67. 元の世界へ~そして、一年後
長かった……。いよいよ今回で最終回になります。長らくお付き合いくださいました皆様、本当にありがとうございました――!
翌日、クロス王主催の稜くんのお別れ会が開かれた。
稜くんが日本へと帰る日がいよいよ明日となり、王城の広間で、稜くんを知っている者だけが集い、ささやかなパーティーが催された。
王は、最初のあいさつと乾杯だけを済ませ、早々に席を立った。
彼も忙しいだろうし、稜くんとクロス王は、直接的にはこの三カ月の間、特に接点はなかったようだし、まぁ、こんなもんか。王様がいたら、ずっと畏まっていなければならないので、気を効かせてくれたんだろうけどね。
後に残ったのは、稜くんのお世話をしていたお城の使用人たちと、討伐部隊、一緒に戦った魔導士ら、そしてフィアリーズ達だ。
お城のコック達が、豪華なお料理をたくさん用意してくれたんだけど、私もフィアリーズ達の為に、ハンバーグやオムライス、クッキーを用意した。
立食パーティー形式で、それぞれグラス片手に、好きな料理を取っていく。
「あ、ちょっと稜くん! それは一応、フィアリーズ達用の料理なんだけど」
オムライスを山盛りお皿に乗せて、それを頬張る稜くんを見つけて声を掛けた。
「うぐっ。あ、ごめん。……でも、やっぱりさ、懐かしい味が食べたくなるんだよね」
「もう! 明日には日本に帰れるんだから、今食べなくてもいいのに」
私は苦笑いを浮かべながら、美味しそうに食べてくれる稜くんを微笑ましく見つめた。
そうです。オムライスです。なんと、お米が手に入ったのだ!
王城にお米が届けられたのは、つい先日のことだ。
お米……お米……お米が食べたい……と、私は知らない間にブツブツ呟きながら、城内を歩き回っていたらしい。
それを聞きつけた外相が他国へ問い合わせをして、私と稜くんの為に、わざわざ輸入してくれたのだ。
そんな事した覚えはないんですが? ドーラさんやベッティさんに聞くと、乾いた笑いを返された。どうやら、本当にしていたらしい。
意地汚い自分が……怖い。
「もぐもぐ……ゴクッ。うむ。この米という物はなかなかに美味いものだな。わが国でも流通させるよう、王に進言しておこう」
イスメーネさんまで、オムライスをもりもりと食べている。
この世界に残る私としては、彼女の発言はとてもありがたい。どうぞよろしくお願いいたしますと、頭を下げておいた。
「むぐむぐ……。それはそうと……クラウディオと婚約したそうだな」
うえっ!?
イスメーネさんの言葉に、ギクリと体が固まった。
「それ、ほんと!? 粋華さん、婚約したの!?」
稜くんが大きな声を出したので、周りのみんなも何だ何だと集まって来た。
「粋華……、今、婚約とか聞こえたんだが……」
青い顔をしたお父さんが、ふわふわ(ふらふら?)と飛んできた。
「まあ! 粋華ちゃん、それ本当!?」
「う、うん……」
うわあ……すごく照れくさいよ~。こんな所でバレたくなかったかも……
よかったわね~おめでとう! と、はしゃぐお母さんとは対照的に、お父さんはムスッと不機嫌になってしまった。
討伐部隊のみんなと魔導士らも、クラウディオさんと私を祝福してくれる。
クラウディオさんは、今はフィアリーズとなった両親に、畏まった挨拶を始めた。
うわあ……みんなに知れ渡っちゃったよ……
「いやあ、ついに観念したか」
「結構、長かったよな」
「おめでとう」
ホレスさん、フリッツさん、アルフが、私の頭や肩をポンポン叩く。
「魔導士様の粘り勝ちだな。まぁ、いずれこうなっただろうけど」
ロイさんは感慨深そうに頷いた。
「俺は、もうダメかと思ってたぞ? スイが例の鞘をつっ返そうとしたって聞いてたから」
フリッツさんは情報通だ。彼に気のあるメイドさんが漏らしているのかもしれない。
「ああ、そんな事もありましたね。まぁ、私と付き合いたいなんて変わり者は、クラウディオさんくらいしかいないでしょうから……」
えへへと笑って頭を掻いた。
レオンに呼ばれて、私は魔導士さん達の元へと移動した。
今ではすっかり顔なじみになった魔導士の方たちから、祝福の言葉をもらった。
魔法が使えるようになったので、イスメーネさんにお菓子を届けるついでに、彼等にいろいろと教えてもらっていたのだ。
イスメーネさんに聞くのはためらわれた。いつも忙しそうなのもあるけど、魔法の開発を手伝わされそうだったからだ。悪いけど、あのやつれた彼らのようにはなりたくない。全力で回避中だ!
