26. 魔物vsイノシシ
魔物に担がれたまま、物凄い速さで町を移動し続ける事、数分。
すでに王都を飛び出し、森の中へと入っていた。
それでも、私を担いでいるせいか、目にも止まらぬ速さという訳ではない。
しかし、私達を探しながらミントが追いつくのは難しいかもしれない。
「うっ……! ねえ、どこに、向かって、いるの?」
激しく揺られながら、頑張って質問してみる。
「おい、しゃべると舌噛むよ。……まあ、いいや。それくらい教えてやるかな。我らが魔王様がお前に会ってみたいんだとよ!」
私はギョッとした。
「え!? 魔王!? 魔王なんて、いるの!?」
「ああ、このままずうっと北に行った所に、俺らの王様が住んでいる。そこには俺達の仲間がいっぱいいるぜ! はぁー、やっと帰れるぜー……」
この国の北の端には、高い山があって、その辺りは人があまり住んでいないと聞いている。山を越えれば隣の国があるが、魔物らの住処はその山の中にあるのか、それとも隣の国にあるのか……。
と、とにかく、そんな所に連れて行かれたら、もう戻って来られないかもしれない。
なんとか着く前に逃げ出さなくては!
私は捕まった直後から、手首を縛るロープを指先でずっと撫でている。
前にマークと検証した所、どうやら私の手から、フィアリーズに馴染む魔力が流れ出ているらしい。
ロープは私が作ったものではないけど、もしかしたら、撫で続ければ何かが起こるかも!?
お願い……!
ヘビのように自在に動いて、鋼鉄よりも固く、締め付ける力は強い……そんなロープになりますように!
フィアリーズさん、助けて……!!
十数分後、大きな森を抜けると、見渡す限りの草原が続いていた。
「よし、さらに飛ばすぜー!」
意気揚々と魔物が足を速めた時、眩しい光が粋華と魔物を包んだ!
オレンジ色の、優しい光だ。
「うわっ! 何だよ、これ!?」
魔物は足を止めて、眩しそうに片手で目を隠した。
しかし、私は担がれたままだ。
光が徐々に弱まった時、背中から聞こえた。
『……ねえ、どうして欲しい?』
可愛い女の子の声だ。
「はっ!! フィアリーズさん?」
『うん。助けてあげる』
「ううっ……ありがとう! お願い、この魔物を拘束して! 動けないように!!」
『分かった!』
手首を縛っていたロープがするすると外れると、魔物の体に巻き付き始めた。
「うわっ! 何だよ、ちょ、止めろー!」
驚いた魔物は、粋華をポイッと草むらに放り投げた。
「うっ……!」
落ちた衝撃と、変な体勢で運ばれていた為に、体中が痛い。
でも今はそんな事を気にしている場合じゃない……!
魔物の体は、ロープでグルグルに巻かれた。
締め付けるロープを引きちぎろうと、必死に力を入れている。
「このお! ぐわーーー!!」
魔物は魔力を放出した。
ロープがミシッ、ミシッ!と嫌な音を立てる。
『だめ、力が強い。ちぎれそう……逃げて!!』
「わ、分かった! ごめんね、ありがとう!」
私は、急いで森へと走り出した。
視界が悪い森なら、隠れて時間稼ぎが出来るかもしれない。
ミント……早く来て!
荒い息を吐きながら、森の中を全力で走る。
ロープをズタズタに引きちぎった魔物は、暫く動けないでいた。
力と魔力を使いすぎてしまったのだ。
「はぁ、はぁ、……何だったんだ? これ」
ちぎられ、短くなったロープを、恐る恐る指先でつまんで拾い上げる。
先程までのオレンジ色の光は消えていた。
「ああ、くそ! まーた、逃げられちまった! ……ま、でもまた捕まえるだけだけどな」
魔物は森へと走り出した。
森に入ったものの、粋華の姿は見えず、耳を澄ましても、人間の足音は聞こえない。
「隠れても無駄だよー! 魔力を探れば分かっちゃうんだからなー!」
しかし、森の中で魔力を探るのは、実は容易ではなかった。
この世界では、自然物から様々な魔力が溢れ出している。
フィアリーズはその魔力を栄養としているが、粋華の魔力はそれに近しいものだった。
なので、街中と違い、ここでは粋華の魔力を見分けるのは困難だった。
「ああーもうっ! どこだよー!?」
魔物は森中を駆け回る。
一方、粋華は困った事になっていた。
目の前には巨大なイノシシが粋華を見下ろしている。
頭には立派な角が二本。怒りを湛えた瞳で粋華を睨みつけている。
こんな巨漢に体当たりされたら、一発であの世行きだ。
「ご、ごめんなさい……。今、悪い魔物から逃げている途中で、森を荒らすつもりはないんです」
粋華は冷や汗を流しながら、イノシシに訴える。
イノシシは、じっと粋華の瞳を見つめている。
ドドーン!!
