっと権力があれば俺の養子に入るという手もあったんだが……」
ええ!?
クラウディオさんの養子!?
……でも、そうなんだ。
イスメーネさんもクラウディオさんも私の事を心配してくれてるんだね……
俯く粋華を、クラウディオは心配そうに覗き込む。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
「……いえ! ありがとうございます」
みんな優しい……
この世界の人達は優しい人ばっかりだ。
私は顔を上げると、にっこりと微笑んだ。
「みんな、本当に優しいです。私は幸せ者ですね。みんな大好きです」
「ど、どうしたんだ急に」
クラウディオは戸惑いながら、僅かに頬を染めた。
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翌日、日が昇る前に目覚め、用意しておいた服に着替えていく。私が起き出した気配に、珍しく同じ部屋で寝ていたマークが目を覚ました。眠そうに目をこすりながら、黙々と準備をする私に顔を向ける。
「スイ、本当に気は変わらないの?」
心配そうに私を見上げる。
「うん、アージルが戻って来たらって思ったけど、のんびりしてたら間に合わないかもしれないでしょ?」
『スイ様……』
私は不安そうな顔をするマリアと、私を取り囲むフィアリーズ達の顔を順番に見る。
「みんなを危険な目に合わせちゃうけど、ごめんね」
『ワイとスイは一蓮托生や! スイが行くところ、ワイは何処へだって行くで!』
「うん、ありがとうライディ」
『スイが行くなら、僕も行く』
『……しょうがないね』
ミントとシェルに向かって微笑む。
「ありがとう!」
マリアは、そんなやり取りを見て、ふっと笑った。
『私もお供いたしますわ。スイ様が心配ですもの』
「ありがとう、マリアさん! マークも、いい?」
ジッとマークの目を見ると、彼はやれやれと首を振った。
「もちろん! 僕も行くよ!」
私は、うん!と力強く頷いた。
「……じゃあ、行こう!」
私は、用意しておいた荷物をミントに乗せると、彼の背に乗る。
開け放たれた窓から、私達を乗せたミントが、音も立てず飛び立った。
警備の兵士ら以外はまだ寝静まる早朝、粋華らは誰にも知られる事なく、王都を去った。




