60. コーリンの裏切り
白髪の魔物は、近くの木の上に一気に飛び上がると、戦況を見回した。
「コーリン!」
上空から呼ばれた魔物は、美しい唇の端を上げた。
「クラフティ! 無事かい!?」
「何故だ。何故、お前がここにいる?」
クラフティは怪訝そうにコーリンを見下ろす。
「ブーザに聞いてきたんだよ。奴ももうすぐこっちに来る」
クラフティは愉快そうにクックックと笑った。
「そうか、奴が連れて来たのか。まあ、奴にしてはいい気遣いだな。こ奴らを始末するのを手伝え。ちょこまかとうるさくてかなわん」
魔導士らはヒクヒクと顔を引きつらせた。
「この魔力は、あいつも魔物か!?」
「や、奴らの仲間のようね」
「ああ、もう! また一体増えたわ!」
口々に事態の悪化を嘆いた。
「まずいぞ。均衡状態が、崩れる……!」
イスメーネの額から、冷たい汗が流れた。
「異世界人はどこだい?」
コーリンの問いに、クラフティは忌々しそうに遠くを指さした。
「あの一番奥だ。奴の周りには小賢しい結界が張ってある。我らは中には入れんのだ。それさえなければ簡単に連れ去れるものを!」
目のいいコーリンは、結界の中に小さく見える二人の姿をはっきりと確認した。
いた、いた。やっと見つけたよ!
コーリンの口元がニヤリと上がった。
「お前は誰だ?」
スパーリは上がった息を整えながら、コーリンを睨んだ。
「おや、まだお仲間がいたのかい? 私はコーリン。あんた、随分ひどい怪我だねえ。……クラフティは無傷のようだけど」
クラフティの纏った魔法に気付くと、目を細めて観察した。
「ほう、これはこれは、大層強力な魔法だねえ」
その時、後方から感じる気配に、魔物たちはバッと一斉に南を振り返った。
「おお! やっと着いたぜ」
「あんた! 私達を置いていくんじゃないわよ!」
ブーザとオルーアが、魔獣の群れを引き連れて現れた。
「!? これは……!?」
クラフティは鋭い金色の瞳を見開いた。
クラフティが次の言葉を発するより早く、コーリンが大声を上げる。
「遅かったじゃないか! だが、幸いまだ異世界人の娘は無事だった。あんたらは魔王様にこだわってるけど、異世界人なら、あの小娘でもいいんじゃないかい!?」
ブーザとオルーアは首を傾げた。
「!? 何が言いたい」
クラフティも、コーリンの言ってる意味は分かるが、何が言いたいのか理解できずにいる。
「……確かに異世界人ならどちらでもいいが、リョウがいるなら、それでいいだろう」
ハッハッハ!と、大声でコーリンは笑った。
「結界に手出しが出来ないんだろう? 私なら、あの娘をこっちへ連れて来れる。今、連れて来てやるから、ここで見ていろ!」
コーリンは、鋭い目つきで魔力を開放させると、魔導士らが杖を構える中に、素早い動きで突入した。
魔導士らは怯えながらも、突っ込んで来た魔物へ次々に魔法を放つ。
コーリンはそれを右へ左へ、大きくジャンプして避ける。
魔導士らを突破すると、結界が張られた粋華と稜の目の前で立ち止まった。
コーリンは荒い息を吐きながら、粋華へと手を伸ばす。
「……スイ、久しぶりだねえ。さあ、そこから出て、こっちにおいで」
「コーリンさん……どうして……」
どういう事!? どうしてそんな事を?
コーリンさん?
ジッと見つめると、コーリンは微笑んで頷いた。
私はオロオロと戸惑いながらも、コーリンさんの方へとゆっくりと歩み出す。
「粋華さん!? ダメだよ! そっちに行っちゃダメだ!!」
稜くんが後ろから、ガシッと私の肩を掴んで止めた。
私は振り返って、稜くんの目を見て、頷く。
大丈夫! コーリンさんが私を害するはずがない!
「粋華さん……」
手を下ろした稜くんへ、もう一度頷いて見せると、私はイスメーネさんが張ってくれた結界の外へ出て、コーリンさんの手を取った。
「粋華ちゃん!?」
「粋華ーーー!」
「スイ! 止めろ!」
お母さんとお父さん、そして、クラウディオさんが私を止める。
でも、私は信じたんだ。
コーリンさんが人間が好きだって言った言葉を!
