20. マリアvs魔物ミラ
「はい、着きましたよ。ここが私の部屋です」
扉を開けると、久しぶりに会った子犬の姿をしたオオカミ達が、大興奮で飛びついてきた。
「わー! 元気にしてた!?」
「ふーん、小さい部屋」
ガルルルル!!
オオカミ達は私が抱いた魔物ミラに気付くと、警戒して唸り出した。
「こらこら! お客さんだからね。大人しくして!」
私達は、とりあえず部屋の中へと入った。
ミラがスライトの仲間だとしても、私達に友好的かどうかは分からない。
話してみて様子を見よう。
私はソファーに座ると、隣にミラを下ろした。
「あ、そうだミラ! お腹が空かない? ご飯を作ろっか!」
夕飯にはまだ早い時間だが、たくさん移動したから疲れて、お腹も空いてるかもしれない。
「フン! 人間の作ったものなんて食べないし!」
その時、ぐぅぅぅぅ……と大きなお腹の鳴る音が!
こんな時鳴るのは、普通、ミラのお腹だと思うのだが、鳴ったのは……私のお腹だ!
「腹が減ったのか。食事を用意させよう」
クラウディオは、顔が真っ赤になっている私に、いつもの様に冷静な口調で言った。
その対応が、かえって恥ずかしい……
いつもの事ってか!?
「アハハ! い、いやあ、お恥ずかしいです! で、でも、今から私が作りますよ! 久しぶりにオオカミ達やフィアリーズにも食べさせたいですし!」
私達は使っていない、古い厨房へと入った。
メイドさんに頼んで、食材を運んでもらう。
私も手伝うと申し出たが、魔物が一緒なのであまりうろつかないで欲しいという旨を、遠回しに優しく告げられ断られた。
持ち込まれたいろいろな食材に目が輝く。
おお、さすが! お城は食材が豊富だね!
今日は少し豪華にしてみようかな?
野菜を彩りよく使ったサラダに、ベーコンと豆を使ったスープ、そして牛肉のステーキを作った。食材の中にあった細長いパンを切って添える。
市販のドレッシングやソースなんてないので、自分で作らなければならない。それが少し面倒だ。これからよく作るなら、作り置きしておくのもいいかもしれない。
出来上がったお料理を、厨房内のテーブルに並べた。
オオカミの分は餌用の器に入れて床に置く。
どうどう? 今回は、いつもの鍋じゃないよ!
「さあ、出来ましたよ! クラウディオさんもどうぞ」
「俺もいいのか?」
クラウディオも遠慮がちに席に座った。
フィアリーズとオオカミも、行儀よくお皿の前で待っている。
「では、食べましょう!」
「『『『『『いただきます!』』』』』」
「「「ガルルルル!」」」
フィアリーズとオオカミ達は、きちんと挨拶をすると、勢いよく目の前に盛られた料理を食べ出した。
クラウディオもフォークとナイフを手にし、口へと運んだ。
私もまたお腹が鳴り出さないように、急いで口に放り込む。
……うん、まあまあよく出来たんじゃないかな?
味を確かめながら黙々と口いっぱいに頬張っていた私だったが、みんながにこやかに食べる中、一羽、ミラだけがつまらなそうに目の前の料理を見ているのに気付いた。
「少しでもいいから食べてみない?」
声を掛けたが、ミラはプイッと横を向いた。
「こーんなマズそうな物、私いらない!」
『いらんなら食べんでええで! ワイが食べたる!』
『ライディ様、お待ちください。ミラ様、せっかくスイ様が作ってくださったのですから、少しでも食べませんか? 大怪我をしたのですから、傷が治ったとはいえ、体力が落ちているはずですわ』
マリアが心配そうに声を掛けた。
「フン! 私は魔物よ!? 軟弱な人間やフィアリーズとは違うの! こんな物いらないわ!」
「ふーん、変だね。スライトはスイの料理、大好きだったけどね!」
マークの言葉に、ミラは羽毛を逆立てた。
「っ!! 兄さんが人間の作った物を食べるもんですか! 嘘を言わないで!」
ミラは羽をばたつかせ、目の前に置かれた料理を床に落とした。
皿はガシャン!と音を立てて割れ、料理は床に飛び散った。
「あ……!」
驚く私を見て、ミラはクスクスと笑った。
「フン! いい気味!」
バチンッ!
マリアがミラの頬をひっぱたいた!
