25. 魔物出現!
「お願いです! お願いですから下ろしてください!!」
私はもはや涙声だ。
「もうちょっと辛抱しろ。そう暴れるな。しっかり掴まれ」
粋華とクラウディオは、何度となくこのやり取りを繰り返している。
彼はずっと、私をお姫様抱っこをしながら、町の中を歩いている。
道行く人々の視線が、激しく痛い……!!
「歩けますから、いい加減にしてください! もう私、舌を噛んで死にます!!」
喚き暴れる私に、彼はますますしっかり抱く手に力を込め、困った顔で笑っている。
「ほら、着いた」
噴水の傍のベンチに私をそっと下ろした。
恥ずかしくて周りを見る余裕がなかったのだが、ここは宿屋からは少し離れた広場のようだ。
小さな噴水を中心に、ベンチが数台置いてあり、そのまた周りには、木々が囲むように並んで生えている。木にとまった小鳥がさえずり、木の葉が風に揺れる音が聞こえる。
街中にありながら、周りの建物は見えず、ここだけ森の中のようだ。
広場には、老人や小さな子供の姿がわずかにあるが、人はあまりいない。
「この時間帯に人が少ない所は、ここだろうと思ってな」
クラウディオは隣に座ると、そっと私の濡れた髪に触った。
「少し熱いかもしれんが……」
彼の手の平から温かい風が生まれて、私の頭に当たった。
おお! ドライヤーみたいだ!
みるみる髪が乾いていく。
私は気持ちよくなって目を閉じた。
彼は長い指で私の髪を優しくとく。
風が止まって目を開けると、目の前にクラウディオさんの顔があった。
ち、近い!
「あ、ありがとうございます」
恥ずかしくなって、パッと横を向く。
「怪我をしているようだ。ちょっといいか?」
彼の目線を追うと、ワンピースの膝の位置に、わずかに血が付いている。
あれ?……あ、そうか、さっき転んだ時だ!
私はスカートを持ち上げて、膝を見てみた。
「ああ、ちょっと擦りむいただけです。大した事ありません」
「うむ、大丈夫そうだな。俺が治してやれるといいんだが……。帰ったらマリア殿に治してもらえ」
「はい。……そういえば、またさっきの宿屋に寄るんですか? 何か取りに戻るんですよね」
「ああ、持ち帰り用に焼き菓子を買ったからな。お前は菓子も好きだろう?」
「あ、はい……」
うう……、ナニコレ?
やっぱりなんか変……。優しいっていうか……甘い?
「キャーーーー!!」
穏やかな午後の空気を切り裂くように、女性の悲鳴が響き渡った!
「え!?」
「なんだ!?」
私達は勢いよく立ち上がると、声の上がった方へと走った。
人混みを掻き分け、繁華街へと進んだ。
その時、遠くに声の主を発見した。
「助けてー!!」
長い髪を振り乱し、泣き叫ぶ女性の姿が見える。
あの髪の色は!
さらに近寄って確認すると、それはさっき走り去った赤毛の女性だった。
一人の男がその女性の腕をねじり上げ、押さえつけている。彼女は必死に逃れようともがいていた。
その男の髪は珍しい緑色で、腰よりも長い髪の長さはバラバラだ。毛先がピョンピョンと跳ねている。
緑の髪の人なんて、この世界でも見たことがなかった。
細い体形で、まだ若く見える。
「おい、お前! 止めんか!」
近くにいた男性が、緑の髪の男を止めようと近づいた。
男は近寄る男性に手の平を向ける。するとそこに鋭い岩が現れ、男性へと飛んでいった。
スパッと喉元が切れ、血が噴き出した!
「キャーーー!!」
周りにいた人々から悲鳴が上がる。
首を切られた男性は倒れて動かない。
「おいおい。お前が早く言わないから、こんなにたくさんの人に気付かれちゃったじゃん。早くしてよ。そいつは何処にいるの?」
「だって……分からないもの……あたし……」
「だーかーらー。お前に魔力の移り香が付いてるんだって! 異世界人のさ!」
!!
異世界人って、私!?
クラウディオが、粋華の腕を掴んだ。
「おい、お前は隠れていろ。あいつの魔力、たぶん人間じゃない」
え!? ……じゃあ、魔物!?
でも魔物って、王都の中には入れないはずでしょ!?
「スイ! 今はフィアリーズのみんなもいないし、スイは隠れてた方がいいよ!」
マークは私の服を引っ張った。
「う、うん。分かった」
その場から逃げ出した粋華の背後から、大きな声が聞こえた。
「あれー? 近いよ!? んん? そっちかなー!?」
緑髪の男が突然、ヒュンと粋華の目の前に現れた!
「おっ、見いつけた!」
男の手が粋華に伸びる。
「スイ! 逃げてー!!」
マークが男に向かって風魔法をぶつける。
その隙に、私は通りの横道に逃げ込む。
クラウディオが続けて氷の槍を男にぶつけた。
「何だよお前ら! 邪魔すんなよ!」
魔物の注意が、粋華から逸れた。
数秒魔力を練った魔物は、マークとクラウディオに向け、岩魔法を放つ。
粋華の背後で、ドーン!と大きな音がした。
何あいつ、何あいつー!
明らかに友好的な魔物じゃないよ!?