粋華が離れた後、討伐部隊と稜は顔を見合わせた。
「前から思ってたけど、スイって自己評価低いよな」
「自分じゃあ、気付かないもんなのかもな」
実は、粋華が王城へ来てすぐの頃、聖女様を一目見ようと、王城に詰める騎士達は、彼女の姿を頻繁に拝みに来ていたのだ。幼くは見えるが、異国情緒漂う可愛らしい顔立ちに、実は騎士らの人気は高かった。
しかし、クラウディオが与えた例のものを彼女が持つようになり、それが知れ渡ると、彼女の姿を見に来る者は滅多にいなくなった。優秀で、冷たい威厳を放つ彼に対抗しようと思う者は、ほとんどいなかったからだ。
それでも諦めず姿を見せていた輩も、クラウディオに射殺さんばかりの目で睨まれ、それからはぷっつりと現れなくなった。よっぽど恐ろしかったのだろう。
「俺も、何度睨まれたか分からないよ。粋華さん、よく俺と一緒にいたから」
めっちゃ怖かったと稜が言えば、アルフレッドも首を横に振った。
「俺もだよ。スイと二人で町に出かけた後、しばらくずっと冷たい対応されて、あの時は、ずっとこうだったらどうしようかと思った」
「スイを気楽に誘えなくなったもんな。他の奴らもそうだろうな」
ホレスの言葉に、うんうんとみんなで頷き合う。
「でも、それをスイは全然気づいてないよな」
ロイが言い、フリッツは皮肉っぽく笑った。
「ああ、でも実際気付かれず上手くやってたよ。狡猾だよ、魔導士様……」
背筋に寒気を覚え、みんなして自身の腕をさすった。
結局、魔導士様最強……という結論で終わった。
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稜くんのお別れパーティーのはずが、なぜか私とクラウディオさんの婚約披露パーティーに変わってしまった宴の翌日、いよいよ稜くんが日本へと帰る日となった。
朝日が輝く早朝、私達は第七訓練場に集まった。
異世界転移魔法を行う場所に、ここが選ばれたのだ。王城から離れた場所にあるこの空き地ならば魔法が失敗した際、被害が少なくて済むという判断からだ。
王をはじめ、彼の側近らと、昨日のパーティーに集った面々が見送りのため稜くんの周りを囲んでいた。
王は稜くんと握手し別れの挨拶を済ますと、早々にお城へと戻った。
王が安全な場所へと避難した後は、いよいよ私の両親の出番だ。
「お父さん、お母さん、頑張ってね!」
「ええ、任せておいて!」
お母さんは緊張の面持ちで頷いた。
「粋華……婚約なんて早すぎないか? そんな急がなくてもいいだろう……?」
お父さんは何故か朝から、ぐったりと疲れた顔をしている。
「もう! あなたったらまだ言ってるの? 昨日からグチグチグチグチと。いい加減にしてちょうだい! この人ったら、昨夜もあんまり寝れなかったようなのよ~」
そ、そうなんだ……
「大丈夫? 今日は大事な日なのに……。失敗なんてしないでよ? 稜くんの命がかかってるんだから」
「ほんっと頼みますよ!? 俺……!」
稜くんが掴みかからん勢いで不安な顔を見せた。
「あ、ああ、大丈夫だよ。……たぶん」
「今! たぶんって言ったぁ!!」
稜くんはショックを受けた顔で、頭を抱えた。
「ちょっと待った――――!!」
遠くから女性の大声が響いた。
「おお! 間に合ったか。良かった……」
息を切らせながらイスメーネさんが走って来た。
「これを持って行け!」
両手で抱えた包みを稜へ差し出す。
「これは……?」
イスメーネは目の下にくまを作った眼で、活き活きと解説を始めた。どうやら彼女はまた、新たな魔道具を開発したようだ。
「今朝完成したばかりだぞ。遠くの場所にいる者同士が姿を見て、会話が出来る魔道具だ!」
「「テレビ電話!?」」
「お? お前たちの世界にはもうあるのか?」
イスメーネは目を丸くした。
この世界にいる者同士では、すでに実験して成功しているらしい。お父さん達が日々、異世界転移魔法を訓練している所へ行って、魔法を調査し、ようやく今朝出来たばかりの異世界仕様の魔道具だそうだ。
「異世界でも使えるかどうか、ぜひ試してもらいたい!」
「お待ちください!」
厳しい声が彼女を止める。
王の側近たちは、王の許可がない魔道具を、異世界へと持って行かせるのに反対した。だが結局、彼女の権力に屈した。
「ふん。私に意見するなどおこがましいわ! 頼んだぞ、稜!」
「……あ、はい」
イスメーネさんには、誰も逆らえない。
空中に浮かんだ銀色の拳銃が稜にすり寄る。
『リョウ、元気でな』
「うん。連れて行けなくてごめんな。今まで、ありがとう」
あっちの世界には当然ながら、フィアリーズを連れて行けない。しゃべる拳銃なんてあったら、パニックになってしまう。
「稜くん、元気で。手紙、よろしくね」
