61. 決戦!
「あなたは……! 師匠!?」
やっぱり、ダニロ隊長だ!
ダニロは後ろにたくさんの騎士を引き連れ現れた。
その数は、およそ100。
「愛しい我が息子と娘の危機とあれば、俺が黙っていないぞ! 我ら北の部隊もこの戦に参戦する! おっ、その顔が見たかったんだ!」
ダニロはクラウディオと粋華の驚いた顔に、満足そうに豪快に笑った。
ダニロの部隊の騎士達は、彼が話している間にも素早く陣形を整え、戦の準備を進めていた。よく訓練され、統率がとれているのが伺える。
「王からの出軍命令があったからだろうが。調子のいい」
ヨドークが呆れた口調で言い、鼻で笑った。
「ふん、だがお前の隊の危機なら、俺は出撃を渋ったかもしれんな」
ヨドークとダニロは睨み合い、バチバチと火花を散らす。
「お父様! わたくしも駆けつけましたわ!」
イザベラがヨドーク将軍に駆け寄る。
「おお! イザベラ! このような危険な場所に来るとは!!」
「私も、治療魔法しか使えませんが魔導士です! お父様たちのお役に立ってみせますわ!」
「おお! イザベラ! なんと立派な心意気だ!」
父娘は、ひしっと抱き合った。
ヨドークは感動のあまり涙を流している。
えっと……これって、いつまで続くの?
それよりも……!
「マーク~! コーリンさんが!!」
コーリンは魔獣の先頭集団に切り込み、次々と襲い来る魔獣を手刀で切り裂き、返り討ちにしている。
魔獣と彼女との戦力差は大きく、簡単にはやられそうではない。しかし、相手は数の暴力で迫って来る。
彼女の安否が気掛かりで、オロオロとする私の肩に、イスメーネが手を置いた。
「すぐにあの魔物を下がらせろ。まずは我々の出番だ!」
私は頷くと、
「マーク! お願い!」
『分かった!』
マークは勢いよくロケット噴射で飛び出していった。
連れ戻しに来たマークに抵抗したコーリンだったが、ガッチリ体を抱えられると、そのパワーに抗う事は出来なかった。
戻って来たコーリンは、ガックリと肩を落としていた。
「フィアリーズの力に負けるとは……。私もまだまだだね」
いつの間に移動したのか、魔獣の群れの先頭集団を囲むように、魔導士らが配置についていた。
初めにいた10人に加え、王都と北の砦の騎士らを連れてきた魔導士たちも加わり、王都が誇る優秀な彼らが杖を構え、大規模魔法を展開した。
先ほどは魔物らにダメージを与えながらも、致命傷を負わすことが出来なかったこの魔法だが、魔物に成り切れていない魔獣らにとって、耐えきるのは不可能だった。
断末魔を上げながら、バタバタと倒されてゆく。
「よし! 魔導士らを援護しろ!」
騎士は、魔導士らへと襲いくる魔獣に剣を向けた。
「ちょっとぉ、まずいんじゃないの!?」
オルーアは不安げに上空から戦況を見下ろす。
「くそっ! 忌々しい人間どもが!! オルーア、まずはあの魔導士どもを始末するぞ」
そう言ったクラフティとオルーアの前に、桃色と水色フィアリーズが立ちはだかる。
「あなたの相手は私達よ! よくも長い間閉じ込めてくれたわね!」
「僕は、あの子を殴ったお前を許さない!」
イスメーネは、対峙するフィアリーズとドラゴンを見上げた。
「うむ。あのドラゴンをなんとかせんことには、我々の勝利はないからな」
彼女の言葉を受けて、私はこくりと頷いた。
「マークもお父さん達を手伝って! お願い!」
『うん! 僕もあいつを許せないからね! 任せて!』
合体ロボは全身に魔力のオーラを湛え、お父さん達の横に並んだ。
「あんたの相手は私だよ!」
コーリンは上空にいるオルーアに対し、ニヤリと笑みを見せた。
「ハハッ! 笑わせないでよ! 空を飛べないあんたが、私に敵うかしら?」
『僕は上空から援護します!』
アージルがオルーアの背後に現れた。
彼の素早い動きに、オルーアは気付けなかった。ハッと振り向いたオルーアを、アージルは容赦なく殴りつける。
「きゃあ!」
弾き飛ばされ、地面に落ちて行くオルーアに、コーリンが跳び上がって蹴りを入れた。
うわっ! 痛そう!!
あの魔物は、コーリンさんとアージルに任せておけば大丈夫そうだ。
『私は、騎士様たちの治療に専念いたしますわ』
「うん! マリアさん、お願い!」
マリアは粋華の返事を聞くと、勢いよく飛び出していった。
『私達も援護してくるわ!』
リタら5姉妹も、マリアの後に続く。
私は足元で丸くなっているシェルを見下ろした。
「ねえ、やっぱり、全員に防御魔法は……無理だよねぇ」
『ああ、さすがにな。魔物と戦ってるこいつらや、スイとリョウには掛けとくから。もう絶対、死んだりするなよ』
シェル……!
なんにも言わなかったけど、私の事、心配してくれてたんだ!
胸がジーンと熱くなる。
「おい、お前、無事だったんだな。死んだかと思ってたぜ」
ひぃ!
遠くから、私を真っ直ぐに見つめる鋭い瞳に、体が硬くなる。
こいつは……!
