5. 森の魔獣
食事が終わり、みんなは後片付けを始めた。
リーナが離れた隙に、ロイがクラウディオにさりげなく近寄る。
「魔導士様、お二人はそういう関係なんですか?」
コソコソと話しているが、リーナ以外には丸聞こえだった。
クラウディオは何の事か分からないという顔で、戸惑っている。
いや、分かるでしょう!
とぼけてるのか?
さっきのリーナさんの態度はあからさまだったよ?
「何の事だ?」
本当に分からないのか、不審そうにロイを見ている。
これが演技なら、彼は大した役者だと思う。
「いや、あの、そのー……リーナさんと付き合いだしたんですか?」
ロイは我慢ならなかったのか、ハッキリと口に出して聞いた。
騎士のみんなも気になるのか、ピタリと動きを止めて、聞き耳を立てている。かく言う私も同じだ。
クラウディオは、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「……ありえない。彼女には恨まれているしな」
ぼそっと呟いてから、しまったというように、慌てて何でもないと首を横に振った。
恨まれてる?
「こっちは片付いたわよ。そっちはどう?」
軽い足取りでリーナが戻って来た。
みんなは何事もなかったように、急いで片付けの続きを始めた。
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「3か所目は、危険な場所にあるの。あなた達が探している魔獣ではないかもしれないけど、大型の魔獣がいるのは確実よ。森の最深部に生息しているらしいわ。そこまで入り込める冒険者は誰もいないんだけど、遠くから姿は確認出来てるの」
「どうして最初に行かなかったんですか?」
不思議そうに言うホレスに、他の騎士も頷く。
「だって、魔獣がうようよいる森の中よ!? そこまで辿り着けるか分からないもの……」
リーナは肩をすくめて困ったような笑みを見せた。
「この森は町から近いけど、誰も近寄らない所よ。大丈夫かしら?」
その目線は、私を向いていた。心配されてしまっている。
「えっと……一応訓練もしてますので、頑張ります!」
怖いけど、私だけ行けないなんて言えないよね、やっぱり……
「大丈夫だよ! 僕たちがついてるよ!」
顔の横でマークが励ましてくる。
と、クラウディオさんが私をジッと見ていた。
「俺の傍から離れるな」
真剣な顔で私に告げると、彼はみんなを見回し馬に乗り込む。
そこからそれほどの時間もかからず、森の前まで来た。
森への入り口を前にして、私たちは馬を止める。
深くて暗い森の中は、怪しい気配を発している。人間の侵入を拒むように、おどろおどろしい雰囲気満載だ。
勝気そうなリーナさんや、いつも冷静なクラウディオさんまでも、渋い顔をして尻込みしているように見える。
「ホントにここに入ってくの?」
マークが心配そうに私を見た。
いや、私に聞かれてもなぁ……
マークが不安になるくらい危ない所なんだね?
うう……やっぱり無理かもしれない。
「はあー、しょうがないなぁ」
マークはため息をつくと、目を閉じて集中した。体から魔力が立ち昇る。
「僕が魔力を高めて威嚇してみるよ。力の弱い魔獣は近寄ってこないはずだよ。少しは楽になるでしょ」
騎士のみんなは、パッと明るい顔をした。
「マーク様!」
「マーク様の声、久しぶりに聞いたな!」
ロイとフリッツが目を合わせて喜ぶ中、
「今の何!?」
リーナは顔をキョロキョロと動かし、辺りを見回している。
「何でもない。気にするな。行くぞ」
クラウディオは森の中へと、馬を進めた。騎士たちも慌てて後を追う。
「何でもないって、ちょっと!!」
リーナは納得いかない様子で、クラウディオを追いかけて森へと入った。粋華らも続けて入って行く。
大きな木々が生い茂り、光を遮っているため薄暗い。遠くで魔獣の声が響いている。
「ねえ、今のって何の鳴き声!?」
小声でビクつく私に、マークは呆れ顔だ。
「大丈夫だって、よっぽど強いのしか出てこないから!」
いや、それ全然慰めになってないんだけど……
マークのおかげで魔獣の姿を全く見ないまま、森の奥へと進んでいく。
「変ねぇ、魔獣の気配はあるのに、ちっとも姿を現さないわ」
リーナは不思議そうに首を捻った。
順調に森の中を進む私達だったが、
「あ、上!」
マークの声と同時に、木の上から大きな黄色いものが飛び掛かって来た!
その何かは、前を行くホレスの頭を狙う。何とか避けたものの、落馬し地面に転がった。
「くっ……!」
ホレスはすぐに起き上がると、剣を抜いて構えた。
ほっ、よかった! 無事なようだ。
みんなも素早く馬から降りて、臨戦態勢をとる。
大きな魔獣は私たちの周りを一定の距離を保ちながら、ゆっくりと回る。
この大きな獣は、ジャガー!?
この世界の動物はみんな大きすぎるよー!
