58. 新参の魔物
王都へあと一日と迫っていた魔獣の集団は、新たに仲間に加わった魔物の指示により、北にある彼らの故郷へと進路を変え、進んでいた。
「ねえ、ほんっとうに、クラフティがそう言ったの?」
オルーアは魔物の群れを率いながら、横に並ぶ新参の魔物へと、もう何度目かの同じ質問をした。
「ああ、そうさ。すぐに戻るようにって、確かにそう言った」
真っ直ぐ前を向いたまま、魔物は表情一つ変えない。
オルーアは真っ赤な唇をギュッと噛んだ。
三日前、クラフティの背に乗っていたはずの魔王様が、忽然と姿を消した。信じられない事に、魔物達の群れの上空を飛んでいたドラゴンの背から、突然に消えたのだ。
あり得ない事態に、群れは騒然となった。
クラフティが嘘をついているのかと疑ったが、周りにいた魔獣たちは、消える瞬間を目撃したという。
本当に、一瞬で姿を消したと、みなが証言した。
すぐに周囲を捜索したが、魔王様はどこにもいなかった。
何が起こったのかは、結局、誰にも分からなかった。
群れから離れていたブーザがこの魔物を連れて来たのは、魔王様がいなくなってすぐの事だった。
どうやって口説いたかは知らないが、王都を陥落させるのに必要だと思ったブーザが、この魔物をどこかからスカウトしてきた。
私は最初から、こいつの事は何か気に食わなかった。
顔には出さないが、私を見下しているような気がするのだ。
気のせいだろうか。
確かに、こいつの魔力は高く、役には立ちそうなんだが……
せっかく高魔力の魔物を連れて来ても、王都への侵略には暗雲が立ち込めていた。
魔王様を失った下等な魔獣らは、すっかり理性を失い、本能のまま好き勝手するようになっていた。ある者は群れの中の魔獣を襲って喰らい、ある者は群れから逃げ去った。
魔王様の料理によって、かろうじて繋がれていた絆が、ぷっつりと切れようとしていた。
このまま魔王様のいない状態が続けば、この群れはどんどん数を減らしていくだろう。
王都に着くころには、いったいどれだけの魔獣が姿を消すことか……
さすがにこのまま王都へ向かうのはまずい。
探し物が得意なブーザを連れて、クラフティは一旦群れから離れ、魔王様を探すことになった。
クラフティは群れを去る前に、確かに私にこう言った。
『王都へ着いたなら、我がおらずとも、直ちに王都を襲え。すぐに我らも駆けつける』と。
しかし、その夕刻。
私が狩りの為、群れから離れて、しばらくして戻ると、この新参の魔物は、しれっとした顔で言った。
「さっき狩場でクラフティに会ってな。すぐに北へ戻れと命を受けた。食事が済んだらさっさと北へ進むぞ」
「はあ!? なんですって!?」
この短い狩りの間に、クラフティがそう言い置いてまた去った?
その説明には、さすがに納得がいかない。
「ちょっと待ってよ! 私はそんな話、聞いてないわよ!? 本当に、クラフティがあなたにそう言ったの!? 私には一言もなしに!?」
魔物はやれやれとため息をついた。
「新参者の私だけに声を掛けていったのが、そんなに気に食わないのか? 嘘だと思うなら聞かなかったことにすればいい。……だが、私は確かに伝えたからな。言う事を聞かずに、後で罰を受けるのはお前だ!」
「なっ!?……それは……!」
私はグッと言葉に詰まった。
クラフティを怒らせるのは怖い。
あいつの怒りを買ったスパーリは、魔法の檻に閉じ込められたまま、今も放置されている。
自由気ままに生きたい自分には、閉じ込められるなんて、とても耐えられない……!
