31. お菓子作り
ポカポカといいお天気の休日、お昼を食べた後はお昼寝でもしたい気分だ。しかし、まだ仕事が残っている。
私は、もう馴染みとなった古い厨房へと入る。
そこにはすでに、たくさんのお菓子の材料や器具と共に、メイドのドーラさんとベッティさんが腕まくりをして待っていた。
「さあ、準備は出来ております。スイ様は私の指示通りにやっていただけばよろしいですからね!」
鼻息荒いドーラさんが、一枚の紙を掲げた。
「こちらに手に入れたお菓子のレシピがございます! 厨房のコック達の鼻を明かすような美味しいお菓子を作りましょう!」
「うふふ、頑張ります!」
ベッティさんも楽しそうだ。
いやあ……有難いんだけど、自分たちの仕事は大丈夫なのかな?
それに、レシピがあっても、なかなかプロのようには作れないと思うんだけど……
自信はないけど、ドーラさん達を信じてやってみよう!
「ありがとうございます! よろしくお願いします! それで、何を作るんですか?」
「パウンドケーキですわ!」
おお、それなら聞いた事ある。
そんなに難しくないかもしれない。
私はドーラさんの指示のもと、お菓子作りを開始した。
「どうぞ、こちらをお使いください。今回はスパイスも数種類ご用意いたしました。オリジナルのケーキを作りましょう!」
あ……これ、素人がやっちゃいけない奴……オリジナル!
ちゃんと、レシピ通りに作るのが基本だよ?
「あの……でも、最初はそのままで作りましょう。まずは元の味が分からないと、アレンジが難しいですし……」
ドーラさんは、そう言う私に、不満そうな顔をする。
「でも……それでは、あの者達を見返すことが出来ません」
いや! いきなり素人が見返すとか無理だから!
「お願いします! まずはちゃんとした物を作りましょう!」
ドーラさんは渋々頷くと、材料を計り出した。
私は用意してもらった材料を混ぜ合わせていく。
うん、順調、順調!
「あら、スイ様。ちょっと生地が硬くないですか?」
ベッティはそう言うと、生地の入ったボールの中に、いきなり水を投入した!
「わー!! 何するんですか!?」
ベッティは慌てて手を止めた。
「え!? え!? だめでした!?」
私はゆっくり頷いた。
「……駄目です」
ドーラさんが目くじらを立てて怒った。
「もうベッティ! 余計な事をしないで!」
「す、すみません……」
ベッティはしゅんとなって、厨房の隅で小さくなった。
「あ、そんなに気にしないでください! すみませんが、もう一度、材料を用意してもらえますか?」
「はい! すぐに用意します!」
ベッティは走って作業台に飛びつくと、小麦粉の袋を勢いよく開けて、テキパキと計り出した。
もう一度、用意してもらった材料を混ぜる。
よし、今度はちゃんと出来そうかな?
型にバターを塗って、粋華が薪オーブンの準備をしている時、ドーラがそっと生地に近づいていた。
「あ! ドーラさん、何してるんですか!?」
ベッティの声で粋華が振り向くと、ドーラは大量のスパイスを生地に投入していた!
「あ……」
私は茫然と立ち尽くす。
「だ、大丈夫です、隠し味ですわ! きっと美味しくなります! さあ、焼きましょう!」
これは、隠れないと思うよ……?
黒い粒々が大量に入った生地を型に流し込む。
いつもの如く焼き加減に気を付けながら、何とか綺麗な色に焼きあげた。
「……出来ましたね」
型から取り出して大皿に乗せた。
見た目は美味しそうだ。
しかし、スパイシーな怪しい匂いがプンプンする。
「では、早速、味見をいたしましょう!」
ドーラさんがご機嫌で切り分け、お皿に乗せた。
「……いただきます」
私は少し取ると、ゆっくり口に入れた。
「………」
「どうですか、スイ様!? では、私も!」
ドーラとベッティは大きく切り取り、パクンと口に入れた。
「うっ!」
「うわっ、苦!」
二人とも口を押えて黙った。
「……すみません、スイ様。失敗してしまったようです……」
ドーラは項垂れた。
これは、さすがにイスメーネさんの所には持っていけないね……
「ねぇ、僕も食べてみていい?」
マークが私の肩越しに、残りのケーキを覗き込んでいる。
「いいけど、無理しなくていいよ?」
マークはパクッとかじりついた。
「んっ! 美味しいよ!」
もぐもぐと食べ続けている。
「大丈夫なの!?」
驚く私達を尻目にどんどん食べ進めている。
「うん! 美味しい、美味しい!」
ほう、……そうか。
やっぱりフィアリーズには味覚がないらしい。
「ねえ、他のフィアリーズ達も呼んで来てよ! ね、マーク!」
「むぐむぐ……そっか、そうだね。分かった!」
マークはすぐにみんなを呼んで来ると、何も問題なく、ご機嫌にみんなで食べ出した。
よかったぁ、無駄にならずに済んだ。
これから失敗作はフィアリーズに頼もう……
「しかし……困りましたね。魔導士長様の所へ持って行く物がなくなってしまいましたわ……」
ドーラが困り顔で言った。
「もう! ドーラさんのせいですよ! あんなにスパイスを入れるんですもの!」
ベッティはさっきの仕返しとばかりにプリプリと怒った。
「まあまあ! ……さて、どうしようかな?」
私は数種類のスパイスの匂いを嗅いだ。
「あれ? これって、ショウガ?」
ドーラさんは私が持つ瓶のラベルを見た。
「ええっと、ジンジャーとありますね」
ジンジャー!
