29. 混乱する魔導士たち
「うえっ、うえっ、うっ、うっ……」
泣いている少年、ブレージの周りをオロオロしながらうろつく私。
「ど、どうしたの? えっと、どうしよう……?」
チラッとレオンに視線を送ると、はぁー……とため息をつかれた。
「と、とりあえず座ろっか……」
私はブレージの肩を掴んで、レオンのベットに連れて行く。
彼は涙を流しながらも、大人しく座ってくれた。
私は泣きじゃくる彼の背中を撫でながら、涙が収まるのを待った。
えっと……何故、こんな事に?
ちょっとレオンの様子を見たら、すぐに部屋に戻って休む予定だったのになぁ……
今朝からいろいろあって、今はとても疲れている。
……でも、泣かせちゃった原因は多分、私だもんね。
泣いている子供を放置して帰る訳にはいかない。
「私が何か気に障る事を言っちゃったんだよね。ごめん。よかったら訳を話してくれないかな?」
涙の収まってきたブレージに優しく話しかけてみた。
「うっ、うっ……ふぅ……取り乱して、ごめんなさい……」
おや?
割と素直そうな子じゃないか?
「……この王宮にいる魔導士の中で、僕だけフィアリーズが見えないんだ。最近、ここへ来たばかりのこいつでも、ずっと前から見えてるっていうし。僕よりも年下なのに」
へえー、王宮の魔導士の中で、この子だけが見えないんだ……
あれ?
でも前に確かマークが……
「魔力が大きくても、相性が良くないと見えないって聞いた気がするんだけど……?」
ブレージはコクッと頷いた。
「みんなは気にする事ないって言ってくれる。……でも、こいつより僕のが魔力が多いのに、見えないなんて納得いかない!」
「ああ、うん……そうなんだ」
ん? あれ? でも、そういえば……
「でもさ、クラウディオさんも確か見えるようになったのって、最近だよね」
ブレージはパッと顔を上げ、私を驚いた顔で見た。
「何でお前が知ってるんだ!?……そう、前はクラウディオ様も見えてなかった。だから気にしてなかったんだけど……」
そっかぁ……
前は仲間がいたんだもんね。
最近入ったばかりのレオンにも負けてる気がして焦ってたのかな?
私は彼の背中をポンポンと叩いた。
「見えてない人でも、見えるようになる事もあるんだし、そんなに焦らなくてもいいんじゃないかな? 君はまだ若いんだし」
「でも、お前は魔導士じゃないんだろ? なのに、フィアリーズが見えてるんだな……」
彼はまた頭を下げてしまった。
うーん……
何か力になれるといいんだけど。
ハッ!!
「……思い出した! いい方法があるよ! 試してみようよ!!」
私はブレージの手を握ると、ベッドから立ち上がった。
驚く彼の手をぐいぐい引っ張って、廊下へと連れ出す。
「おい、待てって! どこへ行くつもりだよ!?」
焦るブレージ。
「お姉さんに任せなさいって! とりあえず私の部屋へ行こう!」
「は!? 意味分かんないし! ちょ、止めろよ!」
嫌がるブレージを引きずりながら、廊下を歩く。
「だ、誰か! 助けて!!」
クラウディオは自室のバスルームにいた。
今日は疲れた。
湯船に浸かりながら反省をしていた。
スイの事が、遠くに住む魔物たちにも知られてしまっていたとは……これからは、気安く連れ出さない方がいいのかもしれない。
いや……ずっと城に閉じ込めておくのは可哀そうだ。これから出掛けるときは、フィアリーズ達にもついて来てもらう事にしよう……
考えながらゆっくりと湯に体を沈めていたが、部屋の前の廊下から、言い争う声が聞こえて来た。
「放せって!」
「ダメですよ。放したら逃げちゃうでしょ!? もう、観念してついて来てよー!」
この声は、スイ!?
何故、こんな時間に、こんな所に!?
クラウディオは慌てて湯船から上がると、とりあえずそこにあったタオルを腰に巻き、急いで廊下へと出た。
「もう、何も怪しくないって……。早く行こう!」
ブレージの腕を引っ張る粋華。
「だから、止めろって言ってるだろ!? 放せって!」
どうやら嫌がるブレージを粋華が何処かへつれて行こうとしているようだ。
「おい、お前たち、何をしている!?」
え!? その声はクラウディオさん!?
振り向く粋華が目にしたのは、腰にタオルを巻いただけの彼の姿だ!!