その時、森の奥で大きな音が響いた。
イノシシは振り向くと、ピクッと耳を動かし、様子を探っているようだ。
顔を上げたイノシシは、粋華を一瞥した後、音のした方へと勢いよく走り出した。
どんどん姿は遠ざかり、やがて見えなくなった。
……はぁ……助かったの?
魔物は粋華を見つけられない苛立ちから、周りの木々を薙ぎ払い始めた。
手当たり次第に殴りつけ、木々を倒していく。
倒れる木々がドーン!と大きな音を出す。
「くっそー! どこに逃げたんだよー!? ふざけんなよ!?」
岩魔法で、周りにたくさんの尖った岩の雨を降らす。
森に住む魔獣たちは怯え、慌てて魔物から逃げるように走り出した。
「……なんだ?」
魔物は何かに気付き、耳を澄ます。
ドドドドドドド……!!
砂煙と共に、地響きの音がだんだん大きくなってくる。
巨大なイノシシが血走った目で、魔物へと突進してきた!
「馬鹿が! 俺に敵うかよ!」
大きな岩を出現させ、イノシシの額へと放った!
イノシシは勢いを弱めず、そのまま突進してくる!
ガーンッ!!
大きな岩とイノシシの角が激しくぶつかる!
岩は砕け、辺りにかけらが飛び散った。
しかし、イノシシの勢いは止まらない。
そのまま魔物へと向かってくる!
「……うそ、マジで?」
魔物は俊敏に横へと避けた。
イノシシは急ブレーキをかけ向きを変えると、またも魔物に突進してきた。
「ふん、単純な攻撃!」
魔物はイノシシの上へ大きくジャンプして、突進をかわす。
イノシシはそれを読んでいたように振り返ると、鼻先に魔力を集め、解き放った。
ドシューン!ドシューン!
地面から土の槍が何本も飛び出し、空中の魔物へ襲い掛かる。
「うわっ!」
魔物は慌てながらも、それらを打ち消す為、岩の槍を放った。
バシッ、バシッ!!
土の槍は容易くすべて撃ち落された。
「はんっ! 土が岩に勝てると思ってんの!?」
余裕の表情で着地した魔物へと、今度は別方向から土の槍が襲い掛かる。
「うわー!?」
魔物は素早くそれらを避けた。
魔法の出所を見ると、新たに2頭、大きなイノシシがのっそりと魔物へと向かって来ていた。
「何なのこいつら、ぞろぞろと……」
魔物は3頭のイノシシに囲まれた。
「ミントー……、マークー……、ライディー……」
小さな声でフィアリーズ達の名前を呼びながら、粋華は森の中をさまよっていた。
音のした方へは近づかないようにして、なんとか町へ戻ろうと歩くが、大きな森からは出ることが出来ないでいた。
またさっきみたいに、怖い魔獣が出て来るかもしれないし……
怖いよー……
この世界に来て、1日目の夜から、寝るとき以外はいつもマークと一緒だった。
一人がこんなに心細いとは。
上を見上げていた粋華の瞳に、木の枝の隙間から黄緑色に輝く翼がチラッと一瞬映る。
「ミ、ミントー!!」
『スイー!?』
ミントが私の目の前に降りて来てくれた。
「ミントー!!」
私はミントの首に抱きつき、ポロポロと涙を流した。
『スイ、大丈夫?』
「……うん」
ミントの横にはマリアもいる。
ミントに乗せてある鞄の中から、ライディとシェルも出て来た。
『スイ様、魔物はどうなりましたの?』
「うう、まだ私を探してる……」
『どうする? やっつけるんか!?』
うーん……どうしよう……?
みんなが一緒だから、戦えるけど……
私は涙をぬぐった。
『マーク様もおりませんし、ここは一旦、王都に戻ってはどうでしょうか?』
少し考えてから、うん、と頷いた。
「もし追ってきて、逃げられなかったら戦おう」
みんながいるって、心強いね!
急に元気が湧いてきたよ!
ライディを背中に背負い、ミントに乗り込むと、空高く舞い上がった。
上空から森を見下ろす。
ふと、大きな砂埃が舞い上がっている一角を見つけた。
「あれ、何だろう?」
『何か大きな魔獣が見えますわ』
さっきのイノシシだろうか……
もしかしたら、魔物とあのイノシシが……?
「やっぱり、ちょっとあそこを見て来たい! お願い、ミント!」
『スイ様、危険では……?』
「うん……でも、気になるんだ。みんなを頼ってもいいかな?」
『ワイがついとるんや! 大丈夫!』
『……問題ない』
荷物の中からシェルの声がした。
『分かりましたわ! 私達にお任せください!』
マリアは胸を叩いた。
『じゃあ、行くね』
ミントは大きな砂埃の上がる地点へと進路を変えた。