「あの時は、まんまと逃げられちまったからなぁ。リベンジといこうか。相手をしてくれんだろ?」
赤茶色の瞳を細め緑の長髪を揺らしながら、スパーリがゆっくりと私に近付いてくる。
私は剣を抜き、前に構える。
「援護する」
「俺もだ」
私を挟むように、イスメーネさんとクラウディオさんが横に並んだ。
「もう、二度とお前を失いたくない」
真っ直ぐにスパーリを見たまま、クラウディオが言った。
イスメーネは半目になると、はぁ~と息を吐き出した。
「愛の告白は、この戦が終わってからにしてくれ」
「そうします」
……なんだろう、これ。
師弟ジョークか?
息がピッタリのやり取りに、緊張で固まっていた体が少し楽になる。
「よーし! ライディ、やるよ~!」
『おっしゃあ! もう、遅れは取らへんでー!!』
ライディの輝きが増した。
剣から、金色のオーラが立ち昇っている。
おお!? なんだか只ならぬパワーを感じる!
スパーリは岩魔法を放ってきた。
私はまだ全く届かないそれに、剣を振るってみた。
剣から放たれた剣圧が、岩を粉々に吹き飛ばす。
『スイ! お前、魔力が上がっとるんやないか!?』
「えっ!? これって、ライディの力じゃないの!?」
イスメーネとクラウディオは、次々と激しく魔法を放った。
スパーリは、それを弾いたり避けたりしながら、それでもじりじりと距離を詰めて来る。
私は、この魔物のすばしっこさを知っている。
神経を研ぎ澄ませ、魔物の気配を探る。
目で捉えることは、きっと無理だ。
気配を探るんだ! 剣の達人のように……!
「そこだーーー!!」
私は振り向きざま、剣を振り下ろした。
「グハッ!!」
スパーリの肩が裂けた。
あれ!? 嘘!? 本当に当たった!!
私は驚いて、口をあんぐりと開けた。
イスメーネとクラウディオが、ここぞとばかりに魔法を打ち込む。
スパーリは距離を取って、攻撃を避ける。
「くっ! よく分かったな。まさか、人間の小娘に動きを読まれるとは……!」
スパーリは、深い傷を負ったにも拘らず、嬉しそうにニヤニヤと口元を上げた。
『感知魔法やな。お前、いつの間にそんなもん使えるようになったんや!?』
「え!? さあ……、よく分からない」
ライディの言葉に、私は首を傾げた。
もしかして、魔法が使えるようになった事と関係があるのかなぁ。
「雷魔法だけじゃないんだな! いいぜー! 楽しくなってきた!」
スパーリは、血走った眼を私に向ける。ギラギラした目に、背筋が寒くなる。
「これ以上やると死ぬことになりますよ! 何が楽しいんですか!?」
あまりの気味の悪さに、思わず問いかけた。
「俺は強い奴との命のやり取りにワクワクするんだよ。死ぬかもしれないギリギリを楽しんでるのさ」
私は冷たい目をスパーリに返した。
少ししか関わった事がなかったけど、こいつはクラフティよりはマシかと思ってた。
でも、違った。
こいつ、変態だ……!!
「あなたは、まだ更生できるかもって思ってたけど、やっぱりダメですね。あなたみたいな危ない奴、野放しには出来ません!」
「構わねえぜ。強い奴に殺されるなら、本望さ!」
スパーリは手に魔力を集めると、巨大な岩を飛ばして来た!
「こっちだ!」
クラウディオに腕を引かれて、横へ倒れ込む。
大岩が轟音を立てて、地面にめり込んだ。
あっぶなー!
シェルの魔法がかかっていても、こんなのに潰されたらペチャンコになっちゃうよ!
「まだそんな魔力が残っているのか! 恐ろしい奴め。おい、クラウディオ!」
イスメーネの視線を受け、クラウディオは無言で頷く。
え? なに?
クラウディオとイスメーネは杖を構え、同時に魔法を発動させた。
「ぬあっ!」
スパーリの上下から、同時に氷の槍が、激しく降り注ぐ。
急いでその場を離れたものの、何本もの槍が体に突き刺さっていた。
私は、動きが鈍くなったスパーリ目掛けて剣を振った。
剣から放たれた風が、彼の体を大きく切り裂いた。
スパーリは、ドサッと仰向けに倒れる。
「スパーリ……」
稜は結界から出て、血だらけの魔物の足元に立った。
「よう、王様。やられちまったよ」
「俺、……お前がいてくれて、少しは楽しかったよ」
「へっ、少しかよ。ま、でも良かったよ。少しでも……」
「ありがとうな、スパーリ」
「……じゃあな、王様」
スパーリは静かに目を閉じた。
うっ、ううっ……!
ライディは、下を向いて顔を赤くした私に戸惑う。
『おい、スイ! どないしたんや!』
顔を上げた私の目には、じんわりと涙が溜まる。
稜くんと魔物のやり取りを聞いて、冷静にはなれなかった。止めようと思っても、目頭の熱さは引かない。
稜は、ギョッと目を剥いた。
「なんで、粋華さんが泣いてるんだよ!?」
「ごめんね、稜くん……! ごめんね!」
「ちょっと、俺だって泣いてないのに。仕方なかったじゃん! あいつはああいう奴だからさ!」
「そうなんだけどね。……ごめん」
私は慌てて涙をゴシゴシと袖で拭った。
いかん、いかん!
泣いてる場合じゃない。
私は戦闘を続けている魔物に目を向けた。
クラフティと戦うお父さんとお母さんは、疲労の色を濃くしていた。
「無駄だ。我にはどんな攻撃も効かん!」
ドラゴンの高笑いが辺りに響いた。