「……分かったわよ」
私は腹を満たした醜い魔獣らを見回し、声を張り上げた。
「クラフティの命令よ! 北へ戻るわ!」
魔獣らを引き連れ、夜道を今度は逆方向へと進み始めた。
そして現在、隣を歩く澄ました魔物を疎ましく思いながらも、オルーアは魔物達を連れ、順調に帰路をたどっていた。
その時、魔獣の群れの上空に、突然、ブーザが現れた。
いつものように、転移魔法を使ったのだろう。
「あら、ブーザ。クラフティと魔王様はどうしたの?」
「おい、お前ら……。ここはどこだ? 王都への襲撃はどうした!? なぜ王都へ行かない!?」
戸惑い、慌てるブーザをよく見れば、全身傷だらけだ。
「あなたこそ、その傷はどうしたのよ? 私らはクラフティの指示で引き返してるだけよ」
「はあ~? クラフティの指示!?」
そうよねと、隣に並ぶ魔物を見た。
「そうだ。私はそう指示を受けた」
「なんだって!? いや……そんなはずは」
ブーザは空中で首を傾げるも、ふーんと考え込み笑った。
「ま、ちょうどいいや。ここはさっきの場所に近い。すぐに移動するぞ! 急げ! ついて来れない者は置いていけ!」
ブーザは、魔獣の群れに速度を上げるようにと指示を出した。さらに北へと、魔獣らを走らせる。
「急げ! クラフティに加勢するぞ!」
どうやら、魔王様が見つかり、人間やフィアリーズ共と戦闘中らしい。
「情けないわね、ブーザ。その傷は人間にやられたの?」
走りながらからかってやると、ブーザはペッと唾を吐きだした。
「ふん! 魔法を使う厄介な人間どもがうじゃうじゃいやがるんだ。フィアリーズも規格外な奴らばかりなんだよ。お前も行ってみれば分かる。例の、もう一人の異世界人の娘が連れたフィアリーズ共だ!」
あらあら……、そうとう痛い目に会ったみたいね。
ニヤニヤ笑いながら目を細めてブーザを見た。
今まで、私らには関心がなく、全く表情を変えなかった隣の魔物が、突然、声を張り上げた。
「そいつに早く会ってみたいな! 急ごう!」
魔物は空へと飛びあがると、遅れる魔獣の後ろへ回り込んだ。尻を蹴飛ばし、早く走れと急かす。
「ちょっと! 急になんなのよ!? あなた、その異世界人の事を知ってるの!?」
「どうした? お前の知り合いか? コーリン」
二人の魔物に向かって、コーリンは緩く微笑んだ。
「ああ、知ってるよ。ちょっとした知り合いさ」
「へぇ、どんな?」
空から見下ろし、ニヤリと笑うブーザに、コーリンも変わらず笑顔で告げる。
「生意気なフィアリーズ共を引き連れた小娘だろ? 前にちょっと、ひと悶着あってね。一度、痛い目を見せてやろうと思っていたんだ」
それを聞いたブーザは、コーリンを見下ろしながら、ハハハと笑う。
「そいつはちょうどいいな! スパーリもそいつとやりたがっていたが、お前もか、コーリン! 早くしないと、もうスパーリに殺されちまってるかもしれんぜ」
その言葉を聞いたコーリンは、ブーザをキッと見上げると、大きく跳んで、群れの先頭へと戻った。
「あいつは私の獲物だ! 誰かに先を越されるのは許せない! 先に行くぞ!」
コーリンは真っ白な長い髪をなびかせ走り出すと、瞬く間に群れを引き離し、ブーザとオルーアの視界から消えた。
やれやれ勝手な奴だと、二人は呆れて首を横に振った。
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やっと、粘土ゾウの中へとマークが入った。
眩い虹色の光がゾウを包み込む。
「うわ! こんな色の奴は初めてだ!」
声を上げた稜の肩に、イスメーネは手を置いた。
「うむ。……多分だが、どうも持っている魔法の属性の色のようだな。マーク殿はあらゆる属性魔法を使いこなすという。だから、全ての色が出たのだろう」
激しい光が収まり、キラキラと全身虹色の光を灯すゾウは、のっしのっしと歩き始めた。
「ど、どうだ、マーク。大丈夫か?」
『……うん。こんなに凄いと思わなかった』
マークはいつもよりくぐもった声で答えた。
