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異世界で戦闘玩具職人に任命されました  作者: 夏野あさがお
第二章
116/127

56. 粋華の死…?


「マーク! 粋華さんは!?」

 稜はゆっくりと近づいてくるクラフティから逃れながら、粋華の傍で静かに浮かぶマークに問うた。

 しかし、マークの耳には、稜の声は聞こえていない。

 稜はクラフティへと銃を放つ。

 だが、やはり弾丸は激しい音を立てて跳ね返った。

 アージルはスピードを生かし、ドラゴンの顎へ拳をぶつける。何発もの拳が当たるも、衝撃に少し立ち止まるだけだ。

 イスメーネは離れて遠距離から氷魔法で攻撃をしかける。クラフティはそれを避けることもせず、真っ直ぐに稜を見つめたまま進む。

 その気になれば、すぐに捕まえられるのを、わざわざ攻撃を食らいながら稜を追い詰める。観念して、自ら協力するよう仕向けるように。

 スパーリとブーザは、クラフティに呆れた目を向けていた。


 逃げる稜は、息を切らせながら、もう一度、マークと粋華のいる方へと振り返った。

 稜は、驚きで目を見開いた。

 マークの体からは、真っ赤な炎が立ち昇り、激しく揺らめいていた。

 懸命に自我を保とうと頑張ったマークだったが、ついに溢れ出る自身の魔力に飲み込まれてしまっていた。

「マーク!? おい! どうしたんだよ!?」

 炎に包まれたマークは、もういつもの可愛らしいフィアリーズには見えなかった。真っ赤な炎を纏った姿は、炎の精霊イフリートのようでもあったが、もっと邪悪な、地獄から湧き出でた悪魔のようでもあった。

 

 クラフティは肌に突き刺さるビリビリとした魔力の気配に、足を止め、核となっているマークを、訝し気な目で捉えた。

「なんだ!? あれは……!?」

 魔物であるクラフティ達でさえも、突然に目の前で、小さなフィアリーズがこの異形な姿へと変化したことに、驚きと薄気味の悪さを感じていた。

 しかも、辺りに漂うピリピリと肌を刺すような不穏な空気は、背筋が凍るような寒気をもたらしていた。


「俺……ちょっと、やばい感じがするんだけど……」

 炎の化身と化したマークから距離を取るように、ブーザはじりじりと後ずさりを始めた。

 しかし、クラフティとスパーリは、マークを鋭くを睨んだまま、その場で臨戦態勢をとった。

 

 イスメーネはマークのあまりの変わりように驚きながらも、若い頃に読んだ古い記録書に書かれていた事件を思い出していた。それは、昔、一人のフィアリーズが起こした災厄に関しての報告書だ。

