19. 魔物ミラ
私達は10日掛けて、久しぶりの王都へと帰って来た。
「はぁ……疲れた。でもやっとお風呂に入れるぅ……」
旅の途中、ちゃんとお風呂に入れる日は1日もなかった。お湯を借りて体を拭いたり、時々だが、小さな桶で無理やり髪を洗っていた。
日本人である私には、これが一番辛かった。
王城では、毎日お風呂に入って、いい食事も頂けて、とても恵まれている。
だが城から外に出てこの世界の現状を知る度、何とかしなければという使命感が湧いてくるのだ。
「はぁー、駄目で元々だよね。今度、王様に頼んでみようかなぁ」
私は小さく呟いた。
王都の目立たない裏門をくぐり、私達は、やっと王都へと入った。
「あ、マズいかも……」
私の肩に座っているマークが、後ろを振り返った。
「どうしたの?」
聞き返したその時!
バチバチバチバチッ!!
「キャーーーーーー!!」
激しく何かが弾かれるような音と、甲高い悲鳴が聞こえた!
先を行っていたクラウディオが慌てて馬をUターンさせる。
「これは! 魔物の侵入か!?」
え!?
私も後ろを振り返った。
まだ開かれている裏門の外側に、一羽の鳥が倒れているのが見えた。
その体からは、煙が上がっている。
城から出て来た騎士達が十数名、走ってこちらに向かってきた。……と思ったら私達を無視して通り過ぎ、裏門へと出て行く。
「俺はここに残る。お前たちは先に城に入っていろ」
クラウディオの言葉に従い、騎士達は城の入口へと向かう。
それに続こうとした私の髪を、マークが引っ張った。
「ねぇ、スイ。僕、あの魔物、誰だか分かるかも」
「え?」
私とクラウディオは、マークから事情を聞いた。
実はこの魔物、どうやらカルンの町からずっとついて来ていたらしい。
「気配を隠そうとしていたけどね。でも、完璧ではなかったから」
近づかず、離れず、一定の距離を保ったまま私達の後を追っていたようだ。
「何で教えてくれなかったの?」
「ごめんね。でも、用があるなら向こうから何か仕掛けてくると思ったんだけど、何にもないし。ただついてくるだけだったから、まあいっか!って思って……」
「それで……さっきの音と悲鳴は何だったの?」
粋華の疑問には、クラウディオが答えた。
「あれは、王都の周りに張られた結界に、魔物が触れたからだ。魔物の侵入を防ぐため、強力な魔法が張り巡らされているからな」
「え? 結界!?」
「これがあるから、王都には魔物は入れないんだ。普通は、まず触れることはない。結界に気付いて、近寄らないはずなんだが……」
クラウディオは不思議そうに裏門を見た。
「あれ? でも、ローグは? ランピック国の人達が来た時、魔物も一緒に入って来ましたよね?」
「ああ、あれは王の指示で、彼らが入る時には結界を解いていた。その後、すぐに結界を張り直し、王城の内側からも結界を張った。魔物を逃がさないようにな」
……そっかぁ、なるほど。
結界に気付いて逃げられないようにするために、あの時だけ解いてたのか……
しかも、逃がさないように入った後、内側からも結界を張るとは。
知らない所で、そんな作戦が行われていたとは驚きだ。
その時、騎士達の大きな声が聞こえた。
「おい! まだ生きてるぞ!」
「殺せ!!」
私達はハッとして裏門を見た。
騎士達に囲まれていて、魔物の姿は見えない。
しかし、先程チラッと見えたあの姿は……
「わーーーー! 待ってください!!」
私はミントを急かして、裏門に集まる騎士達の間に割り込んだ。
「殺さないで! その魔物は私の知り合いです!」
今にも鳥の首に剣を振り下ろそうとしていた騎士が、ピタッと動きを止めた。
「あ……お前は!」
集まっていた騎士達は、私の姿を見ると、数歩、魔物から離れた。
私はミントから降りて、すぐ傍まで駆け寄ると、倒れている鳥をじっくりと見た。
「やっぱり……!」
結界魔法にやられたせいか所々茶色く焼け焦げていたが、その体は青く、胸から腹にかけては白い。そして、角が生えた額の後ろにはオレンジ色の冠羽があった。鶏ほどの大きさの美しい鳥だ。
