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異世界で戦闘玩具職人に任命されました  作者: 夏野あさがお
第二章
84/127

24. 奇妙なクラウディオ


 町へ出た粋華は、クラウディオに案内されて、ある宿の前に来た。

 この宿は、泊まり客でなくても、食堂を利用できるのだそうだ。

 今は昼時。店内はたいへん賑わっているようで、店の前には行列が出来ていた。


「少し混んでいるようだな。並ばなければいけないが、……疲れてないか?」

 粋華を見下ろすクラウディオは、眩しい笑顔を浮かべている。

「だ、大丈夫です」

 粋華は何度も瞬きをして、チカチカする目をなんとか正常に戻した。

 粋華らの前には、めかしこんだ若い女性が二人並んでいた。

 彼女らが案内される時、片方の女性がハンカチを落とした。


「あ!」

 気付いた私は、女性を呼び止めようと声を出した。

「大丈夫だ。任せておけ」

 クラウディオはハンカチを拾うと、女性に声を掛けた。

「落としましたよ。どうぞ」

 優しく微笑むクラウディオ。

 振り向いた女性は彼を見ると、大きく目を見開き、顔を赤らめ固まった。

 長くて赤い髪が特徴の、綺麗な人だ。

「どうぞ」

 いつまでも受け取らない女性に、クラウディオはもう一度ハンカチを差し出す。

 女性はハッとして手を出すと、それを受け取った。



 やっと順番が回り、店員に案内されて中に入ると、キョロキョロと店内を眺めた。

 私が今までに利用した宿はそう多くないが、ここは1、2を争う大きさだ。特に食堂はとても広い。30~40人くらいは入れそうだ。

 やはり王都の宿だからか、装飾も洗練されている。高価そうな絵が壁に掛けられ、重厚な艶のある木が使われた家具がアクセントに置いてある。深い茶色で統一された家具とベージュの壁紙は、全体的に落ち着いた印象でまとまっている。


「ここは、食事が美味いと評判の宿でな。我々は宿に泊まることはないが、こうしてよく食べに来るんだ」

 クラウディオは粋華に向け、柔らかに微笑んだ。

 私は居心地悪く、椅子の上でもじもじと体を動かす。


 注文が済んだ粋華とクラウディオは、料理が運ばれてくるのを待っていた。

 しかし、私達二人が、……いや、目の前の見目麗しい彼が、注目の的になってしまっていた。

 食堂内にいる客や従業員、関係ないのに窓から覗いている人らが、私達をチラチラと見ている。

 ほとんどが女性だが、中には頬を赤らめた男性や子供の姿もある。

 クラウディオに普段の近寄り難い空気がないせいだ。


 目の前の美麗な男性は、こんな視線には慣れているのだろうか。

 今まで、人の注目など集めた事のない私は、全く居心地が悪い……!

 しかし、人からの注目を浴びるよりも厄介な問題があった。

 目の前のこの人だ!

 この顔を近くで見させられ続けるのは、私の精神衛生上良くない。

 ただでさえ普段から無駄にイケメンなのに、今まで見せていなかった笑顔をずっと浮かべている。


 おかしい……

 クラウディオさんがおかしすぎる。

 変な物でも食べたんだろうか……?

 でも、王様の執務室にいた時までは普通だったよね?

 まさか! 王様に何か変な薬でも盛られたんじゃ!?


「あの……私が執務室から出た後、何か飲んだり食べたりしましたか?」

「いや? 何も口にしていないが……?」

 クラウディオは不思議そうに私を見た。

 ふむ……

 という事は……魔法か!!

「ねぇ、マーク。クラウディオさんに何か変な魔法がかけられてるんじゃないかな?」

 私は肩に座るマークに、小声で聞いた。

「ええー? 別にそんな気配は感じないけど?」

「本当に? でも、何か変でしょ!?」


 クラウディオはコソコソと話す私達を怪訝そうに見ていた。

「あ……すいません」

 ペコッと頭を下げる私に、彼は慌てて言った。

「いや、いいんだ。怒っているわけじゃない!」

 すぐにまた笑顔に戻った。

 ……はぁ、この顔でいるのは予想以上に疲れるな。

 いや、頑張れ! スイの前では笑顔を崩しては駄目だ!