稜は、鞄から手紙を出して振った。
「大丈夫。ちゃんと出しとくからさ」
私は叔父さんと叔母さん宛に手紙を書いた。手紙には、私が遠くで無事に頑張って生活していることをしたためた。お父さんとお母さんがフィアリーズとなって生まれ変わった事や、異世界に来ている事は秘密だ。そんな事を書いても、信じてもらえないだろうしね。
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それから一年。
季節はめぐり、エアール国は、再び春を迎えている。
あの日、魔法は無事成功し、稜くんは日本へと帰っていった。
その翌日には王都の民に、私は異世界人の聖女としてお披露目された。フィアリーズ達と共に町を練り歩き、人々に笑顔で挨拶をした。
ぐったりと疲れていたものの、その翌日からは新居への荷物の運び入れも開始した。
稜くんを思い、寂しがっている暇もない。
半月後には荷物の運び入れと、室内の改装工事がすべて終わり、いよいよ一人暮らしを開始した。
その頃には、町の人達の好奇の視線にも慣れた。フィアリーズと一緒に買い物しているのだから、そんな目で見られるのも当然だった。
そして、この世界では初めての試みであろう、銭湯がオープンを迎えて三カ月が経過した。
中古の御屋敷をイスメーネさんが買い取ってくれて、そこを孤児院に改築した。その隣に、新たな建物として、銭湯を建てたのだ。
従業員を雇う予算がないので、孤児院の子らと、フィアリーズが働いている。
孤児院には、イスメーネさんの伝手を使って先生を二人雇った。私一人とフィアリーズ達だけじゃ、さすがに子供たちの面倒を見るのは無理だもんね。
せっかく始めた一人暮らしだけど、今はこっちに泊まることが多くなっていた。
銭湯の料金は庶民には少し高い600ペリ。日本円で、およそ500円だ。
毎日入るお風呂なんだから、もう少し値段を抑えたかったが、孤児院の経費を銭湯の儲けから賄っているので、あまり値段を落とせない。まあ、彼等はお風呂に毎日入る習慣がないしね。
しかし、その値段でも連日満員状態だった。
私は身だしなみをチェックした後、壁に掛けられた鏡の前に立った。
そして、「おはよう!」と鏡に呼びかける。
痛い人じゃないですからね?
これが、例のイスメーネさんが発明した魔道具なのだ。
「お! 粋華さん、おはよう! 順調?」
「うん。稜くんは今日から新学期だよね。大丈夫?」
稜くんは可哀そうな事に、約一年間学校を休んだため、昨年、もう一度2年生をやり直し、今日から3年生のスタートだ。
「ああ、さすがに去年はちょっときつかったけど、もう慣れたよ。粋華さんも頑張れよ!」
「うん! ありがとう!」
通信を終えると、窓の外から、男性の大きな声が聞こえた。
「ここだ! 俺はついに来たぞ――!!」
窓から覗くと、涙を流した男性が、まだ開店時間前の銭湯の入り口に座り込んでいる。
王都は今、空前の銭湯ブームとなっていた。王都だけに留まらず、噂を聞きつけた人々が、遠くの町からも、銭湯に入る為だけに王都を訪れていた。
その為、王都の飲食店や土産物屋、宿屋が大繁盛していた。
「予想はしていたけど、さすがにここまでとは想定外だったかも……」
「何故だ? 当然の結果だと思うぞ」
私は銭湯の予想外の盛況と、孤児院の運営もあり、毎日忙しい日々を送っていた。
隣に立つ、麗しく凛々しい男性を見上げた。彼も忙しいだろうに、いつも様子を見に来て、手伝ってくれる。
「なにしろ聖女が運営して、フィアリーズが働いているんだからな。フィアリーズの姿を見られるだけでも、貴重な経験だ」
そうなのだ。
最初に私が足を踏み入れた村、アソイツ村の村人の反応を思い返せば、それは当然のことだった。
そう、連日の宴!
銭湯に訪れる誰もがもうお祭り騒ぎだ。申し訳ないことに、銭湯の周りは、常に騎士らに警備してもらっている。私やフィアリーズに手を出す客はいなくても、興奮した客同士のごたごたが起きるからだ。
「院長せんせー! お店の前のお掃除、終わりましたー!」
『スイ様ー! 私も、洗い場のお掃除終わりましたわ』
孤児院の子供らとマリアさんが元気に報告した。
「よし! じゃあ朝食にしましょう! クラウディオさんも食べていってくださいね」
「僕、院長せんせーのご飯大好きー!」
「私も――!」
ふふっ、嬉しいなぁ。
子供好きの私は、自然と頬が緩む。
「俺は、スイが一番好きだけどな」
クラウディオはそう言って、粋華の唇に口づけをした。
子供たちが見ている前で、クラウディオさんは破廉恥ですねぇ。子供たちの絶叫が聞こえてきそうです。
小説は終了しましたが、のんびりと挿絵を淹れていきたいと思っています。お暇な方は、ぜひチェックしてくださいね!