19. 深夜の襲撃者
粋華やその仲間のフィアリーズも、とっくに寝静まった真夜中。
城の周りやその建物内には警備中の騎士たちがいる。
しかし誰にも、そう、一般に目に見えないフィアリーズにさえも気づかれることなく、一人の男が城の窓から中に入る。
そこには気持よさそうに熟睡している娘、粋華がいた。
男はナイフを取り出すと、ゆっくりとその娘の眠るベットに近づく。
娘は全く気付かず、スヤスヤと眠っている。
男はナイフを振り上げると、娘の胸に勢いよく振り下ろした。
!!
これは!!
男はその違和感にうろたえた。
いつも何事にも冷静に事を運ぶこの男には、とても珍しいことだ。
とっさに周りを見回す。
特に変わった所はない。
しかし、振り下ろしたはずのナイフを持った手には、何も手ごたえがなかった。
これは幻覚か!!
男は小さく舌打ちすると、先ほど入ってきた窓に手をかけた。
「あれれれ?どこに行こうとしているの?」
男が振り返ると、部屋の中にはいつの間にかフィアリーズの少年、マークがいた。
フィアリーズにはナイフは通用しない。
男は素早くナイフをしまうと、魔法を使うべく右手を前にかざした。
「悪い子には、お仕置きが必要だよね」
マークが男に告げた時、男の放った風魔法がマークへ放たれた。
人間が使うにはめったに見ないほどの威力を持った風がマークを襲う。
しかし、風がマークの体に触れる直前、それはただのそよ風へと変わった。
くそっ!
男は目論見が外れた直後、窓へ向かって駆け出す。
「逃がさないって!」
マークは素早く男へ向かって手をかざし、自身の持つ攻撃魔法を放った。
低いヴーンという音が、部屋に響く。
男は苦し気に耳を押さえ、うずくまった。
彼の両耳からは血が流れ出している。内耳に損傷をきたしたのだ。
男は力の入らない体を何とか動かして、窓から外へ転がり落ちた。
もし、この男がこのままその場に留まったなら、脳まで破壊されていただろう。
マークは逃げて行く男を、そのまま見送った。
「これに懲りて、もう悪さをやめればいいけど」
一人呟いたマークは、大きな欠伸をして自身の寝床へと帰っていった。
「あれ? 今、何かうるさくなかった?」
先ほど男が見た所とは違う場所、部屋の反対側に置かれたベットで目を覚ました粋華は、キョロキョロと部屋の中を見る。
特に変わった所はない。
「んー? 気のせいかな……?」
『なんも心配する事ないで、スイ。ワイらがついとるからな! 安心して眠っとけ!』
粋華が眠る枕元で、先ほどの騒ぎの一部始終を見ていたライディは、それでも彼女には何も告げず、そう言った。
『ま、言った所で、スイには何もできんしな。怖がらせるだけ無駄や』
あの男とは実力が違いすぎる。下手に手出ししても邪魔になるだけやしな。
今の粋華では太刀打ちできないと、ライディは知っていた。
「んん? 今、何て言ったの?」
『なーんもない、なーんもない! なんも気にしず、さっさと寝ろ!』
粋華は首を傾げながら、しかしまだ強い睡魔には勝てず、すぐにまた眠りに落ちた。
ところ変わって、城内の豪華な調度品が置かれた一室。
二人の男がランプ一つだけが灯る薄暗い部屋の中、深夜にも関わらず椅子に座り語り合っていた。
「あの娘に手を出すな」
一人の男がもう一人の男に冷たく言い放つ。
もう一人の男は形のいい長い指を組みながら、目の前の男を睨みつける。
「なぜ、お前の言うことを聞く必要がある?」
「あの娘は俺の恩人だ。大事な部下の命を救ってくれた。あいつに手を出すなら、俺はあいつの側につく」
「そうか……、それは困ったな。国一番の魔導士が私の敵になってしまうわけか」
男は言いながら、綺麗な水色の瞳を細めた。
「消すことを考えるより、使うことを考えろ。あの力を利用できるなら、お前にとって損にはならないだろう」
「裏切らない保証はないだろう? たとえ裏切らなくても、他に奪われるかもしれない。そうだな……いつも誰かがあの娘を見張っていてくれるなら……」
「……明日から、俺のところへ寄越せ」
男はため息を吐くと立ち上がり扉へと向かう。
「遅くに邪魔をした」
「本当にそれだけかい? ディオ。お前が誰かを気にするなんて珍しいこともあるよなぁ」
部屋を出ようとする男にもう一方の男が軽い口調で声をかける。
男は振り返り水色の瞳を見返すと、
「何も珍しいことはない。いつもと同じだ」
それだけ言い、部屋を後にした。
部屋を出たディオと呼ばれたその男、クラウディオは自身の眉間を押さえた。
面倒なことになった。
明日からのことに不満を抱きながらも、何故か別の感情が胸にうずくのを理解出来ないでいた。
クラウディオが部屋から出てすぐ、今度は別の男が窓から音もなく入ってきた。
「申し訳ありません。失敗しました」
狐のように吊り上がった眼が特徴のその男は、そう言うと頭を下げ、主の言葉を待った。
「珍しいな。お前がしくじるとは。まぁ、いい。面白いことになってきたしな……」
「面白いこと?」
狐目の男の言葉には何も返さず、その男……この国の国王は窓の外を見ながら、自身の考えに思いを巡らし、一人、笑みを浮かべるのだった。