 クラウディオは慣れない表情を保つのに苦労していた。


 宿の娘が料理を運んできた。

 テーブルに皿を並べながら、いちいちクラウディオを見ている。

 しかし、彼はそんな視線を全く気にせず、私に料理の説明を始めた。

「この店はこの肉料理が評判でな。柔らかく煮込んであるんだ。食べて見ろ。このパンも、この宿で作っていて、いつも焼き立てを出してくれる」

 彼はお皿を私の方へ近づけた。

 おお、これは!

 お肉と野菜のシチューだ!

 大きく切った肉と野菜がトロッとした茶色いスープの中にごろごろと入っている。

 パンは熱々で、ちぎると中がまだ柔らかくフワフワで、ホカホカと湯気が上がる。

 いい匂い……!

 口の中に唾液が溢れて来る。


 クラウディオは嬉しそうに粋華を見ている。

 ううっ、何でそんな顔で見るの?

「じゃ、じゃあ、食べましょう! クラウディオさんも!」

「ああ」

 肉や野菜は柔らかく、簡単にフォークで切り分けられた。

 口の中でとろける~!

 パンは外はカリッと中は柔らかく、香ばしい香りが口の中で広がる。

 これがシチューと良く合うんだ!

 もぐもぐと口いっぱいに頬張ると、休む間もなく、次々に口の中へと放り込んだ。


 注目されていた事を思い出した私は、ハッとして周りを見回す。

 男性はともかく、女性はみんなチビチビと小さな口で、上品に食べていた。頬を膨らましている人などいない。

 途端に恥ずかしくなって下を向いた。

「どうした? まだ残ってるぞ?」

 クラウディオが顔を覗き込んできた。

「あ、あはは。急いで食べすぎちゃったので、ちょっと休憩です」

 頭を掻きながら笑って誤魔化す。

「お前は美味しそうに食べるから、見ているこっちが楽しくなる。遠慮するなよ」

「……恥ずかしくないですか?」

「恥ずかしい? 何がだ?」

 首を捻る彼に、私は何でもないと笑った。


「……では、こっちもいただきます!」

 次に手を伸ばしたのは、王城ではあまり出ない、野菜の揚げ物だ。肉や魚の揚げ物ならあるが、庶民はこういったなじみの野菜を使うのだろう。

 うん、カラッと揚げてあって、サックサクー!

 クラウディオさんが気にしないなら、私も気にしない!

 なんてったって、私は根っからの庶民だからね。急にお上品には出来ないよ。


 お皿がほぼ空になった時、クラウディオが席を立った。

「ちょっと、待ってろ」

「あ、はい」

 私はまだ残っているお料理をせっせと口へと運んでいた。


「……ねえ、あなた。さっきの彼とどういう関係?」

 艶やかな女性の声に顔を上げると、私のすぐ横に、先程ハンカチを落とした赤毛の美女が立っていた。

「え?……私?」

 急に話しかけられて、フォークとナイフを持ったまま固まる。

「さっきから見てたけど、よく食べるわねぇ。ちょっと、みっともないと思わないの?」

「………」


 確かに自慢できる事ではないけど……この人、誰?

 口ごもる私に調子を良くしたのか、女性は香水の匂いをプンプンさせながらニヤリと笑った。

「ねえ、彼とあなたって、全然釣り合いがとれてないと思うんだけど、自分でそうは思わない? あなた、彼の隣にいて恥ずかしくない?」

「えっと……あなたには関係ない事だと思いますけど?」

 何なんだろう、この人は……?


「ここはもういいから、帰りなさいよ。後は、あたしがあの人の相手をしてあげるから。お腹が痛くなったから、先に帰ったって伝えといてあげるわよ!」

 そう言うと、彼女は私の脇を抱えて、強引に椅子から立たせた。

「な、な、何ですか!?」

「早く帰りなさいって言ってるの! さあ、出て行って!!」

 彼女はその細い体に似合わず、すごい力で私を押した。

「うわっ!!」

 私は前に吹っ飛んで転んだ。

「い、いたあ……!」

「あらあ、大丈夫? 冷やしてあげるわ」

 赤毛の美女は、テーブルの上のコップの水を、私の頭に掛けた。

 こ、この人……!!


