48. スイの失恋、王女の苦悩
『スイ様、何かありましたか?』
マリアさんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ううん、何にもないよ」
えへへと笑って答える。
私とアルフレッドはレストランで食事を済ますと、案内された本屋で絵本を買った。字が大きくて、文字数が少ない。当面は、この絵本を読めるようになるのが目標だ。
もっといろいろお店を紹介してくれるというアルフレッドの誘いを、子犬達が心配だからという理由で断り、私達は早々にお城に帰ってきた。
帰ってきた私をハインリッヒさんが迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、スイ様。町はいかがでしたか?」
穏やかに微笑む彼に、私も笑い返す。
「お店がたくさんあって、人も多くて、とても賑やかでした。欲しいものも買えたし、楽しかったです」
「それは、ようございました」
彼はうんうん頷いて、
「ところで、何かございましたか?」
心配そうに眉を下げる。
え!? なんでそんな事聞いてくるの?
「何かって、どうしてですか?」
不思議そうな顔をする私に、
「いえ、私の気のせいでございました」
彼はまた、先程の笑顔に戻った。
ハインリッヒさんに続き、同じことをマリアさんに聞かれてしまった。
態度に出てしまったんだろうか。
気を付けよう……
私は気を引き締めると、気持ちを切り替える。
もう、考えない。気にしない。
誰にも気づかれないよう、小さくため息をついた。
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「お父様、いったい何の御用ですの!?」
王の執務室へ入るなり、エミーリア王女は声を上げた。
父親からの呼び出しは、大抵、ろくな話ではない。王女は経験上、それをよく知っていた。
王の顔色を伺いながら、王女は身を震わせる。
「まず、挨拶くらいしなさい」
いつものように綺麗な顔で微笑みながら、王は愛娘を見た。
「クラウディオとの仲は、全く進展がないようだな。残念だ」
王は笑顔のまま、豪華な執務室の椅子にゆったりと腰かけている。
「こ、これからですわ! もう少しで上手くいきますわ!」
王女は焦って言い募る。
「2週間後、ランピック国の王がこちらに来ることになった。そこで、お前との婚約を正式発表する。もう時間切れだ」
「そ、そんな……!」
その場に崩れ落ちる王女を、王は先程と同じく微笑んだまま見下ろしていた。
王の執務室を出て、自身の部屋へと戻ったエミーリア王女は、侍女のサリーに向かって怒鳴り散らす。
「ああ、もう嫌よ! こんな事って、あんまりだわ!」
「落ち着いてください、エミーリア様」
サリーは暴れる王女の肩を支えると、ソファーへ座らせる。
「もうすぐランピック国から、ラバドル王がやって来るわ! 彼の元へなど嫁ぎたくない!」
慰めるサリーの手をギュッと握ると、王女は美しい青い瞳からポロポロと涙を流す。
「大丈夫ですよ、エミーリア様。ラバドル王が恐ろしい方だというのは、ただの噂。もしかしたら、お優しい方かもしれませんわ」
「そうだったらどんなにいいか。ああ、クラウディオ様さえ私を好きになってくれていれば!」
悔しそうに唇を噛みしめる王女に、サリーは眉をひそめる。
「そうでしょうか? 私はクラウディオ様がいい伴侶になるとは思えませんわ。あんな武骨な男、エミーリア様に相応しいとは思いません」
確かに……と、王女は考える。
当初、王からの提案を聞いたときは、浮かれ喜んだものだが、実際はそんな簡単なことではなかった。
最初から王は、隣国ランピック国への人質として、ラバドル王にエミーリア王女を嫁がせようとしていた。
すでに、第一王女エレナは、ランピックとは反対側の隣国、ターネット国の王子の元へ、人質として嫁がされている。
私は泣いて抵抗した。
ラバドル王は、わずか22歳という若さでランピック国を治める有能な王だ。しかしそれよりも有名なのが、彼の残虐性だ。
彼は夜な夜な家臣を襲ってはその血肉をむさぼり食い、一睨みされた者は石にされ、深い湖に沈められてしまうなどという噂がある。
そんな恐ろしい男の元へ嫁ぐなど、当然お断りだ!
断固拒否する私に、王は一つの提案をしてきた。
「ラバドル王との婚約は、一年後を予定している。それまでに、王立騎士団討伐部隊にいる魔導士クラウディオを惚れさせ、婚約してみろ。それが出来れば王との婚約はなしだ」
誰それ!?と思ったが、疑問が沸く。
騎士団の隊員ならば、王の命令で婚約も結婚も、簡単に出来るのではないかと。
「彼は私でも手が負えなくてね」
王は珍しく困り顔だ。
「無理を言えば逃げられかねん。彼は国の宝だ。今、王家はかつての異世界人が持っていた力がすでにない。彼の血を王家に取り入れ、彼のような魔力を持ったものが王になれば、また王家の力を取り戻せる」
王の提案を聞いて私は浮かれあがった。
残虐な恐ろしい王に嫁がされるよりは、全然マシだ。
しかし、その後、頭を悩ませることとなった。
簡単に攻略できると思われたクラウディオだったが、一向に私に関心を持たない。エアールの宝石と歌われる私の美貌でも、全く見向きもされなかった。
「彼、おかしいんじゃないの!? きっと男色か幼女趣味なのよ!」
侍女のサリーに愚痴りながらも次々と策を巡らすが、どれも不発に終わった。
「ああ、もうおしまいだわ……」
「エミーリア様……」
項垂れる王女と、その侍女サリー。
ラバドル王がやって来るのは2週間後に迫っていた。