「ああ! あなた、どうしましょう!?」
「もう、“復活魔法”は、使えないんだよ!? 粋華!」
桃色フィアリーズと水色フィアリーズは、息を飲んだ。
コーリンは粋華を見下ろし、魅惑的に微笑んだ。
「ありがとう、スイ」
そう言って私を横抱きにすると、戸惑う魔導士たちの中を突っ切って、魔物らの元へと戻った。
「ほら、連れて来たよ」
「どういう事だ!? そいつはお前の言いなりなのか?」
スパーリは私を不思議そうにジッと見つめた。
「あらあら、自分から出て来たわねえ。随分、おバカさんなのね」
「まあ、いい。これで異世界人は手に入った。後の人間を始末して終わりだ」
「ほら! こいつを仲間に入れて良かっただろ? 俺の手柄だね!」
ブーザは得意そうに笑い声を上げた。
私はコーリンさんの腕の中で、ぎゅっと身を縮こませた。
『やっぱり! やっぱり魔物なんて信用出来ないんだ。スイの馬鹿! 僕の言う事を聞かないから……!』
合体ロボは足の裏からのジェット噴射で、空へと舞い上がった。
そして、勢いよく、粋華の元へと飛んできた。
『スイを返せーーーー!!』
「おや!? あんたは……ちょ、ちょっと待ちなよ!」
コーリンはギョッと目をむくと、慌てて合体ロボを避けた。
私の耳元でコーリンさんが囁く。
「急がないと、いろいろマズそうだ。ちょっと怖いけど、我慢おし」
そして、私をポーンと上空へ放り投げた。
「ええっ!? ぎゃ~~~~!!」
空中でジタバタともがく私を、近くにいたブーザが慌てて受け止めようと、両手を伸ばした。
「おい! 何考えて……」
言いかけたブーザの背後に回り込んだコーリンの手刀が、ブーザの腹を貫いた。
「はぁ、やっと隙を見せた」
コーリンはブーザの耳元で呟くと、腹から手を引き抜き、素早く粋華を受け止めた。
「ごめんよ。汚い血で汚しちまった」
眉を下げ、優しく私に微笑んだ。
「コ、コーリンさん……」
「協力してくれて、ありがとう」
コーリンはそう言って、追って来た合体ロボへ粋華をそっと渡す。
「やっと一匹片付いた」
美しい唇が弧を描いて、魔物らを見据える。
「お前ーーー! やっぱり裏切るつもりだったのね!!」
オルーアは燃えるような真っ赤な瞳で、冷酷に微笑むコーリンを睨んだ。
ゴオォォォーー!と、強風がコーリンを打ち付けた。
彼女の長い髪がたなびく。
「どういう事だ!? お前は魔物だろう? 人間に恨みを持つ者同士だろう!?」
クラフティは風魔法を放ちながら、コーリンに問いかける。
「あんたらと一緒にしてもらいたくないね。私は私の好きな方の味方だよ!」
コーリンは魔力を開放し、魔法を打ち消す。
オルーアはクジャクの姿になると、コーリンに向かって羽を飛ばした。
「私は最初からお前の事はいけ好かないと思ってたんだ! よくもブーザをやりやがったね!!」
コーリンは大きく腕を振り、風魔法をぶつけて羽を散らした。
「それはお互い様だね! 私もあんたの事なんか大っ嫌いだったよ!」
「だが、こ奴らを連れて来たのは誤算だったんじゃないか? ここにいる奴らは全滅するだろう!」
クラフティは上空から、魔獣の群れがどんどんこちらに向かってくるのを確認した。
数を減らしたといっても、まだ500頭弱の魔獣が集まろうとしていた。
「コーリンさん、危ないです! 一旦、下がりましょう!」
私は合体ロボに抱えられたまま、コーリンさんと共に魔物らと距離を取る。
クラフティたちは、魔獣の集結を待って一気に攻撃を仕掛けるつもりのようだ。
コーリンは小さく舌打ちした。
「ごめんよ。ここにあんたらがいるとは思わなかったんだ。王都を襲うのをくい止めたつもりだった」
「コーリンさんは魔獣の群れをこっちに誘導してきたんですね? どうして奴らの仲間になっていたんですか?」
「ああ、それは、ブーザから異世界人を魔王にしているって聞いたからね。てっきりスイが捕まってると思ったんだ。奴らと合流して、別人だって気づいた。だから、スイがいる王都には近づけないように頑張ったんだ」
『あんたは……。本当に僕らの味方だったんだね』
「マーク、だから言ったでしょ。コーリンさんは信用出来るって」
『うん。スイの言う通りだったね』
「魔獣らは大したことなくても、あいつらは厄介だからね。隙を伺って始末しようと思ったんだが、なかなか警戒を解かないもんで、焦っちまったよ。スイを利用して申し訳なかったね。怖かっただろ?」
コーリンは眉を下げた。
コーリンさんの困り顔は色っぽくて、これはこれで何かいい……!