粘土に入ったフィアリーズは、少し声が変わるようだ。
『力が沸き上がって来るよ! すごーーーい!!』
興奮したマークの魔力が、ぐんっと上がった。
魔導士らと小競り合いをしていたクラフティは、驚いて周りを見回した。
「なっ! 今度は何だ!? この強力な魔力は……フィアリーズのモノか!!」
「次から次へと……どうなってるんだ!?」
スパーリは大きく目を開き、嬉しそうに声を張り上げた。
こちらを見ている魔物に焦った稜は、マークを早く早く!と急かす。
「ああっ、あいつらに気付かれた! よし、合体だ!! 早く檻を壊してくれ!」
粋華と稜が作ったジャガー、ゾウ、戦闘機、ヘリコプター、戦車、ジープ。
それらが集まり、ピカッと光った。
『『『合体!!!』』』
それぞれが形を変え、ゾウを中心にそれぞれの場所へと連結してゆく。
『『『完成! 合体ロボ!!』』』
高さが250センチほどある粘土ロボを見上げた稜は、眩し気に目を細めた。
その姿は、まさに粋華がイメージした絵と、同じだった。
「やった! 粋華さん……やったよ!」
稜は拳を握り、ガッツポーズをした。
イスメーネは魔道具“魔力を吸い取る君3号”のスイッチを入れると、檻に向けて構えた。
魔道具は、ブブブブ……!と、気持ち悪い音を出しながら震え出した。
「いいか!? 今からこいつで、檻の魔力を一時的に吸い込む! その時、一瞬だけ、檻の強度が下がるはずだ! それを狙って、タイミングよく檻に、強力な力を叩きこむんだ!」
『分かった!』
合体ロボは、イスメーネの方へとゆっくりと体を向け、頷いた。
檻にピタリとホースの先端の吸盤をくっつけると、ブッブッブッブッ!!と、轟音を立てて、魔道具は激しく震えた。
イスメーネは苦し気にそれを必死で支える。
『お手伝いいたしますわ!』
飛んできたマリアも、一緒に魔道具を支える。
「有難い。……頼むぞ“魔力を吸い取る君3号”!」
合体ロボは、檻の前で拳を握り、構える。
「私達は、自身に防御魔法をかけておくから、思いっきりやってね!」
檻の中の桃色フィアリーズの声に、合体ロボはこくんと頷くと、拳に魔力を宿した。集まった魔力が、炎のように拳を包む。
「……す、すごい魔力だ!」
水色フィアリーズは、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「よし、今だ! 叩き込め!!」
イスメーネの言葉に、合体ロボは、大きく振りかぶると、強力な魔力を集めた拳を、思いっ切り檻にぶつけた!
ゴォーーーーーン!!!
激しい衝撃音と共に、周りに波紋の様に振動が広がる。
周りは一斉に合体ロボに注目した。
「ど、どうだ!?」
稜は汗を掻いた手を握りしめ、檻をジッと見つめる。
お願いだ! 壊れてくれー!!
パリッ、パリッ、パリッ……
細かい筋が、檻に広がる。
「おおっ!」
目を大きく開いた稜の前で、パリーン!と、高い音を出して檻は砕けた。
「やったーーー!!」
稜は両手を突き上げて歓声を上げた。
「くっ、さすがにこの年でこれを扱うのは堪えるな。いや、まだまだ私は若いがな」
ふう……と息を吐き出したイスメーネは、マリアと笑い合い、魔道具を下ろすと、肩をぐるんと回した。
「何だと!? そんな馬鹿な! 我の究極魔法を破った、だと!?」
フィアリーズを閉じ込めていた“監獄の要塞”へと送っていた魔力が途切れ、破られたことに気づいたクラフティが、驚いて固まる。
「人間とフィアリーズ如きがーー!! 我の魔法を破っただとーーーー!?」
怒りに顔を歪めたクラフティは、翼を広げ、空から人々を眺めた。鮮やかな青い体から、どす黒い魔力が、ゆらゆらと立ち昇る。
そんな中、桃色フィアリーズと水色フィアリーズは、粋華の横に浮かぶと、神妙な面持ちで頷き合った。
「始めて使う魔法だからね。緊張するよ」
「……あなた。失敗は許されないわよ」
水色フィアリーズは冷や汗を流しながら、両手を粋華の胸へと当てた。
「いくよ。……“復活”!!」