15. 魔導士ギュンター
翌日、町の上を飛ぶ大きな鳥の噂が飛び交い、これはマズイと焦った粋華たちだったが、噂は二日程で収まった。
魔物を討伐し終わっても、私達は4日間、この港町カルンに留まったままだ。
魔物を討伐した翌日、魔物スライトの事は伏せて、その他の事実をこの町を治める領主に報告したクラウディオだったが、何か問題があったようで、私達はまだこの町を離れられずにいた。
その間、私には特に任務も与えられず、町をブラブラと散策したり、のんびりと過ごすことが出来ている。
宿の食堂で、騎士達の会話を拾い、滞在が伸びた理由を知った。
「魔導士様は今日も領主の所か?」
「ああ、領主がこんなじゃ、魔導士様も頭が痛いだろうなぁ……」
詳しく話を聞くと、どうやら領主の対応に、問題点がいくつかあったようだ。
今回の依頼は、フィアリーズがわざわざ王都まで来て、王に直接依頼してきたが、本来は領主がするべきであった事。
領主は、町の一部が魔物に占領されていて、そこにいた人達がいなくなっていたのに、気付いてもいなかった事。
魔物を討伐し、それをクラウディオが領主に報告したが、認めなかった事。
「え!? 領主は魔物の存在も認めなかったんですか!?」
粋華は驚いて声を上げた。
「ああ、すべては俺達がでっち上げた事だと言っているらしい」
「こっちはフィアリーズも一緒だし、嘘や隠し事なんて出来ないのにな」
フィアリーズは基本、嘘はつかないし、彼らの証言があれば、私達が疑われる事はない。領主は、そんな事さえ分からないようだ。
「まあ、魔物が町に住みついて、そこにいた人間が食われてた事に、一カ月以上も気付かずにいたなんて、領主失格って思われても仕方ないことだもんな。認められないんだろう」
なるほどね……
「あ、でも、どうしてフィアリーズは王都に依頼に来たんでしょうか? 近くに領主がいるなら、領主に相談するべきですよね」
「それな! 俺も最初に指令が下された時から、ずっと不思議だったんだよ。さすがに王の前では言えなかったがな」
ホレスは顎を撫でながら言った。
「あ、もしかして領主の周りには、誰もフィアリーズの声を聴ける人がいなかったんじゃないですか?」
私が口を挟むと、
「おっ、そうかもな!」
「あり得ない話じゃないな……」
ロイとフリッツも同意した。
「うーん……でも、こんな大きな町を治める領主だろ? ある程度魔力のある奴が兵士や魔導士としているのが普通じゃないのか?」
アルフレッドは納得いかなさうだ。
「ああ、なるほど……」
そういうもんなのかぁ。
最初に私が入ったアソイツ村や、次に行ったマウエ村にはフィアリーズと話せる人はいなかったようだけど、それは小さい村だったからなのかな。領主なんて人には会わなかったし。
私がぼんやりとそんな事を考えている時、一人の立派な口ひげを蓄えた男と、鎧を付けた大きな男が二人、堂々とした足取りで宿に入って来た。
「こちらに王都の騎士団の皆さんがいると聞いて来たんだが?」
「これはこれは魔導士様。騎士の皆さまなら、今食堂にいらっしゃいますよ」
受付にいた女将に案内されて、男達が私達のテーブルに近づく。
「騎士様方、お客様ですよ」
「客?」
私達は一斉に三人の男を見た。
「私は魔導士のギュンターと申します。領主シュリック様の右腕をしております。クラウディオ殿はおられますかな?」
ギュンターと名乗った口ひげの男は、偉そうにふんぞり返って私達を見下ろしている。
あれ?
私も立ち上がって挨拶するべきなのかな?
一緒のテーブルの騎士達を見回す。
「そうか、ギュンター殿。あいにく今、魔導士様はまだ戻っていない」
ホレスは座ったまま彼を見上げて答えた。
「ほう……それは残念。ところで討伐部隊は、まさかあなた達で全員ですか?」
ギュンターは食堂内をチラッと見た。
「ああ、魔導士様を入れて6名だ」
「6名!? なんと!! ほうほう、なるほど、そういう事ですか……」
ギュンターはニヤニヤしながら口元を押えた。
「どういう意味だ?」
「ハッハッハ、これは失礼。王立騎士団の魔導士というから、どんな大層な人物かと思えば、こんな小隊を率いている者でしたか……と。おや、何か気に障りましたかな?」
討伐部隊の騎士らは、一斉にギュンターを睨みつける。
殺気だった騎士4名の視線を受けても、ギュンターはニヤニヤ笑いを続けている。
ホレスは立ち上がると、ギュンターの正面に立った。
「我々は小隊だが、実力は王国一だと自負している。王都で一番の魔導士が、我らの隊長クラウディオ様だ」
そう言い切るホレスの迫力に、ギュンターは少々ひるんだようにも見えたが、すぐに口の端を吊り上げ不敵に微笑んだ。
「まあ、どうとでも言えますな。誰もあなた方の事を知らないこの町でなら」
「「なに!?」」
この言いように、いつもは温厚な騎士の面々もガタガタと椅子から立ち上がる。私はそんな彼らをおろおろと座ったまま見上げていた。
「ホレスさん、何なんですかね、こいつ。やっちゃっていいですか?」
フリッツさんの目が危ない!