私は火照る顔を、ブンブンと横に振った。
「いえいえ、コーリンさんを信じてましたから!」
「もう! また可愛い事言って!」
コーリンさんは、私をギュッと抱きしめた。胸に埋もれて苦しい……けど、や、柔らかい……
「イスメーネ様、どうしましょう」
魔物らとコーリンが争っている間に、これ幸いと、魔導士らは稜のいる結界内に集い、粋華と稜が作ったスープを飲みながら休息を取っていた。
「うむ。どうやら王都へ向かっていたはずの魔獣の群れが、何故か皆、ここに集まって来たようだな。恐ろしい数の魔力の気配を感じる」
「やはり、我々だけでは無理なのでは? ここは一旦、退却した方がよろしいかと」
イスメーネはうーむと頭を捻った。
二人が作ったスープを飲み、魔導士らの魔力は回復していた。
こうして魔力が戻った今、転移魔法を使えば退却はすぐに出来る。しかし、我々が王都へ戻れば、この群れはまたも王都へ向かうだろう。
何とかここで、殲滅は無理でも、奴らの数を少しでも減らしておきたいところだ。
おや?
イスメーネは後方を振り返り、ふふっと小さく笑った。
「どうやら、撤退をせずともよさそうだぞ」
「人間どもと、裏切者のコーリンを殺せ!」
クラフティが叫ぶと、魔獣の大群はグオォォォォォォ!!!と、気味の悪い恐ろしい叫び声を上げた。
「ここは、私がなんとかくい止める! あんたらはお逃げ!!」
コーリンが魔獣の群れへと突っ込んで行く。
「うそ!? コーリンさん、止めて! 無茶だよー!!」
私は走っていく背中に、精一杯の声で叫んだ。
向かってくる魔獣の大群を目にして、私の足はガクガクと震える。
「ま、魔導士様……どうしましょう!?」
ホレスが青い顔でクラウディオに駆け寄る。
「くっ! ここは、一旦撤退か。幸い、転移魔法が使える魔物はいなくなった。撤退だーーー!!」
クラウディオは魔導士らにも聞こえるよう、声を張り上げた。
その時、稜の後方から、ワーハッハッハッハ!と、大きな笑い声が聞こえた。
「その必要はない! 我らが来たのだからな!」
戦装束に身を包んだヨドーク将軍とその斜め後方には、いつものようにゴッツ隊長が、黄緑色の魔法陣に立っていた。
その周りにも、いくつもの魔法陣が浮かび上がり、そこから次々と、大勢の騎士が現れ、先を行く二人に列を成して続く。
その数200。
後ろに騎士の大群を引き連れたヨドーク将軍は、筒状の書状を広げ、クラウディオの目の前に掲げた。
「王立騎士団本隊の出撃の命を王より仰せつかった! ここから先は、私が陣頭指揮を執る! いよいよ我らの出番が来た。今こそ力を示すとき! 魔物らを殲滅するぞ!!」
オオーーーーーッ!!!
後ろに控える騎士らが、勇ましい声を上げた。
驚くクラウディオと討伐部隊のすぐ横に、またも大きな魔法陣が現れた。
「おお! いいタイミングじゃないか!? 大丈夫だったか、クラウディオ!」
豪快なこの声は!?
一同が、大男の姿を捕らえた。