やっぱり、生姜だ!
「じゃあ、あんまり時間もないことなので、ここにあるスパイスを使って、ジンジャークッキーでも作ってみましょうか!」
私はバターと砂糖を混ぜ合わせ、卵を少しずつ入れて、さらに混ぜる。
そこに、振るっておいた小麦粉、そしてジンジャーと数種類のスパイスを少量ずつ加えた。
「そんな少しずつでいいんですね……」
ドーラさんが私の手元を覗き込んで言った。
本当はここで生地を冷やして、型で抜くといいんだけど、時間がない。
バターを塗った天板に、くっつかないように打ち粉を振り、手でなるべく平らに伸ばした一口大の生地を並べていく。
「さて、上手く焼けるかな?」
オーブンに入れると、またまた温度に気を付けながら、なんとか焼き上げた。
「今度はどうかな……?」
一つ食べてみる。
ほっ……大丈夫だ。
「二人も味見してみて」
ドーラとベッティも口に入れた。
「……美味しいですわ」
「ええ、スパイスの独特の風味が効いてますね」
しかし、言葉とは裏腹に二人の顔は暗い。
「えっと、どうしたの?」
「……すみません、結局、何もお役に立てませんでした」
「私も……返ってお邪魔だったみたいで……」
しょぼんと肩を落とす二人を見て、私は何故か嬉しくなった。
「ううん、全然邪魔なんかじゃないよ! 二人が私の為に頑張ってくれたのは分かるし、すっごく嬉しい!」
「スイ様……」
「私……ここでは、身内もいないし、友達もいないし、……二人の事、友達だと思ってもいいかな?」
「いえ、友達だなどと……そんな恐れ多い事……」
首を振るドーラ。
「はい! 私達は友達です!」
ベッティは粋華に駆け寄ると、ギュッと抱きしめた。
「ベッティさん……!」
粋華もベッティを抱きしめる。
そして、二人はドーラを見た。
ドーラはもじもじと二人の視線を受け止めると、
「……私もお友達ですわ」
そう言って、粋華とベッティをそうっと抱きしめた。
「ねえ、僕は友達じゃないの?」
マークが冷めた目で粋華を見ている。
「え!? もちろん友達だよ!」
『ワイは?』
『私もお友達ですわ』
『僕も』
『……』
シェルは黙って私を見上げている。
「ごめんね! みんなも私の友達だよね! 私……こんなにたくさんの友達がいて嬉しいな!」
ああ、目から汗が出て来るよ……
私、この世界でもう一人じゃないのかな?
この世界の人達は、みんな私を大切に扱ってくれる。
でもそれは、私が異世界人で貴重な存在だから。
お城の人達も、王様の命令で私の世話を焼いてくれる。
でも、ドーラさんとベッティさんはそれだけじゃない気がしたんだ。
だから、すっごく嬉しい!
私は出来上がったクッキーを綺麗に包んでバスケットに入れると、湧魔棟の研究室へと向かった。
「おお、待っていたぞ! ちょうど腹も空いてきた所だ。よし、休憩しよう!」
イスメーネはメイドにお茶の準備をさせると、私も座るように案内した。
彼女の他に、二人の若い男性もいる。
「ああ、こいつらも一応、魔導士だ。私の研究の手伝いをさせている」
ぺこりと頭を下げられた。
私も自己紹介をするが、彼らの反応は素っ気ない。
……というか、疲れているのかフラフラで、目の焦点が合っていない。
「おや? 今日は、クッキーか。いい匂いがするな」
彼女はまだメイドがお茶を並べている最中に、手を伸ばしてクッキーを口に入れた。
「お! スパイスの風味がいいな。お前たちも食べていいぞ」
助手の二人に声を掛けると、二人もおずおずと一つ食べた。
「こ、これは!」
「おおっ、元気が出てきます!」
その様子に、イスメーネは満足そうに頷いた。
「良かった、良かった。これでこの後も頑張れるな」
二人はギョッとしてイスメーネを見て、また元気を失くしてしまった。
何だかこの人達とイスメーネさんの関係って……
二人はヤケになったように、パクパクとクッキーを食べ出した。
綺麗になくなると、イスメーネは彼らを部屋から追い出した。
「二人で話してみたいと思っていたんだ。ちょっと付き合ってもらうぞ」
彼女は前の世界で私が何をしていたのか、そして、ここでの生活はどうか。思っていることや不満など、何でも知りたがった。
別に隠す事もないので、彼女に質問されるまま、いろいろな話をした。
話は、私の要望している事へと変わる。
「ふむ……孤児たちの施設か……。確かに王都でさえ、十分とはいえないな。お前のいた国は余裕があったのだな」
「はい、もし出来れば将来、私の力で何とか出来ないかと。……後は、お風呂ですね」
「うむ。貴族しか風呂に入る習慣はないな。庶民は水風呂か、川で汚れを落としておるな」
「はい。でも、お風呂の良さが分かれば、絶対に普及します! これは、絶対に広めていきたいです! まずは大衆浴場を王都や各地の町に作りたいです!」
遠征先でお風呂に入れたらどんなにいいか……
これは切実な問題だ!
「なるほど、なるほど……。よし、分かった。明日、またこのくらいの時間に来てくれ」
私は頭を下げて退出する。
「まあ、私に任せておけ。悪いようにはしない」
帰る背中に彼女の声が聞こえた。