大きさは違うが、この鳥は彼とそっくりだった。
騎士達を押しのけて、クラウディオも粋華の隣へやって来た。
「こいつは……!」
私は目を見開いたクラウディオに頷く。
「ええ、間違いないですね。彼の仲間だと思います」
クラウディオは頷くと、手を横へ伸ばし、騎士達を下がらせる。
「俺が責任を持つ。こいつには手を出すな!」
魔物は僅かに頭を持ち上げて私を見た。
「っく……貴様……!」
「動いちゃダメですよ。ジッとしてて、大丈夫だから」
私は魔物の横に座り、そっと体を持ち上げて膝の上に乗せた。
魔物は抵抗するようにジタバタともがいたが、力が出ないようで、すぐにぐったりと力を抜いた。
「しかし……王都へ侵入しようとした魔物だ。このままという訳には……」
騎士は困ったようにクラウディオを見た。
「今から王に話を付けてくる。それまで手を出すな!」
そう言い置くと、クラウディオは馬を走らせ城の中へ入って行った。
魔物は苦しいのか、目を閉じてブルブルと震えている。
私はそっと魔物の体を撫でた。
「今、治してあげるからね。マリアさん!」
『はい! お任せください!』
マリアはミントの荷物の中から勢いよく空へと舞い上がり、羽を羽ばたかせながら私の横に降り立った。
「「「おおっ!!」」」
周りの騎士達が驚いて声を上げた。
マリアは得意そうに胸を張り、周りの反応を満足そうに眺めた。そして、魔物の体に両手を当てた。
「ねえ、スイ。治して大丈夫かな? 暴れたりしない?」
マークが心配そうに眉を寄せた。
うーん、確かにその心配があるか……
「あの、危険かもしれないので少し離れていてください」
「いや、しかし……」
騎士達は顔を見合わせるだけで、離れてくれなかった。
「はぁー……まあ、しょうがない。マーク、ライディ! いざという時は頼んだよ!」
「うん! 分かった!」
『ワイに任しとけ!!』
力強い言葉をもらい、粋華とマリアは頷いた。
『では、いきますわ』
マリアの手が白く光り出し、どんどんと光が大きくなる。
騎士達はそれを食い入るように眺めている。
魔物の体が光に覆われて、しばらくすると光は弱くなり、ゆっくりと消えた。
「ううっ……」
魔物はゆっくりと瞼を開けると、つぶらな金色の瞳で私を見上げた。
『お前は、お前は!! 私を助けて、何を企んでいる! この女狐め!!』
元気を取り戻した魔物は、大声で粋華を罵倒しだした。しかし、可愛らしい少女の声で喚く魔物に、粋華は全く恐怖を感じなかった。
そして、羽をバタバタさせながら膝の上でジタバタと暴れるが、魔物の体が軽いため、粋華にはなんのダメージもない。
「元気になって良かった、良かった!……ねえ、ちょっと落ち着いて?」
あんまり暴れると、他の騎士達に捕まっちゃうかもしれない。
スライトの関係者みたいだし、何とか穏便に済ませたいんだけど……
そこへ、クラウディオが馬に乗って戻って来た。
「王の許可が出た。目を離さないようにして連れて来い」
「あ、はい! 分かりました!」
はぁ、とりあえず良かった!
私は暴れる魔物を抱えると立ち上がった。
魔物は抵抗して、私の手にガブッと噛みついた。
牙はないけど痛い!
「いたたたっ!……ほら、何か話があるからついて来たんでしょ? ちゃんと聞くから、今は大人しくしてて。大丈夫。私の部屋へ行こう?」
私は涙目になりながらも、グッとこらえて、なだめるように魔物の耳元で囁いた。
魔物は私をジッと見て、そっとくちばしを離すとコクッと小さく頷いた。
「私はスイ。あなたの名前は?」
顔を覗き込んで尋ねたが、魔物はプイッと顔を背けた。
「……ミラ」
クラウディオは杖を掲げ、裏門の周りに魔法を使った。
私は大人しくなった魔物ミラを抱え、クラウディオに続き門をくぐる。
無事に門を通過した私達は、城の中へと入って行った。
取り残された騎士達は、その場に茫然と立ち尽くす。
「あの力……すごいな、異世界人は!」
「聖女様の力か……」
「ああ、マリア様……美しい……可憐だ!」
みんなそれぞれの感想を呟いていた。




