24. 奇妙なクラウディオ
町へ出た粋華は、クラウディオに案内されて、ある宿の前に来た。
この宿は、泊まり客でなくても、食堂を利用できるのだそうだ。
今は昼時。店内はたいへん賑わっているようで、店の前には行列が出来ていた。
「少し混んでいるようだな。並ばなければいけないが、……疲れてないか?」
粋華を見下ろすクラウディオは、眩しい笑顔を浮かべている。
「だ、大丈夫です」
粋華は何度も瞬きをして、チカチカする目をなんとか正常に戻した。
粋華らの前には、めかしこんだ若い女性が二人並んでいた。
彼女らが案内される時、片方の女性がハンカチを落とした。
「あ!」
気付いた私は、女性を呼び止めようと声を出した。
「大丈夫だ。任せておけ」
クラウディオはハンカチを拾うと、女性に声を掛けた。
「落としましたよ。どうぞ」
優しく微笑むクラウディオ。
振り向いた女性は彼を見ると、大きく目を見開き、顔を赤らめ固まった。
長くて赤い髪が特徴の、綺麗な人だ。
「どうぞ」
いつまでも受け取らない女性に、クラウディオはもう一度ハンカチを差し出す。
女性はハッとして手を出すと、それを受け取った。
やっと順番が回り、店員に案内されて中に入ると、キョロキョロと店内を眺めた。
私が今までに利用した宿はそう多くないが、ここは1、2を争う大きさだ。特に食堂はとても広い。30~40人くらいは入れそうだ。
やはり王都の宿だからか、装飾も洗練されている。高価そうな絵が壁に掛けられ、重厚な艶のある木が使われた家具がアクセントに置いてある。深い茶色で統一された家具とベージュの壁紙は、全体的に落ち着いた印象でまとまっている。
「ここは、食事が美味いと評判の宿でな。我々は宿に泊まることはないが、こうしてよく食べに来るんだ」
クラウディオは粋華に向け、柔らかに微笑んだ。
私は居心地悪く、椅子の上でもじもじと体を動かす。
注文が済んだ粋華とクラウディオは、料理が運ばれてくるのを待っていた。
しかし、私達二人が、……いや、目の前の見目麗しい彼が、注目の的になってしまっていた。
食堂内にいる客や従業員、関係ないのに窓から覗いている人らが、私達をチラチラと見ている。
ほとんどが女性だが、中には頬を赤らめた男性や子供の姿もある。
クラウディオに普段の近寄り難い空気がないせいだ。
目の前の美麗な男性は、こんな視線には慣れているのだろうか。
今まで、人の注目など集めた事のない私は、全く居心地が悪い……!
しかし、人からの注目を浴びるよりも厄介な問題があった。
目の前のこの人だ!
この顔を近くで見させられ続けるのは、私の精神衛生上良くない。
ただでさえ普段から無駄にイケメンなのに、今まで見せていなかった笑顔をずっと浮かべている。
おかしい……
クラウディオさんがおかしすぎる。
変な物でも食べたんだろうか……?
でも、王様の執務室にいた時までは普通だったよね?
まさか! 王様に何か変な薬でも盛られたんじゃ!?
「あの……私が執務室から出た後、何か飲んだり食べたりしましたか?」
「いや? 何も口にしていないが……?」
クラウディオは不思議そうに私を見た。
ふむ……
という事は……魔法か!!
「ねぇ、マーク。クラウディオさんに何か変な魔法がかけられてるんじゃないかな?」
私は肩に座るマークに、小声で聞いた。
「ええー? 別にそんな気配は感じないけど?」
「本当に? でも、何か変でしょ!?」
クラウディオはコソコソと話す私達を怪訝そうに見ていた。
「あ……すいません」
ペコッと頭を下げる私に、彼は慌てて言った。
「いや、いいんだ。怒っているわけじゃない!」
すぐにまた笑顔に戻った。
……はぁ、この顔でいるのは予想以上に疲れるな。
いや、頑張れ! スイの前では笑顔を崩しては駄目だ!