顔の位置が私と同じくらいだ。艶のある角が力の強さを表しているかのように、額から立派に生えていて、堂々としなやかに歩く姿は、美しくもある。
『ガルルルルルル!』
低い唸り声が森に響く。遠くの鳥たちが、怯えたように飛び去った。
大きな吊り上がった眼を光らせ、私達を射抜く。
普通の人なら、この一睨みだけで気絶してしまいそうな恐ろしさだ。
しかし、ここにいるのは騎士団討伐部隊だ。恐ろしい魔獣は見慣れている。
みな緊張しながらも、攻撃を仕掛ける隙を伺っている。……が、ロイは腰が引けているようだ。
そして、私の足が震えているのは内緒だ。
クラウディオが空中に氷の槍を出現させた。
ジャガーはそれを警戒してか、ヒラリと大きな体を跳躍させた。大木の枝から枝へと、次々に飛び移っていく。あまりに素早い動きで、私達は目で追うので精一杯になる。
その時、飛び降りてきたジャガーが、大きな前足をリーナへと伸ばした。
「くっ、なんの!」
彼女は構えた長い槍で大足の爪をガードして弾くと、すぐさま槍を振り下ろし、後ろに飛びのく獣に切りかかる。
『ギャウ!』
ジャガーの頬を槍の先端が掠め、血が流れた。
そこへ、クラウディオが氷の槍を飛ばす。
ジャガーは飛び退いたものの、避けそこなった槍が前足に刺さった。
『グルル、グルルル……』
ジャガーは悔しそうに暫く私たちの周りをグルグルと回ったが、森の中へと姿を消した。
「追わなくても大丈夫ですか?」
クラウディオさんを見上げると、彼は剣をしまいながら、ジャガーが去った方角を見つめていた。
「いや、いい。ジャガーが人を襲っているという報告は受けていないからな。森の中から出てこなければ、今後も人への被害はないだろう」
そっかぁ。
討伐部隊といえども、人に危害を加えなければ、恐ろしい危険な魔獣も殺さないんだね。
今、ジャガーの住処にお邪魔しているのは、私達の方だもんね。
私は、うんうんと納得した。
「ふう、驚いたわ……」
リーナは武器を下ろし、ぐったりと頭を下げた。
「すごいです! かっこ良かったです!」
あの速い動きについていけるなんて、やっぱり彼女はそうとう出来るようだ。
「ふふん、そう?」
彼女は得意そうに槍をトンと立てて、胸を張った。
クラウディオも騎士たちも感心したように彼女を見ている。
槍使いって、初めて見た!
騎士のみんなは全員、剣だしなぁ……
リーナさんって、可愛いくて強くって、これって冒険者の間ではモテモテなんじゃないかな?
もたもたしてると誰かに取られちゃうよ?
クラウディオさんの様子をチラッと伺ったが、彼の関心は、もう森の奥へと向かっていた。魔獣の気配を探っているようだ。
少し進むと、地面に振動が起こった。
気付いた時には、象の群れに取り囲まれていた。
私たちは馬を降りると武器を構えた。
大人の象が10数頭、数頭の小象を守るように後ろに隠している。象は立派な牙があるにも関わらず、当然のように、額からも角が生えていた。
……重そう。
『パオーン!』
象は警戒した様子で、私達に対し怒っている。
「困ったな……。先に進みたいだけなんだが」
クラウディオは杖を掲げ、風を起こした。
風を受けた象は鬱陶しそうに目を細めただけで、全く堪えてなさそうだ。
それどころか、ますます怒りが増したようで興奮している。
「はあー、まいったな……」
騎士達は野生の無害な魔獣をむやみに傷つけたくないようで、にらみ合ったまま、お互いに動けなくなってしまった。
そこへ、先程とは別の巨大ジャガーが突然、一頭の小象に飛び掛かった。小象は横向きに倒れ、そこをジャガーが喉元に噛みつく。
小象の親は怒って、前足でジャガーを踏みつぶそうとするが、それをヒラリとかわしながら、小象を咥えて連れ去ろうとしている。
私達に気をとられたから、象たちはジャガーの接近に気付かなかったのかもしれない。
私達のせいで?そう思ったら、私の体は無意識に、象の群れに突進していた。倒れた小象の元へと走る。
「待て!」
クラウディオさんの声が聞こえた気がしたが、今はそれどころじゃない。
私はライディを前に構え、ジャガーを突く。思った通り、小象を放し、後ろに飛び退いた。
私は小象を守るように前に立つと、剣を構える。
そこへ、ジャガーが鋭い爪を出して飛び掛かって来た。
私は素早くライディを左下から右上へと振り上げた。
剣先が届かない間合いだったが、ジャガーの右足と顔に傷が入る。
これぞ、私とライディが最近の特訓で編み出した技だ。
まともに切ったら大体の物を一刀両断してしまうので、剣圧での攻撃を練習した。
ジャガーは諦めきれないようで、うろうろと私と小象を見比べている。再びジャガーが近寄ってきたが、今度は上から下へ剣を振った。ジャガーの額が切れた。
「ごめんなさい。今は……諦めてください」
私の言葉に驚いたように目を大きく開いたジャガーは、踵を返すと、チラッと私を見た後、森の奥へと消えて行った。
ふうっ、と剣を下ろした私だったが、周りを大人の象に囲まれていた。
あ……やばい……!
なんで私、こんな所に突っ込んできちゃったの……?
冷や汗が背中を伝った。
とその時、倒れていた小象がひょこんと起き上がり、親象の足元へと歩いて行った。小象は喉のあたりから出血しているものの、大した怪我ではなさそうだ。
大人の象たちはそれを見ると、連れ立ってのっしのっしと森の奥へと歩き去った。
……あれ? 助かった?
私は力が抜けて、その場でペチャンと尻もちをついた。
「おい! 無茶をするな!」
クラウディオさんは恐ろしい顔でずんずんと近寄ってきて、私の手を引っ張って立たせる。
私の頭に手を乗せると、はぁー……と、大きなため息をつかれた。
そして、私の腕を引っ張ってミントの所まで連れて行くと、子供のように持ち上げて、ミントの背に乗せられた。
「おい、無茶しないように見張っててくれ」
そうミントに告げると、彼は自身の馬に戻った。
私は子供の頃に、父親に叱られた時の事を思い出した。
私達はさらに森の奥へと進んだ。
「この先だ。おっきい気配があるよ」
マークの言葉にみんなが気を引き締める中、リーナはキョロキョロと周りを見回しながら、腕をさすっていた。




