22. ミラとの別れ
『すっごく美味しいです!……僕、スイ様の仲間になれて良かったー……』
マドレーヌを頬張るアージルは目を瞑り、とろけそうな顔をしている。
すでに食べ終えたミラは、まだ食べているフィアリーズをじぃーっと恨めしそうに眺めている。
何も言わないけど、多分、彼女も気に入ってくれたのだろう。
「ミラ、お土産にたくさん入れておいたから、スライトと食べてね」
「え!? あ、うん。……あの……」
言いにくそうに、ミラはもじもじしている。
『ほら! ミラ、頑張って!』
マリアさんに励まされて、ミラはバッと立ち上がると、優雅に膝を曲げ、気品のある貴族の礼をした。
「ご馳走様でした。どうもありがとう、スイ」
ええっ!? 急にどうしちゃったの!?
何か悪い物でも食べた!?
心配する私に、マリアとミラがクスクスと笑い出した。
『どっきり成功ですわね』
「フフン! 私だって、やろうと思えば品よく出来るんだから!」
「そ、そっかー。驚いちゃったよ」
「スイも、もう少し、品を付けたほうがいいんじゃない?」
「うっ!」
くぅ……気にしている事を言われてしまった。
確かにこの王城では、私の根っからの庶民さ加減が目立ってしまっている。
「そのうちね、きっと出来るようになるから……アハハ!」
『こりゃあ、当分無理そうや!』
「ライディにだけは言われたくないよ!!」
こんなやり取りを、ミラは楽しそうに笑いながら見ていた。
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粋華とクラウディオ、フィアリーズ達は、王都の裏門まで、ミラの見送りに出て来た。
『気を付けてな! お前はちょっとそそっかしいみたいやから!』
ライディが明るく声を掛けた。
ミラは口をへの字に曲げ、黙って頷いた。
「アージル、ミラの事お願いね」
『任せてください、スイ様! カング地方なら、昔、行ったことありますから大丈夫です!』
そっかぁ、それなら安心だ。
「じゃあ、ミラ。スライトによろしくね!」
「……うん」
『お元気で。また会いましょう』
マリアが優しく微笑む。
「うん。マリア、またね」
ミラの周りを風が包み込む。ふわっと風が止むと、元の青く美しい鳥の姿に変わっていた。
「みんな、バイバイ!」
大きく羽ばたくと、風に乗り、空高く舞い上がっていった。
慌ててアージルも後を追う。すぐに追いついたようだ。
私達は大きく手を振りながら、二人を見送った。
もう見えなくなった空に向かって、ため息をつく。
「はぁ……行っちゃったね」
クラウディオが私の肩に手を置いた。
「感傷に浸っている暇はないぞ。仕事だ」
「え!?」
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粋華とクラウディオは、王の執務室に来ていた。
クロス王は、たくさんの書類の乗った机の前で椅子に座ったまま、いつもの美しい笑顔で私達を迎えた。
頭を下げたクラウディオは王へと声を掛ける。
「お忙しい所、失礼いたします。魔物が去りましたので、報告に参りました」
「ああ、二人ともご苦労。お前たちは下がれ」
王は執務室にいた彼の側近二人に、部屋から出るよう指示を出した。
頭を下げて、二人が扉の外へと消えた。
とたんに王は、ニヤニヤした笑いを浮かべる。
「はぁ、まったく。魔物が訪ねて来るなんて、何が起こったかと思ったぞ。お前は魔物の知り合いなんているのか」
王は砕けた調子で私に話掛ける。
「ああ、はい。3人程います」
「3人!?」
驚いて聞き返したクラウディオに、王は呆れた顔をした。
「なんでお前が知らないんだ」
あ、しまった!
思わず正直に答えてしまった……
「まあ、いい。その魔物たちは、我が国に危害を加えるような魔物か?」
王の問いに、私はブンブンと勢いよく首を横に振る。
「い、いえ! まったくそんな事はありません! みんな優しくて、友好的な魔物です!」
王は額に手を当てると、はぁー……とため息をついた。
「友好的な魔物か……俺はそんな魔物には会ったことがない。……というか、生まれてこのかた、魔物はローグしか見た事ないよ」
「ええっ!? そうなんですか!?」
驚く私に、王は面白そうに言う。
「そうさ! 普通の人間はな、魔物なんかには滅多に会うもんじゃないんだよ。魔物の数も少ないし、奴らは正体を隠しているしな」
あ、そうか!
なるほどー……
「お前のおかげで、魔物にもいろんな奴がいると分かった。この事は、のちに何かの役に立つかもしれんな。……よし、もういいぞ。まだ休暇は明後日まであるだろう。ゆっくりと過ごせ」
「あ、はい! 失礼します!」
私が頭を下げて退場しようとした時、クラウディオが口を開いた。
「あの……ちょっと話がある。いいか?」
王は意外そうに目を大きく開いた。
「ああ、何だ?」
「スイ、お前はもういい。部屋に帰ってろ」
え? 私には知られたくない話?
あっ、分かっちゃったかも!
リーナさんの事ですね。久しぶりの再会で、何か思う事があったんでしょう。
ふふふ、この私に隠し事なんて無理ですよ。
粋華はクラウディオに生暖かい視線を送ると、再び軽く頭を下げ、王の執務室から出た。
私は一人、部屋へと向かう廊下を歩きながら考える。
クラウディオさんと王様は、どんな話をしてるのだろうか。
うーん、もしかしたら……クラウディオさんは王都を去るつもりかもしれない。
ここからリーナさんの所までは距離が遠すぎる。馬で飛ばして10日もかかる。
騎士団を辞めて、リーナさんの元へ行こうとしてるのかも……?
そう考えた時、胸が小さくチクッと痛んだ。
……ん? 今の何?
私は首を傾げながら、部屋へと戻った。
粋華が執務室から去り、部屋の中は王とクラウディオ二人だけだ。
「……それで、話って何だ?」
王は、出来るだけ素っ気なく聞いた。この男はこっちが関心を示すと、口が重くなる。本当に気難しい奴だからな。
「うっ、ああ……」
そう言ったきり、クラウディオは口をつぐんでしまう。
……何だ? いつも言いたいことを言って、さっさと帰っていくのに。
なかなか話し出さないクラウディオを、王は不審そうに眺めた。
「おいおい、俺も暇じゃないんだぞ。どうしたんだ? お前らしくない」
「ああ、すまない。……ちょっと聞きたいんだが、どうすればいいのか……」
クラウディオのこんな姿を初めて見た王は、両手を机の上で組むと、身を乗り出した。
「何だ? 遠慮するな。何でも聞いてみろ」
クラウディオを気遣い眉を下げる王に、クラウディオは強く拳を握ると、真っ直ぐな視線を向けた。
「……好きな女が出来た。でも、俺の事を全く意識してくれない。どうしたらいい?」
王は、彼が発した言葉を理解するのに、数秒の時間を要した。
「……え?」
頭の回転が速く、そうそう心を乱す事のないクロス王であったが、今は全くの素で驚いていた。