チンピラの子分みたいなセリフだよ!?
「おやおや、血の気の多いことで。そんな自信も私がペチャンコにしてあげますよ」
ギュンターはフリッツが挑発的な言葉を発しても、余裕の表情を崩さない。
「まあ、待て。ところでギュンター殿。あなたが魔導士というならば、当然、フィアリーズの声も聞こえてるんでしょうね?」
ホレスの言葉に、ギュンターは一瞬、うっ……と言葉に詰まった。
「っ、当然ですとも! もちろん聞こえております!」
斜め後ろでずっと控えている大柄な兵士二人も、当然とばかりに、うんうん頷いている。
それを聞いたマークがギュンターの耳元まで飛んでいき、大声で話しかけた。
「もしもーし! 本当に聞こえてるのー!? おーい!!」
そして、顔の前で大きく手を振った。
ギュンターはそんなマークに全く気付かず、ホレスを睨み続けていた。
こちらを見たホレスさんに、私は黙って首を横に振った。
「はぁ、そんなこったろうと思ったぜ。おいスイ! この嘘つきに引導を渡してやれ!」
え?
「スイ! こいつは俺達を馬鹿にしたんだ。思いっきりやっちまえ!」
ホレスさんとロイさんが、興奮気味に無茶振りしてきた!
「いや、あの……?」
とまどう私の耳元で、
「殺しちまってもいいよ。俺が許す」
こそっと、フリッツさんが危ない言葉を発した。
助けてとアルフレッドを見たが、彼も無言で頷く。
ええっ!?
あの優しいアルフまでが!?
皆さん相当お怒りのようだ。
なんでこんな事に……? どうして私が……?
疑問を抱えながらも、息を吐きながら渋々立ち上がった。
「あのう、ここじゃ迷惑なので、場所を移動しましょう」
そう提案した粋華に、ギュンターは目を丸くした。
「……は? あなたが!? ちょっと待ちなさい! あなたは騎士達の世話係じゃないんですか!?」
ジッと無言で見つめ返す私達。
ギュンターはフッと馬鹿にしたように粋華達を見た。
「なるほど。負けたのがこの小娘なら、王立騎士団の名が傷つく事もないという訳ですか。可哀そうに。彼らの犠牲になるんですねぇ。
でも、そうはいきませんよ。あなたはこの部隊の代表として戦うんですから、あなたの敗北は、あなたの部隊の敗北となる事に変わりはないんですからね!」
うっ、責任重大だよ!?
私が討伐部隊の代表って……
渋い顔をする私だったが、
「それでいいですとも。行きましょうか」
何故かホレスさんが自信満々に頷いた。
私は部屋へ戻ると、ライディを背負い、マリアさんとシェルも荷物に入ってもらって連れて行くことにした。
お互いにシェルに防御魔法をかけてもらって、怪我をしないようにしよう。それに、もし怪我をしてしまっても、マリアさんがいれば大丈夫だろうし。
はぁ……それにしても、なんで私?
重い足取りで向かったのは、スライトやフィアリーズとご飯を食べた、あの河原だ。
「ほう、こんないい場所をご存じとは。ここなら私の魔法を遠慮なく使えそうですな」
ギュンターは口ひげを撫でながら、満足そうに一人頷く。
「魔導士様、あなた様が出るまでもないです。私、ロットにお任せください」
騎士の一人が大声で名乗りを上げた。
「俺が相手だ。文句はないな」
大男ロットがニヤニヤ笑いながら、私を見下ろし近づいてきた。
「うっ、……分かりました。ちょっと待っててください」
私は男から距離を取ると、相手から見えないように後ろを向き、荷物を下ろして屈んだ。
「じゃあ、シェル。あの人と私、両方ともに防御魔法をお願いね」
私は小声でお願いする。
『いいけど。何で相手にまで?』
「うん、私も思いっきりやってみたいし……ね」
『ああ、なるほどな……』
『スイ様! 頑張ってくださいね!』
マリアは小声で応援してくれた。
「うん。行ってくるね」
私は肩を回し屈伸をすると頬を叩いて気合を入れた。
ロットの前までゆっくりと歩いていくと、ライディを両手で構えた。
相手も自身の剣を引き抜く。
太くて長い大剣だ。とても重そうなそれを、大男であるロットは、片手で軽々と振り回した。
剣が風を切り、ヒュンヒュン!と大きな音を出す。
「降参するなら今の内だぞ。手加減出来ず、殺してしまうかもしれんからなぁ」
馬鹿にしたようなニヤニヤ笑いをずっと続けているロットを前にして、私は緊張と不安でゴクッと唾を飲み込む。
対人戦は訓練でしかやった事ないんだよなぁ……
あぁ……大丈夫かなぁ。
「私も、そうならないよう頑張ります」
大きく息を吸って、呼吸を整える。
「では、俺が審判をやろう」
ホレスが前に出ると、手を上げた。
「始め!!」