ミラは目を見開いて固まっている。
『あなたは!! 自分のしている事が分かっているのですか!? ついさっき、スイ様に命を助けていただいたばかりでしょう! 治したのは私ですが、スイ様がおっしゃらなければ、助けたりいたしませんでしたわ! それに、スライト様の命を救ったのもスイ様です! あなたはそんな恩人のスイ様に感謝するでもなく、好意を無下にするのですか!?』
マリアは肩を震わせながら、荒々しく叫んだ。
いつも優しく温厚なマリアさんがこんなに怒った所を初めて見た!
みんなも驚いた顔でマリアを見ている。
「う、う、う……うえ~~ん!!」
ミラが大声で泣き始めた。
「兄さんにも叩かれた事ないのに~~~!!」
ミラの可愛らしい小さな目から、次々と大粒の涙が零れた。
わちゃー……
確かにミラのした事は腹が立ったけど、どうしよう……
泣かれちゃうと弱っちゃうなぁ。
粋華はミラの横に立つと、背中をゆっくりと撫でた。
「あなたはスライトの妹さんだったんだね。スライトが私の作った物を食べていたのは本当だよ。スープならまだ少し残ってるから食べてみる?」
泣き声がだんだんと小さくなり、ミラはコクンと頷いた。
粋華は新しいお皿にスープを入れると、彼女の前に置いた。
マリアはまだ不機嫌そうに、横目でミラを見据えながらスープを飲んでいる。
ミラは恐る恐るチビチビとスープをなめた。
「!!」
慌ててゴクゴクと一気に飲み出した。
私はホッとして席に戻る。
なんだか最初にスライトに食事を出した時に似てるな……
思わず、ふふっと笑いが漏れた。
粋華が続きを食べ始めると、またまた事件は起きた。
「あら、食べないんなら私が食べてあげる」
ミラがマリアのお皿に丸々残っていたステーキを横から奪うと、一瞬でゴクンと飲み込んだ。
『あ……あ……』
マリアは口を開けたまま固まっている。
「ふーん、まあまあね」
ミラは満足そうに目を瞑った。
『私の……私の、最後に取っておいたお肉が……!!』
マリアは、ビュン!……と、目にも止まらぬ速さでミラの目の前に移動した。
羽ばたきながら静止し、指を突き付ける。
『表に出なさい! 決闘よ!!』
マリアは涙目になっている。
「マ、マリアさん……?」
マリアさんがそんな事を言い出すとは!
ああ、食べ物の恨みは恐ろしい……
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時は日の沈みかけた夕刻。
一羽の鳥と、羽の生えた粘土人形が、夕闇の中、第七訓練場で対峙していた。
それを見守る私とクラウディオ、そしてフィアリーズの面々。それから何故か噂を聞きつけたらしいお城の騎士達が集まっていた。
『礼儀のなっていない我儘小娘に、私がたっぷりとお灸をすえてあげますわ!』
マリアは空中からミラを見下ろし、高らかに宣言した。
「フン! 私に敵うと思ってるの? フィアリーズ風情が。飼い主の前で、せいぜい恥を晒しなさい」
ミラは余裕の表情でに首を横に振ると、マリアを鼻で笑った。
何て口の悪い……!
いくらスライトの妹さんだと言っても、これはマリアさんを応援しちゃうぞ!
でも、マリアさんは強化したといっても戦闘用の体じゃないし、大丈夫だろうか……
また壊れちゃったりしたら、悲しい。
「マリアさん、無理しないで! ステーキなら、また作ってあげるから!」
そう言った私に、マリアは首を横に振る。
『スイ様……私はお肉を取られたことに対して怒っているわけではないのです。このような世間知らずな魔物を、この世にのさばらせておく訳にはいきませんわ!』
マリアの体が白く輝き、魔力が立ち昇った。
「マリア様! 頑張ってください!!」
「マリア様ー!!」
粋華の知らない野次馬の騎士達が、マリアに大声で声援を送る。
「何!? この人たち……!」
うろたえる粋華に、いつの間にか集まっていた討伐部隊の面々が教えてくれる。
「ありゃあ、マリア様のファンクラブの奴らだな」
「早速駆け付けて来るとは、ホントに奴らは情報が早い」
「ファンクラブ!?」
私は驚いて大きな声で問い返した。
「ああ、前から一部の騎士達の間で結成されているよ。姿が変わっても相変わらずの人気だね」
そう言ったアルフレッドは、呆れた顔をした。
「あ、俺も入ってるよ」
ロイが当然といったようすで、笑顔で手を上げた。
マリアさんがそんなに人気だったとは……!