二人は大丈夫だろうか……?
早くお城まで行って、みんなに知らせないと!!
「あ、スイー! どうしたんだー!? 何の騒ぎだー!?」
私の正面から、こちらに走って来る少年の姿が見える。
「あっ、レオン!」
私はゼイゼイと荒い呼吸をなんとか整える。
「は、早くフィアリーズやお城の人達に知らせないと! 魔物が暴れてるの!!」
「何? 魔物だと!?」
あ、ソイルもいる!
「とにかく追って来ちゃうから、早くお城に戻ろう!」
私達は城への道を走る。
「ソイル! お前は飛べるから、早く着けるだろう! みんなに知らせてくれ!」
そう言ったレオンにソイルは反論する。
「しかし、お前に何かあったら……」
「僕は大丈夫だから! 早く行け!」
「う……分かった。気を付けろよ!」
ソイルはそう言い残し、空を飛んで、真っ直ぐ城へと向かった。
「何こいつら。こんなんが人間やフィアリーズにいるの?」
魔物は次々放たれるマークの風魔法と、クラウディオの氷魔法を自身の岩魔法をぶつけて防いでいた。
移動速度が異様に早いこの魔物は、隙をついて彼等の後ろに回り込もうとしている。しかし、マークに気付かれ、上手くそれが出来ないでいた。
マークはクラウディオに耳打ちする。
「あいつの動きは速いけど単純だ。魔力が大きいから、流れを読めば次に動く先が分かるよ」
魔物の岩魔法は、大きな岩を作り出し、こちらに飛ばしてくるという物だ。
あの大きさの岩なら、一度当たっただけで大怪我をするか、死んでしまうだろう。
岩の大きさは、魔物の魔力の高さを示している。
魔法で作り出した岩なので、当然、マークにも当たってしまう。
二人は魔物の動きを読みながら魔法攻撃を仕掛けるが、相手の隙がなく、当てることが出来ない。
「あいつのスピードじゃ、僕の音波は避けられちゃうだろうし、倒すのは難しいかな」
「とりあえず、スイが逃げ切れるよう足止めするぞ」
「分かった!」
魔物とクラウディオらは、お互いに魔法を放ちながらも、攻撃を当てられないでいた。
「ああ、もう! しぶといなー! ……ん? あれ? あの子がいない!」
魔物はキョロキョロと周りを見回した。
「ええー? 仲間を置いて逃げたのか!? ずるいだろ!」
魔物はヒュンと二人の前から姿を消した。
「まずい! スイの方へ行っちゃった!」
「くそっ! 後を追うぞ!」
二人は必死に魔物を追ったが、移動速度が違いすぎた。すぐに姿を見失ってしまった。
「もう少しだ! 頑張れ!」
レオンに励まされながら、王城が見える所まで来ていた。
粋華はもつれそうになる足を必死で動かす。
く、くるしい……!
いつもミントに頼ってばかりで、あんまり走ってなかったからなぁ。
「ああ! やっと見つけたー!」
目の前に、先程の魔物が、またも突然現れた!
「ひっ!」
「あんまり手間をかけさせんなよ。さあ、来るんだ!」
腕を掴まれ、振りほどこうともがくが、魔物はビクともしない。
「この野郎、くらえ!!」
レオンが魔物に手をかざすと、魔物の顔が炎に包まれた。
「うわ! 何だ!?」
魔物が驚いて手を離した隙に、レオンの後ろに隠れる。
「こんなもん!」
魔物が魔力を開放すると、炎がかき消えた。
ぼさぼさの緑の髪がちりちりと焦げている。
「何こいつ、やってくれるじゃん! 近頃の人間はこんな魔法を使える奴ばっかなのか?」
魔物はこちらに手をかざし、瞬時に小さな岩魔法を放ってきた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
粋華らは横に飛んで、ギリギリで避けた。
体勢を崩したレオンの元へ、魔物は目に見えぬ速度で移動した。
そして、レオンの首を片手で掴むと、ギリギリと締め上げる。
「ううっ……!」
レオンが苦し気にうめいた。
「レオン!」
「に、逃げろ……!」
レオンは魔物の腕を掴んでもがくが、その手は外れない。
「はあ!? また逃げる気か? 大人しく捕まれば、この子を助けてあげてもいいぜ?」
魔物は赤茶色の凶悪な瞳を細め、なおもレオンの首を絞め続けた。
「……わ、分かりました。手を放してっ!」
私が言うと、魔物はパッと手を開いた。
レオンはドサッとその場に倒れた。
「ううう……」
レオンの口から声が漏れる。意識はあるようだ。
私はホッと息を吐いた。
巻き込んじゃって、ゴメン! レオン。
「よしよし、ちょっといい子にしててね。まあ、逃げられないけど、念の為な」
魔物は懐からロープを取り出すと、粋華の手首を後ろで縛った。
その時、何かに気付いたように、魔物は城を見上げた。
「あっ!」
遠くに、ミントがこちらに向かって飛んで来るのが見える。
「ミントー! ここだよー!!」
私は大声でミントに知らせる。
「何だ、あいつ!? ちっ、面倒くせーな。さっさとずらかるか」
魔物は粋華をひょいっと肩に担ぐと、もの凄い速さで走り出した。