クラウディオは慣れない表情を保つのに苦労していた。
宿の娘が料理を運んできた。
テーブルに皿を並べながら、いちいちクラウディオを見ている。
しかし、彼はそんな視線を全く気にせず、私に料理の説明を始めた。
「この店はこの肉料理が評判でな。柔らかく煮込んであるんだ。食べて見ろ。このパンも、この宿で作っていて、いつも焼き立てを出してくれる」
彼はお皿を私の方へ近づけた。
おお、これは!
お肉と野菜のシチューだ!
大きく切った肉と野菜がトロッとした茶色いスープの中にごろごろと入っている。
パンは熱々で、ちぎると中がまだ柔らかくフワフワで、ホカホカと湯気が上がる。
いい匂い……!
口の中に唾液が溢れて来る。
クラウディオは嬉しそうに粋華を見ている。
ううっ、何でそんな顔で見るの?
「じゃ、じゃあ、食べましょう! クラウディオさんも!」
「ああ」
肉や野菜は柔らかく、簡単にフォークで切り分けられた。
口の中でとろける~!
パンは外はカリッと中は柔らかく、香ばしい香りが口の中で広がる。
これがシチューと良く合うんだ!
もぐもぐと口いっぱいに頬張ると、休む間もなく、次々に口の中へと放り込んだ。
注目されていた事を思い出した私は、ハッとして周りを見回す。
男性はともかく、女性はみんなチビチビと小さな口で、上品に食べていた。頬を膨らましている人などいない。
途端に恥ずかしくなって下を向いた。
「どうした? まだ残ってるぞ?」
クラウディオが顔を覗き込んできた。
「あ、あはは。急いで食べすぎちゃったので、ちょっと休憩です」
頭を掻きながら笑って誤魔化す。
「お前は美味しそうに食べるから、見ているこっちが楽しくなる。遠慮するなよ」
「……恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしい? 何がだ?」
首を捻る彼に、私は何でもないと笑った。
「……では、こっちもいただきます!」
次に手を伸ばしたのは、王城ではあまり出ない、野菜の揚げ物だ。肉や魚の揚げ物ならあるが、庶民はこういったなじみの野菜を使うのだろう。
うん、カラッと揚げてあって、サックサクー!
クラウディオさんが気にしないなら、私も気にしない!
なんてったって、私は根っからの庶民だからね。急にお上品には出来ないよ。
お皿がほぼ空になった時、クラウディオが席を立った。
「ちょっと、待ってろ」
「あ、はい」
私はまだ残っているお料理をせっせと口へと運んでいた。
「……ねえ、あなた。さっきの彼とどういう関係?」
艶やかな女性の声に顔を上げると、私のすぐ横に、先程ハンカチを落とした赤毛の美女が立っていた。
「え?……私?」
急に話しかけられて、フォークとナイフを持ったまま固まる。
「さっきから見てたけど、よく食べるわねぇ。ちょっと、みっともないと思わないの?」
「………」
確かに自慢できる事ではないけど……この人、誰?
口ごもる私に調子を良くしたのか、女性は香水の匂いをプンプンさせながらニヤリと笑った。
「ねえ、彼とあなたって、全然釣り合いがとれてないと思うんだけど、自分でそうは思わない? あなた、彼の隣にいて恥ずかしくない?」
「えっと……あなたには関係ない事だと思いますけど?」
何なんだろう、この人は……?
「ここはもういいから、帰りなさいよ。後は、あたしがあの人の相手をしてあげるから。お腹が痛くなったから、先に帰ったって伝えといてあげるわよ!」
そう言うと、彼女は私の脇を抱えて、強引に椅子から立たせた。
「な、な、何ですか!?」
「早く帰りなさいって言ってるの! さあ、出て行って!!」
彼女はその細い体に似合わず、すごい力で私を押した。
「うわっ!!」
私は前に吹っ飛んで転んだ。
「い、いたあ……!」
「あらあ、大丈夫? 冷やしてあげるわ」
赤毛の美女は、テーブルの上のコップの水を、私の頭に掛けた。
こ、この人……!!
