57. 神様ーー!?
「スイ様!?」
マリアは急いで粋華の体に手を置き、全力で治療魔法を施す。
白い光が粋華の体に灯ったが、変化は起きない。
「……ちょっと、そこを退け」
イスメーネは苦しい息を吐きながら体を起こすと、粋華へと手を伸ばした。
目に涙を浮かべたマリアが渋々場所を譲ると、イスメーネは粋華の首に指を当てた。
首筋の脈を確かめたイスメーネは、苦渋に満ちた顔で瞳を閉じると、大きく首を横に振った。
『……嘘やろ?』
粋華のすぐ横にふわふわと浮かぶライディが、ポツリと呟いた。
『いやーーーー! スイ様ーーーー!!』
マリアの悲痛な叫びが辺りに響いた。
「スイー、スイー、目を開けてよー……」
マークは粋華の頬をペチペチと小さな手で叩いた。
「そんな……! 粋華さん……!?」
痛みを堪えて立ち上がった稜は、粋華を見下ろした。
「魔導士様、スイの身に何かあったようです! 行ってください!」
ホレスがクラウディオを促す。
フィアリーズ達の只ならぬ様子に、嫌な予感がする。
クラウディオは頷くと、稜たちの元へと走った。
フィアリーズ達は一言も発しず、粋華の周りを静かに囲んでいた。
マリアとリタら5姉妹の、小さなすすり泣きだけが聞こえる。
「……まさか、そんな……!!」
クラウディオは杖を取り落とし、ふらふらと粋華の傍らに跪くと、まだほのかに温かい彼女の手を取った。
握った手を、自身の額に擦り付け、ぐうっ……と小さくうなった。
討伐部隊の騎士ら、そしてレオンとブレージは、粋華の変わり果てた姿に驚き、茫然とした。
「ふん。どうやら、異世界人の小娘が死んだようだ」
離れた所でフィアリーズ達を見ていたクラフティが、感情のない声で呟いた。
体の痛みにいててと顔を歪めながら、コキコキと肩を回したスパーリは、大きくため息をついた。
「あーあ……、一度、戦ってみたかったんだがなぁ」
「おや!? ブーザの姿が見えんな。一体どこまで逃げたのだ?」
クラフティは、どこにもブーザの姿がない事に気づいた。
「まあ、いい。さっさと奴らを葬って、稜を連れて帰るぞ」
「……」
スパーリは、当然のように命令してくるクラフティを、ギロッと睨んだ。
しかし、反論することもなく、腕を回しながら、集まる人間達へと視線を移した。
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……ハッ!!
今、寝てた!?
寝てる場合じゃないよ!? 稜くんが!!
ぼんやりとした頭で、周りを確認する。
真っ白な空間に、優し気な片眼鏡をかけた痩せた中年男性の姿が見える。
壁や床もない部屋に、男性は執事のような服装で、空中に浮かんでいる。
……ドコ? ココ?
えっと……?
頭を整理しようとするも、もやがかかったようにはっきりとしない。
ああ、もうっ! ぼーっとしてる場合じゃないよ~~~!!
早く稜くんを助けないと!
それに、お父さんとお母さんを、早く檻から出してあげないと~~~!!
「……おやおや。……まあ、落ち着いてください」
のんびりとした男の声が頭に響く。
執事姿の男性は私に近寄ると、クスッと笑った。
「……珍しい人生を歩みましたね。ご両親に異世界へと連れて来られて、そこで、偶然知り合った異世界人を守ろうとして亡くなってしまうなんて……」
男性は微笑んだまま、微かに眉尻を下げた。
私を哀れんでくれているようだ。
んんっと、え? 亡くなった?
!?……う、嘘!? 私、死んじゃったの!?
そ、そんな馬鹿な!!
男性は、落ち着けというように、両手でまあまあと私を宥めた。
「そんな馬鹿な!!……と言われましてもね、あなたは本当に亡くなっているんですよ。ほら、もう体もないでしょう?」
私は自分の体を見下ろそうと下を向いた。
でも、白い空間があるだけで、そこにあるはずの体は見えなかった。
……本当に、死んじゃった……?
「ど、どうしよう……!? まだ、稜くんやお父さん達を助けてないのに!……それに、魔獣の群れが王都へ迫ってるってのに!?」
何やってんだ、私!!
「……しかし、自分が死んでしまったというのに、あなたは真っ先に人の心配をするんですねぇ」
呆れたように、ハハハと笑われた。
「……せっかく、お父さんとお母さんに会えたのに。まだそんなに話もしてないのに。討伐部隊の仲間や、ベッティさん、ドーラさんとも仲良くなれて、マークやライディやマリアさんや他にもフィアリーズの仲間もいっぱいできたのに! イスメーネさんが、銭湯や孤児院を作ってくれるって言ってたのに!……それに、それに……!」
……クラウディオさん!
ん? クラウディオさん?
なんで頭に浮かんだんだろう……?
