16. スイvs兵士ロット
私と、ここ港町カルンの兵士ロットとの試合が始まった。
先程ロットは、「手加減出来ず、殺してしまうかもしれない」と私に言った。
私の不安は、まさに彼のセリフと全く同じだった。
願いはただ一つ。
彼を殺さない!!
そして、こっちはおまけだ。
出来れば勝ちたい。
ロットは余裕の表情で私を見下ろしたまま、動かない。
私も剣を構えたままだ。
「おや? 来ないのか? 最初だけでも、見せ場を譲ってやろうと思ったんだが」
ロットは大剣をひょいと振り回すと、その勢いのまま私に振り下ろしてきた。
ガキン!
私はそれを剣で受け止めた。
まだ様子見のようで、軽く振り下ろされた速さのない剣だったが、剣の重量があるせいで、受け止めた手にかなりの重さを感じた。
「ほう、受け止められるのか。見かけによらず力があるな」
ロットは感心したように言うと、今度は次々といろいろな角度から切りかかって来た。
それらすべてを受け止める私に、彼は剣を振るスピードを徐々に上げていく。
あんな大剣を軽々と振り回すなんて、ロットは大男なだけあって、すごいパワーだ。
私一人の力なら、受け止めたとしても、フッ飛ばされて終わりだろう。
こんな風に剣を受け止められるのは、全てライディのおかげだ。
私……ではなくライディは、反応よく、速さの増した剣を、先回りするほどの余裕をみせて受け止めていく。
私はライディの動きを読んで、足を運ぶ。
訓練の成果か、手から伝わるライディの予備動作で、次にどう動くか分かるようになってきていた。
「受けてばかりだな。ふんっ、かかってこないのか?」
ロットは挑発するように、剣を下ろし、プラプラと振った。
うっ、そんな怖い事できないよ。
いくらシェルの魔法がかかっているとはいえ、人に切りかかるなんて恐ろしい事。
私の持っている剣は普通じゃないんだから!!
困った顔で、躊躇する粋華。
ロットは粋華が怖がっている様子を見て、落胆のため息をつく。
「はぁー……そんなに俺が怖いか。少しはやると思ったんだがな。まぁ、そんなもんだろう。もう終わりにしてやるよ!」
王立騎士団といってもこんなものなのか。
討伐部隊は優秀な騎士が集まっていると噂に聞いていたが、このような小さな娘が隊員を勤める部隊だったとは……。実際は噂とは随分とかけ離れていたようだ。
戦ってみるまでもなかった。こいつは俺のように強い相手とは戦ったことがないのだろう。最初からずっと怯えている。
剣を上手く受け止めているように見えたが、それが精一杯といったところか。まあ、反射神経だけはいいようだな。
いじめるのは俺の趣味じゃない。もうここいらで終わりにしてやろう。もう俺の実力は充分、分かっただろうからな。
怪我をさせても可哀そうだし、受け止めた剣を払って終わりだ。
ロットは分かりやすく剣を大きく振り上げると、両手で握りなおし、勢いよく粋華の肩へと振り下ろした。彼の力いっぱいの渾身の一撃だ!
おっ! 待ってましたー!!
私は瞬時にライディを持つ手に意識を集中すると、その剣にぶつけるように下から上へライディを振り上げた。剣が勢いよくぶつかり合う。
ガッキーン!!
大きな音が鳴り、剣先が遠くへ飛んでいく。
「フッ」
ロットは不敵に微笑んだが、私の剣が無事なのを見て、自身の剣にゆっくりと目を向けた。
「ま、まさか……」
彼の太い剣は、真ん中から先がなくなっていた。
「な、なぜだ……?」
ロットは茫然と自身の折れた剣を見つめた。
「止め! 勝者、スイ!」
ホレスはホッと息を吐いた粋華を見て、ニヤリと笑った。
「あー……やっと終わったぁ」
粋華はライディを持つ手を下ろすと、荷物へと戻った。
『俺の魔法、必要なかったな』
「いやいや、そんなことないよ。シェルの魔法がかかってなかったら思いっきり振れないもん」
もし、手元が狂って相手に当てちゃったりしたら、大変なことになるからね!?
もう、すごい冷や汗かいちゃったよ!
フリッツが不機嫌な顔で粋華に近づく。
「おいスイ! お前なに手加減してんだよ!? これじゃあ、俺たちの気が収まんねえよ!」
「ちょ、フリッツさん!? 声が大きい!」
慌てて口を押さえようとするも、それを聞きつけたロットが叫んだ。
「手加減しただとう!? たまたま運悪く、俺の剣の刃が折れてしまっただけだ! 俺はお前の勝ちだとは認めていない! もう一度勝負しろー!」
うげっ!
ほら、こうなる~!