「スイ、大丈夫? 僕に任せて!」
マークがふわっと粋華の肩から離れた。
「待って、マーク! ダメだよ!」
「これでも一般人相手だから、我慢してたんだよ? 大丈夫、怪我はさせないから!」
マークは、粋華を見下ろす女性に向けて、手をかざした。
「きゃあー!!」
突然、女性の顔に強風が吹きつけた。
「目、目が……痛いっ!」
女性は目を閉じて、両腕で顔を庇った。
店の中なのに、こんな強い風が吹くなんて、明らかに不自然だ。
あわわわわ……
どうしようー!
問題を起こしたら、もうお城から出してもらえなくなっちゃうかも!
粋華は慌てて立ち上がった。
「や、やめてー! マーク!」
マークは粋華を振り返り、手を下ろした。
ふっと風が止む。
女性の髪は、ぼさぼさに乱れている。目が痛かったのか、流した涙が目の周りに塗っていた黒い化粧を落としてしまい、無残な顔になっていた。
「もう! 何なのよ、これは!! あんたの仕業なの!?」
女性は私の胸倉をつかんで喚いた。
「さあ、知りません。もしかしたら、フィアリーズの仕業かもしれませんね」
胸倉をつかまれながらも、粋華は女性を睨みつけた。
宿屋の娘は、おろおろと女性を止めようとしているが役に立たない。
いつもフィアリーズのみんなに助けてもらってばかりだからなぁ。
護身術の一つも訓練した方がいいのかもしれない……と、ギリギリと胸元を締め上げてくる女性を見ながら思った。
「このお!!」
怒りの収まらない赤毛の美女は、片手を振り上げた。
うっ、ぶたれる!
目を瞑って顔を庇った……が、何も起こらない。
恐る恐る目を開けると、クラウディオが女性の手首を掴んでいた。
「何をしている」
彼は女性を不思議そうに見た。
「あ……!」
女性は粋華らのテーブルにあったナフキンで、自分の顔をごしごしと拭いた。
少しだけ黒い汚れは取れた。
「……ああ、怖かったわ! いきなり風に襲われて、こんな姿になってしまいましたの。こちらのお嬢さんが何か知っているのかと、伺っていたんですのよ」
女性は、よよと急に、か弱い声で訴えた。
「何があった、スイ」
「あの……」
言いかけた私の前に女性が素早く体を割り込ませ、立ちふさがった。
「こちらのお嬢さんはもう帰られるそうよ。この後は私とご一緒いたしませんこと?」
「ちょっと、あなたねぇ!」
さすがに私も怒ったよ!
女性の肩に手を置くと、彼女はそれをバシッとはたき落した。
「気安く触らないでいただける?」
女性はクラウディオに向き直り、甘えた声を出した。
「ねえ、どこか二人っきりになれる所へ行きましょうよ」
乱れた赤毛をかきあげながら妖艶に微笑むと、クラウディオの腕に絡みつこうと手を伸ばす。
「触るな」
硬い声が上から降る。
「……え?」
驚いて見上げる女性に、彼は冷たい視線を返す。以前、よく見せていたあの顔だ。
あれ? そういや、最近はああいう顔はしなくなったなぁ……
「近寄るな。どこかへ行け!」
さらに恐ろしい顔をして、クラウディオは女性を睨みつけた。
そうそう! 私も最初はあんな顔で睨まれてたよー。
うんうんと頷く私。
「なによ! 信じられない! バカーー!!」
目に涙を浮かべた女性は、私をドンッと突き飛ばし、叫びながら店の外へと走り去って行った。
いてて……!
突き飛ばされた私は、尻もちをついてしまった。
はぁ、やれやれ……とお尻をさする。
「あの……大丈夫でしたか?」
宿屋の娘さんが綺麗な布巾を差し出してくれた。
「あ、すいません」
私はそれを受け取ると、濡れた頭をごしごしと拭いた。
クラウディオは無言で屈むと、突然、私を横向きに抱き上げた。
……は!?
彼は宿屋の娘に声を掛ける。
「後で取りに来る」
「あ、はい! お待ちしてます!」
クラウディオは私を抱き上げたまま、宿の外へと出た。
通りに出た粋華たちを、通行人が注目している。
ちょ、これ、お姫様抱っこだ!!
何してくれてるんですか!?
お、お願い、やめてーー!!