「スイ、大丈夫? 僕に任せて!」

 マークがふわっと粋華の肩から離れた。

「待って、マーク! ダメだよ!」

「これでも一般人相手だから、我慢してたんだよ? 大丈夫、怪我はさせないから!」

 マークは、粋華を見下ろす女性に向けて、手をかざした。

「きゃあー!!」

 突然、女性の顔に強風が吹きつけた。

「目、目が……痛いっ!」

 女性は目を閉じて、両腕で顔を庇った。

 店の中なのに、こんな強い風が吹くなんて、明らかに不自然だ。

 あわわわわ……

 どうしようー!

 問題を起こしたら、もうお城から出してもらえなくなっちゃうかも!


 粋華は慌てて立ち上がった。

「や、やめてー! マーク!」

 マークは粋華を振り返り、手を下ろした。

 ふっと風が止む。

 女性の髪は、ぼさぼさに乱れている。目が痛かったのか、流した涙が目の周りに塗っていた黒い化粧を落としてしまい、無残な顔になっていた。


「もう! 何なのよ、これは!! あんたの仕業なの!?」

 女性は私の胸倉をつかんで喚いた。

「さあ、知りません。もしかしたら、フィアリーズの仕業かもしれませんね」

 胸倉をつかまれながらも、粋華は女性を睨みつけた。

 宿屋の娘は、おろおろと女性を止めようとしているが役に立たない。

 いつもフィアリーズのみんなに助けてもらってばかりだからなぁ。

 護身術の一つも訓練した方がいいのかもしれない……と、ギリギリと胸元を締め上げてくる女性を見ながら思った。


「このお!!」

 怒りの収まらない赤毛の美女は、片手を振り上げた。

 うっ、ぶたれる!

 目を瞑って顔を庇った……が、何も起こらない。

 恐る恐る目を開けると、クラウディオが女性の手首を掴んでいた。

「何をしている」

 彼は女性を不思議そうに見た。

「あ……!」

 女性は粋華らのテーブルにあったナフキンで、自分の顔をごしごしと拭いた。

 少しだけ黒い汚れは取れた。

「……ああ、怖かったわ! いきなり風に襲われて、こんな姿になってしまいましたの。こちらのお嬢さんが何か知っているのかと、伺っていたんですのよ」

 女性は、よよと急に、か弱い声で訴えた。

「何があった、スイ」

「あの……」

 言いかけた私の前に女性が素早く体を割り込ませ、立ちふさがった。

「こちらのお嬢さんはもう帰られるそうよ。この後は私とご一緒いたしませんこと?」

「ちょっと、あなたねぇ!」

 さすがに私も怒ったよ!

 女性の肩に手を置くと、彼女はそれをバシッとはたき落した。

「気安く触らないでいただける?」


 女性はクラウディオに向き直り、甘えた声を出した。

「ねえ、どこか二人っきりになれる所へ行きましょうよ」

 乱れた赤毛をかきあげながら妖艶に微笑むと、クラウディオの腕に絡みつこうと手を伸ばす。

「触るな」

 硬い声が上から降る。

「……え?」

 驚いて見上げる女性に、彼は冷たい視線を返す。以前、よく見せていたあの顔だ。

 あれ? そういや、最近はああいう顔はしなくなったなぁ……

「近寄るな。どこかへ行け!」

 さらに恐ろしい顔をして、クラウディオは女性を睨みつけた。

 そうそう! 私も最初はあんな顔で睨まれてたよー。

 うんうんと頷く私。


「なによ! 信じられない! バカーー!!」

 目に涙を浮かべた女性は、私をドンッと突き飛ばし、叫びながら店の外へと走り去って行った。


 いてて……!

 突き飛ばされた私は、尻もちをついてしまった。

 はぁ、やれやれ……とお尻をさする。

「あの……大丈夫でしたか?」

 宿屋の娘さんが綺麗な布巾を差し出してくれた。

「あ、すいません」

 私はそれを受け取ると、濡れた頭をごしごしと拭いた。

 クラウディオは無言で屈むと、突然、私を横向きに抱き上げた。

 ……は!?


 彼は宿屋の娘に声を掛ける。

「後で取りに来る」

「あ、はい! お待ちしてます!」

 クラウディオは私を抱き上げたまま、宿の外へと出た。

 通りに出た粋華たちを、通行人が注目している。


 ちょ、これ、お姫様抱っこだ!!

 何してくれてるんですか!?

 お、お願い、やめてーー!!

  


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