「……いろいろと、心残りはあると思いますが……あなたの人生は、ここで終了したのです。……どうか、受け入れてください」
ううっ……そんなぁ……
神妙な面持ちで告げた男性は、しかし次の瞬間、パアッと明るい笑顔を見せた。
「おっめでとうございまーす!! あなたはまだ死ぬ運命ではなかったので、救済措置がありまーす! なんとなんと、転生して、もう一度生まれ変わることが出来ちゃいまーす!」
え…………ええっ!?
「えっと……それって、もしかしてお父さんとお母さんも……?」
「ああ、そうそう、そうですね! 彼らも、まだ死ぬ運命ではありませんでしたので、違う世界に転生いたしました。同じ世界への転生希望でしたが、記憶を持ったまま同じ世界に生まれ変わると、他の方々の人生に干渉して、運命を捻じ曲げてしまう事があるんです。自身の娘さんを助けようとしたりね。だからわざわざ異世界に行ってもらったのに。まさか、あなたを呼び寄せてしまうなんてねぇ。我々の想定外でしたよ……。えっと……なんでしたっけ? ああ、そうそう。そういう訳で、あなたもご両親のように、もう一度、生まれ変われちゃうんです! 良かったですねぇ!」
「あ、あの! だったら、今すぐ生き返られてください! お願いします!」
「え? 生き返るって……元の体にですか? それは出来ません」
きっぱりと拒否された。
「え!? なんで!?」
「生き返らせることは、出来ないんです。そんな風に口をとんがらせたって駄目です。意地悪してるんじゃないんですから! 我々“神”の力をもってしても、出来ないものは出来ないのです」
神!?!?
え……中二病的なものじゃなくて……?
「失礼ですねぇ。私は正真正銘の“神”ですよ」
あ、聞こえてたんだ。
すいません……
ゴホンと咳ばらいをすると、神はさらに続けた。
「……で、ですね。転生させるにあたり、あなたに特別な力を与える事が出来ます。いわゆる転生特典ですね。運命よりも早く亡くなってしまった者への、我々の慈悲でもあります。次の人生では、もう少し幸せになれるようにね」
ほう……なるほどー……って、生き返るのは本当に無理なの!?
そんなぁ……
「すいませんね。本来ならあなたは、日本で結婚し、子供を作り、年老いて死ぬ予定でした。次回はぜひ、長生きしてくださいね」
では!……と、どこからか箱を取り出した。
箱の上には、穴が空いている。
「この穴から手を入れて、中の紙を一枚引いてください。ああ、一枚だけですよ! 二枚以上取ったら、やり直しですからね。特別な力を与えるのは一つだけです」
さあどうぞ~!と箱をぐいぐい近づけてくる。
どうやら転生特典は、くじ引きで決めるみたいだ。
あーあ……これってもう、転生するしかないのかなぁ。
実際にはもう手はないのに、箱の中へ手を入れるイメージをすると、箱の中に紙が入っている感触がした。
私はゴソゴソとそれらをかき回す。
「フフフ……いいものが当たるといいですねぇ。……ここだけの話、神をも凌ぐすごーい能力もあるんですよ。……まあ、レアな能力なのでね。それを使えるのは、人生で一度だけですけど」
私は神の言葉を聞きながら、心の中で祈った。
……みんな、ごめん。
もう、元には戻れないみたいだ。
私は死んじゃったけど、どうか、討伐部隊やイスメーネさん達は無事でありますように……。王都のみんなが無事でありますように……!
散々祈ったあと、グッと気合を入れなおす。
よーし! もうこうなったら、すごーい能力引いちゃうぞ~~!
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「こら! いつまでもいじいじしてないの! まだ魔物達はピンピンしてるのよ!」
粋華の周りで項垂れる面々に、桃色のフィアリーズの喝が入った。
「ほら! 稜くんと、イスメーネさんを回復させてあげて。まだ苦しそうよ? それに、マーク君っていったかしら? もう観念してゾウさんに入って、早く私達を外に出してちょうだい!」
魔導士らは、ハッとして近づいてくる魔物2体に気づくと、杖を構えて攻撃姿勢をとった。
クラウディオは袖で顔を擦ると、恐ろしい顔で魔物達を睨んだ。討伐部隊も剣を構える。
マリアは急いで、稜とイスメーネへ治療魔法をかけ始めた。
マークは暗い顔のまま、ふわふわと粘土のゾウへと向かったが、ソイルがマークの肩を掴んで止める。
「ちょっと待て、マーク! やる気がないなら、俺がやるぜ!」
マークはブンブンと首を横に振った。
「ううん! だって、スイが僕に入ってくれってお願いしたんだ。僕が入るよ!」
「じゃあ、ダラダラすんな! しゃんとしろ! いい加減にやってたら、またぶん殴るからな!」
マークは涙の浮かんだ瞳で、ソイルをキッと睨むと、勢いよく頷いた。
「分かった!」
「みんなー! 粋華ちゃんの体はくれぐれも傷つけないように気をつけてね!」
え!?
と、みんなが一斉に桃色フィアリーズに注目した。
「……それって、まさか!?」
まさか、生き返るのか!?
レオンは期待のこもった瞳を檻の中のフィアリーズに向けた。
「ね、あなた!」
「ああ、僕に任せてくれ」
水色フィアリーズが微笑んだ。