「なんて格好してるんですか!?」
驚いた粋華は、顔を赤くして視線を逸らせた。
「ああ、クラウディオ様、助けてください! この訳の分からない女が、僕を連れて行こうとするんです!」
粋華の手は、ブレージの手をしっかりと握っている。
クラウディオはいらいらとした口調で進路を遮る。
「おい、こいつを何処に連れて行くつもりだ?」
「もうっ! とりあえず、何か着てくださいよ! ちょっと、私の部屋に来てもらうだけですって!」
「何、お前の部屋に!? こんな時間にか!?」
クラウディオは粋華の腕を掴んだ。
「とりあえず、この手を放せ!」
「えっ!? 駄目ですよ。逃げちゃうじゃないですか!」
「放せよ! バカ女!」
「むっ! 何ですか!? 人がせっかくあなたの為に~~~!」
「おい、そんな言い方はないだろう!」
ブレージは粋華とクラウディオから睨まれる。
「え!?……クラウディオ様?」
言い争う粋華らの後を、レオンがバスケットを持って追って来た。
「おい、どこへ行くんだよ? 忘れ物だぞ」
「あら、レオン。それはスイさんからの差し入れですので、どうぞ受け取ってください」
ベットがもぐもぐとマドレーヌを頬張りながら答えた。
「あ、そうなのか? ……美味しそうだな」
「ええ、とっても美味しいですわよ! レオンも食べてごらんなさい?」
とってもいい顔で食べているベットを見て、レオンも思わず一つ手に取った。
なんだか今まで食べたお菓子とは違う、何か特別ないい匂いがする。
レオンはゴクッと唾を飲み込むと、大きな口で一口食べた。
「うっ!……これは!!」
うんうんとベットは頷く。
王宮に建つ建物の中で、一番の歴史を持つ湧魔棟。そこでは長い年月、才能ある者達が魔法を学び、研究し、幾人もの優秀な魔導士を誕生させていた。
今でも、クラウディオを筆頭に、それに続く若き才能が生活をしている。ここは、魔法を学ぶ地方に住む者達にとって、憧れの場所である。
湧魔棟の中で、一番広く豪華な部屋を与えられている女史イスメーネは、自身の使い古された机に積み上げられた研究中のレポートを見直すと、疲れた瞳を閉じた。
今日は予想外の出来事が起きた。
突如王都に魔物が現れ、町の人々を襲ったのだ。魔物はすぐに王都から出たようだが、その後、魔導士らは結界を見直す為、王都内を駆けずり回った。
町人が一人犠牲になったが、僅かな犠牲で良かったと思うべきか……
ちょうどクラウディオが現場近くにいたことが幸いだった。
魔物と対峙し、無事に戻ったかつての弟子を思う。
戦闘力だけでいえば当の昔に、クラウディオは私を超え、この国一番の魔導士となった。
ここに通うようになった当初は、まだ何も知らぬ、小さな子供だったというのに……
魔法の指導を任せられた私だが、彼に教えた期間はごくごく僅かだった。彼は独自で魔法を研究し、改良し、すばらしい速さで磨き上げていった。そして、私の届かぬ高みへと昇っていった。
弟子に軽々と追い越されてしまったわけだ。
……しかし、時の経つのは早い。
つい最近、ここへ来たばかりの幼いレオンも、立派な魔導士へと成長を始めている。
年老いた魔導士たちは、若き才能の成長を見届け、次々と引退してしまった。
湧魔棟で一番の古株となった、しかしまだ妖艶な美を誇るイスメーネは、眠る前のお供を選ぼうと、自室に備えられた酒瓶の並んだ棚へと足を向けた。
その時、廊下からこの棟では聞きなれない、人の争う声が聞こえて来た。
「騒がしいな、何事だ?」
彼女は上着を羽織り廊下へ出ると、声のする方へと足を速めた。
そして、そこでの光景にしばし絶句した。
……何をしているんだ? お前達……?
見た事のない少女が、嫌がるブレージの手を掴んで引っ張っている。ブレージは涙目になりながら、必死に抵抗していた。
そして、二人を引き離そうとする、何故か裸で腰にタオルを巻いただけの姿のクラウディオ。
そんな三人に全く関心がないように、夢中で菓子を食べるレオンとフィアリーズのベット。
茫然とするイスメーネが我に返りみんなを止めるまで、しばらくこの状態が続いたのであった……




