23. 王からの助言
ゴホンと咳ばらいをすると、王はいつもの顔に戻った。
「……なるほどな。まあ、俺に相談したのは正解だな。女の事なら任せておけ!」
王は、その立場上、気安く浮名を流すことは出来ないが、彼のモテっぷりは自他ともに皆が認めている。
「……それで、その女性は王都に住んでいるのか?」
「?……ああ」
クラウディオは、不審そうに頷いた。
よしよし、いい風向きだ。
こいつが王都で所帯を持てば、この国を離れることはないだろう。
王家に迎えることには失敗したが、この国に一生留まってくれるのなら万々歳だ。
「良かったよ。お前はいつまでも昔の事にこだわって、自分の幸せを考えていないようだったからな。相手が誰であろうと俺は応援するぞ。何なら爵位を与えてもいい」
クラウディオは首を横に振った。
「いや、それは必要ない」
なるほど……平民の女か。
「……それで、もう気持ちは伝えたのか?」
「……いや、まだだ。今伝えても、きっと断られるだろう……」
怒り以外の感情が分かりにくい彼が、明らかにしゅんと肩を落としている。
ここは友人として、良いアドバイスを与えねばなるまい。
「うむ。気持ちを伝えれば意識してもらえると思うのだがなぁ。……よし、まずはその仏頂面を何とかした方がいいな。相手を怖がらせているのかもしれんぞ」
「うっ、そうか……」
心当たりがあるのか、彼はギクッと肩を揺らした。
「笑顔だ。なるべく優しい顔で話しかけろ。そして、感謝の言葉を伝えることだ。臭いセリフや愛の言葉は必要ない。好きでもない男のそれは逆効果になるからな。あとは……、そいつの好きな事を一緒にやる事だな。相手に合わせる事が肝心だ」
「な、なるほど……」
クラウディオは王の助言に、真剣に頷いている。メモでも取りそうな勢いで、ブツブツと暗唱していた。
「まずは実践してみろ。上手くいく事を祈ってるよ」
「ああ、感謝する」
クラウディオの表情は分かりにくいが、確かに、そわそわと嬉しそうに厚い絨毯を踏みしめ、重厚な扉を軽やかに開け出て行った。
「いやあ、参った……」
王は豪奢な高い背もたれに、どさっと体を預けた。
まさか、ディオに恋の相談をされる日が来るとはな……
「王よ」
隠密魔法を発動し傍に控えていたバシリーが姿を現し、傍へ歩み寄ると頭を下げた。
「何だ、バシリー」
「よろしかったのですか? あのような助言を与えても」
「ふむ……。奴はあれでも、俺の数少ない友人の一人だからな。相談くらい乗ってやらんとな」
「はい……しかし、相手は例のあの娘だと思われますが、よろしいのでしょうか?」
王は顎を撫でながら首を捻った。
「例の娘?……何!? それはまさか、粋華のことか!?」
王は、勢いよく椅子から立ち上がる。
「……はい、間違いないかと」
これは不味いぞ。クラウディオが駄目でも、粋華だけでも王家に組み入れようと思っていたのに!
「まったく、何てことだ。すぐにルディを呼んで来い」
「はい。畏まりました!」
バシリーは頭を下げると、すぐに扉の外へと消えた。
幸いな事に、ディオは自分で「全く意識されていない」と言っていた。
フィアリーズに見られている手前、強引に王家に嫁がせる事は出来ない。
何とか粋華の気持ちをこちらに向けなくては!
粋華との間に生まれた子は、粋華には及ばなくても、おそらく近い力を持つだろう。
王家に必要な力だ!
「はぁ……やっかいな相手だな」
ディオを応援したい気持ちはあったが、こればっかりは譲れない。
……それにしても、確かに頭は少々切れるし、見られない容姿ではないが、ディオの好みがあんな子供とは……!!
これでは、エミーリアに興味を示さないわけだ。
クロス王は自身の美しい愛娘に同情した。
執務室を出たクラウディオは、早速、粋華の部屋へと向かう。
笑顔か……
クラウディオは右手で自身の頬をもみほぐすと、口の端を上げた。
こうだろうか……?
廊下の先で、メイドが掃除をしている。
彼女はクラウディオが歩いて来るのに気付くと、端へ寄り、頭を下げた。
……そうだ! まずは練習してみよう!
クラウディオは笑顔を意識しながら、彼女に声を掛けた。
「……いつも、ありがとう」
メイドは目を丸くして固まり、手から雑巾をポトリと落とした。
ちゃんと出来ただろうか……?
クラウディオが通り過ぎると、メイドはへなへなとその場にしゃがみ込み、しばらくの間、放心していた。
笑顔の練習をしながら、粋華の部屋の前までやって来た。
粋華付きのメイド、ベッティが彼に気付くと、にこやかに声を掛けた。
「これは魔導士様。スイ様に御用でしょうか?」
「……ああ、今、いるか?」
「お待ちください」
ベッティは粋華に確認を取ると、軽く頭を下げた。
「どうぞお入りください」
彼女に続き、クラウディオも部屋の中へ入る。
……そうだ! 笑顔で感謝だ!
クラウディオはベッティに微笑みかけた。
「……ありがとう」
「はうっ!?」
ベッティは奇声を発すると同時に、両手で胸を押さえると、ふらつきながら壁にゴンッと大きな音を立ててぶつかり、倒れた。
「ベッティさん、大丈夫ですか!?」
粋華はベッティに駆け寄ると、彼女の肩を抱きながらクラウディオを睨んだ。
「何をやってるんですか!?」
「い、いや、お礼を言っただけだが……?」
粋華はベッティをなんとか立たせると、扉の外へと連れ出した。
「ここはいいですから、休んでてください」
「……すみません。お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
ベッティはクラウディオをチラッと見ると、慌てて目を逸らし、扉を閉めた。
「どうしたんだ? 具合でも悪かったのか?」
首を捻るクラウディオに、粋華は驚いて声を上げた。
「もうっ! 自覚がないんですか!? ……はぁ、もういいです。用事は何ですか?」
「いや、せっかくの休日だから、町へ出かけないかと思ってな」
「……分かりました。行きましょう。……でも、どうしちゃったんですか?」
心配そうな顔を見せる粋華に、クラウディオは戸惑いながらも、笑顔を返す。
「何かおかしいか? さあ、行くぞ」
粋華の両肩を後ろから掴むと、扉へと押した。
「ああ、ハインリッヒ! スイさんはおられますか!?」
息を切らせながらルディ王子が粋華の部屋を訪ねて来たのは、そのすぐ後だった。
王子の慌てた様子に、老齢な執事は目を丸くする。
「これは、これは、ルディ様。あいにくスイ様は城下へお出かけになっております」
「ひ、一人でか!?」
「いえ、クラウディオ様もご一緒ですが?」
「くっ、一足遅かったか!」
まだ幼さの残る美しい王子は、その姿には不似合いに、いらいらと床を蹴飛ばす。
その様子を眺めながら、ハインリッヒはやれやれと小さくため息をついた。