「ちなみに私は……?」
みんなの顔を見たが、困った顔をされた。
あ、いいです。何でもないです。
「なによ。あんたって結構人気あるのね。……私も、姿を変えてみようかしら」
ミラの体の周りを竜巻のように一瞬、風が包み込んだ。
風が止むと、そこには一人の美しい少女の姿があった。
大きな金色の瞳で、オレンジ色の真っ直ぐなロングヘアーを風になびかせている。青いワンピースは、ふんわりした形の短いスカートで、ひらひらしたレースがついている。
マリアさんの服に形がよく似ていた。細くて長い足には、白いロングソックスと踵の高い靴を履いている。
「あんたの衣装を参考に、ちょっとアレンジも加えてみたんだけど、どうかしら?」
「お!? あっちの魔物もけっこう可愛いぞ!」
「おい、お前! 浮気するのかよ!」
「何だよ! ただ思った事を言っただけだろ!?」
あれ?
何やらファンクラブの間で揉めているようだ。
そんな騒ぎの中、
『……もう始めても、よろしいでしょうか……?』
マリアは静かな口調でミラに問いかける。
閉じていた目をゆっくりと開いたマリアは、じぃっとミラを見つめた。
周りの騎士達も、彼女のいつもとは違う雰囲気にピタッと口を閉ざした。
『い、いいわよ! どっからでもかかって来れば!?』
『では、参ります!』
マリアの姿がフッと消えた。
パーン!
ミラが両手でマリアのパンチを受け止めている。
なにこれ!?
速い!!
ミラはニヤッと笑うと叩き落そうと手を振り下ろした。
しかし、そこにマリアの姿はもうない。
バシン!
背後からのマリアの飛び蹴りが決まる!
「うっ!」
一瞬よろめいたミラは、数歩後ろに飛んで距離を取る。
ミラは素早く前方に風魔法を放ち、強風をぶつけた。
しかし、一瞬早くマリアの姿は消えた。
「え?……どこ?」
目のいいミラも、自身の放った風魔法のせいで、マリアがどこに逃れたのか見えなかったようだ。キョロキョロと周りを見回す。
「っ!! 分かった! 上ね!」
ミラは両手を上にあげ、魔力を込めると、バシュン、バシュン、バシュン!!と、風の刃を何十本と上空へ放った!
マリアさん……!
私は両手を組んで、よろよろと思わず前に出た。
「行くな! 危ない!」
クラウディオが私の肩を掴んで後ろに下がらせる。
「シェル! 防御魔法はかかってるの!?」
シェルは粋華の足元で丸くなっている。
『いや、マリアが必要ないって』
ええ~~~~!!
マリアさん、無事なのかな……
「やったかな?」
ミラは上空をジッと見つめている。
ボコン!!
突然、勢いよくミラの足元の地面から飛び出したマリアは、ミラの顎を拳で殴った!
「ぐっ……!」
ミラは油断している所をいきなり殴られたせいで、防御が出来ず、まともに拳を食らってしまった。
体が高く宙を舞い、勢いよく地面にドサリと落ちた。
「う、う、う、痛い……」
ミラは顎を押さえ、よろよろと起き上がる。
普通の人間だったら顎が砕けてしまっていただろう。
マリアさん、怖い……!
『まだやりますか? あなたのお顔をボッコボコにしてあげてもよろしいんですよ?』
ミラは顎を押さえたまま、フルフルと首を横に振った。
『……そうですか。それなら、私の勝ちという事でよろしいでしょうか?』
ミラはコクコクと首を縦に振る。
『では、私とスイ様に、何かおっしゃる事はありませんか?』
ミラは分からないといった顔でマリアを見上げる。
『それがお分かりにならないなら、私はあなたをもう一度、お殴りしなければなりません!』
そう言って拳を握ったマリアに、「ひぃ!」と、ミラは叫び声を上げた。
「ご、ごめんなさい……」
ミラは目に涙を溜めて、か細い声で答えた。
『良く出来ました』
マリアはミラの肩に手を置いた。
ミラはビクッと肩をすくめたが、周りからは拍手が沸き起こった。
「マリア様ー!!」
「マリア様、最高ー!!」
私は一番怒らせてはいけない人が誰だか分かった……