ロットはもう一人の兵士から剣を借り、ブンブンと振り回し始めた。
今度の剣は先程とは違い、標準サイズだ。
ギュンターはジロリと私を見た。
「私も彼の言葉は聞き捨てなりませんね。これではロットの気が済まないでしょう。もう一度、勝負していただけますかな?」
「……はぁ、いいですけど。今度また折れたら、私の勝ちってことでいいですか?」
その言葉に、ロットが反応する。
「何!? あれはお前の技なのか? なるほどな、怯えていたのは、あれは演技か!!」
「え!? あ、いえ、その……」
何て言い訳しようか考えてる横から、またもフリッツさんが余計な口を挟んできた。
「こいつはな! お前を殺してしまうかもしれないから怖がってたんだよ!」
いやー! やめてー!!
煽らないでー!!
「や、あの、ちが……」
慌てて言い訳しようと口を開くも、いい言い訳が思いつかない。
その間に、ロットの顔がみるみる赤くなり、私は焦る。
「馬鹿にしやがって、殺してやるー!!」
ひぇーーーー!!
「スイ、悪いな。シェル様の魔法が効いてるんだろ? ちょっと痛い目みせてやってよ」
フリッツさんは私の耳元に口を寄せて、ニヤリと笑った。
フリッツさん……確信犯か!
彼は意外なことに、けっこう腹黒いようだ。
私はまたもロットと向かい合い、剣を構える。
こんなに怒らせちゃって、どうすんのよ!
もう、フリッツさんめーーー!
「始め!」
再び審判を務めるホレスが、試合開始を告げた。
「おりゃー!!」
ロットは合図と同時に、怪力にものをいわせ、力任せに剣を振って来た。
「うわ!」
私は彼の勢いに押され、後ずさりながら、なんとかそれを剣でかわす。
キン!キン!キン!キン!
次々と打ってくる剣の威力は、前よりも重い。
おされる!!
さっきとは違い、剣が殺気を纏っている。
これは……こっちも本気でやらなきゃ、負けるかもしれない。
私はライディを持つ手に集中する。
すると、彼が放つ威力のある剣を、楽に受け止められるようになった。
……と、突然、剣を弾いた直後、彼の拳が顔面に迫った!
「キャ!」
私はギリギリでそれを避けた。
あ、あぶなー!
剣だけじゃないの!?
なんで拳!?
彼は剣と拳、両方で私に迫る。
「おい、なんだその戦い方は!」
ホレスが咎めるようにロットを止めた。
それに対し、ギュンターはホレスにずいっと歩み寄る。
「お待ちなさい! あなた達は魔獣と戦う時、作法など気にしますか? 彼の戦闘スタイルは本来こうなのです。本能のままに敵を打つ。彼が一番力を出せる戦い方なのです!!」
私達、騎士団の面々は、「何言ってんだ?こいつ」と言いたげな顔でギュンターを見た。
……えっと、なに?
いわゆる野獣スタイルってやつ?
でも今は魔獣との戦闘じゃないし。
それを言うなら、私だって魔獣相手にこんな戦い方しない。
「まあ、いいじゃん。もう早く勝負つけちゃおうぜ!」
フリッツは笑いをこらえるような表情だ。
ロットの戦い方は、彼のツボに入ったようだ。
まぁ、いいか……と呆れながらホレスがロットを止めるのをやめると、また彼は狂ったように私に襲いかかって来た。
これはもう、フリッツさんが言うように、さっさと勝負をつけた方がよさそうな気がする。
うん、シェルを信じよう!
攻撃をかわしながらも、私はライディを持つ手に力を入れて、神経を研ぎ澄ます。
ロットのめちゃくちゃな戦い方は、騎士同士の戦いに慣れている人にとっては、戦いにくいのかもしれない。
でも、私達は違う。
彼のパワーが凄くても、オオカミやジャガーには敵わない。
スピードでいえば、魔獣はおろか、いつも私の剣を指導してくれている、クラウディオさんの足元にも及ばない。
彼の攻撃を弾き、懐が空くと、私は素早くそこへ踏み込んだ。
「えーい!」
ガン!
彼の鎧をつけている腹に剣を当てた。
「うごっ!!」
ロットは変な声を上げると、前屈みに崩れ落ちた。
心配になって彼の顔を覗き込むと、どうやら気を失っているようだ。
ホレスは彼を仰向けにすると、腹を確かめる。
凹んでしまっている鎧を外してみたが、彼の体に傷は見当たらない。あちこちと体を確認すると、ホレスはもう一人の兵士を呼んだ。
「一応、大丈夫だとは思うが、念の為、ちゃんと診てもらったほうがいいな」
ギュンターは、その様子を茫然と見ていたが、つかつかと私に歩み寄った。
「何なんだ、お前は!!」
「え?……えっと、一応、騎士ですが?」
ギュンターは、倒れているロットを見下ろすと、首を横に振った。
「はあ、情けない。シュリック様の兵士ともあろう者が、こんな醜態を晒すとは! 次は私です。覚悟しなさい!」
ちょ、あのー?
またですか……?
私は疲れた顔でギュンターを見た。