 怒りに狂ったフィアリーズがたった一人で、王都の中心街を破壊しつくし、多くの人々が怪我を負った、痛ましくも、誠に珍しい事件だった。

 その記録書を読んだ当時は、平和を愛し、人々を慈愛の精神で見守るフィアリーズが起こした事件だとは、にわかには信じられなかった。

 災厄を起こしたフィアリーズの名が、“マーク”だったとの記述はなかったが、今、悪魔の姿と化した彼を見て、それは、この者の事だったのではないかと思い至った。


「……とりあえず、このままここに居てはまずいな」

 イスメーネは稜を呼び寄せ、倒れた粋華の元へと移動する。

 粋華の首に指を当て脈を確認したイスメーネは、眉間に深い皺を寄せた。

 まだ脈はあるものの、それはかなり弱く、動かすのは危険な状態だった。早く治療を始めなければ、長くは持たないだろう。

 王都へと転移で移動したいところだが、先程続けざまに転移魔法を使ったせいで、イスメーネの魔力はほとんど底をついていた。

 まだ開発したての転移魔法は、膨大な魔力を消費するのだ。まだ燃費が悪く、もう少し少ない魔力で使えるようにするのが今後の課題だ。


『スイ様ー……』

 アージルはどんどん顔色が青白くなる粋華にすり寄った。

『嘘やろ……スイ……』

 ライディとミントは、小さくなっていく粋華の魔力に気づき、茫然としていた。


『うわーーーーーーー!!』 

 マークの声とは思えない、低い大きな叫び声と共に、彼を中心として、空気が波紋のように波打って震えた。

 いよいよ暴走が始まった。

 荒れ狂う嵐の中のように、激しい風と、空気を切り裂くような強烈な痛みが近くにいる者みんなを襲う。

「お前らも早くここへ来い!!」

 イスメーネは新しい体を得たばかりのフィアリーズ達を呼んで、周りに小さな結界を張った。

 結界の中は、激しい風は防げたが、空気の振動からくる痛みを完全には防げなかった。

 苦しさに歯を食いしばり耐える。


「!!」

 クラフティは激しくぶつかる風に、マークとの距離を詰めるのは不可能に感じた。風に傷つけられることはなくとも、体が飛ばされてしまう。

 スパーリは、水色と桃色のフィアリーズに匹敵する魔力を感じ、悔しさで歯噛みした。

「なんでだ!? たかがフィアリーズが、どうしてこんな魔力を出せる!?」

 防御魔法で身を固めるクラフティと違い、スパーリの体はみるみる傷つき、体が赤く染まる。

 不本意ながらも大きく跳んで、マークから距離を取らざるを得なかった。



 ----------



 魔物たちを逃がしてしまったクラウディオは、青い顔で魔物が消えた場所を呆然と見ていた。

「……クラウディオ様! 聞いてますか!?」

 青年魔導士ハンノの声で、ハッと我に返る。

「あ、ああ」

「我々も後を追いましょう」

「いや、しかし……」

 人の足で追いかけても、到底追いつかないだろう。

「大丈夫ですよ。一回くらいなら、転移魔法が使えます!」

 ハンノは胸をドンと叩いた。

 魔導士らは円形に集まり、その中心に討伐部隊やフィアリーズが入った。

「転移魔法が完成していたのですか」

「ええ。つい昨日ですけどね」

 討伐部隊の面々は、やっと納得いったという顔だ。

 問う暇がなかったが、どうやって彼らがここまで来たのか、ずっと疑問に思っていたのだ。

「では、お願いします」

「……ちなみに、行き先はスイ様の所でいいんですよね。一旦、王都へ帰って、増援部隊を呼んで来るという手もありますが……」

「いや、そんな時間はない。すぐに後を追おう!」

 ハンノはクラウディオに頷くと、魔法の詠唱を始めた。

 黄緑色の魔法陣が現れ、彼らは光に包まれる。そして、粋華らがいる草原へ、無事に転移が完了した。


 

「これは一体、どうしたことだ!?」

 何もない静かな草原地帯は、先程ここを訪れた時とは、様子が全く違っていた。

 激しい嵐が起こり、肌が切り裂かれるように痛い。

「魔法の干渉を察知したので、少し離れた場所へ転移しました」

 ハンノの言葉に、クラウディオは無言で頷いた。

 こんな嵐の真ん中へ移動していたら、大変な事態になっていた。

 

 その時、レオンの傍らに浮かんでいたフィアリーズのソイルが声を上げた。

「これは……! マークの暴走だ!!」

「なに!?」

 魔導士らは、一斉にソイルに注目した。

「前にもこうして暴走して、王都を破壊したことがあるんだ! 彼の守護していた女の子が亡くなって!」

 ソイルの言葉に、クラウディオは表情を固くした。

 まさか……! スイが!?


『……そんな、スイ様!?』

 マリアはオロオロと草原の中に粋華の姿を探すが、激しい風で視界がきかない。

「とにかく、マークの暴走を止めるぞ!」

 ソイルの言葉を合図に、フィアリーズ達は嵐の中心へと突入した。 

 シェルの防御魔法のお陰で、防御力は上がっているが、激しく吹きすさぶ風に苦しめられる。

 体が軽いマリアやソイルは、ジェットコースターにつかまって、やっと中心部まで辿り着いた。


 真っ赤な炎を身に纏ったマークは、現れたフィアリーズ達に気付かない。

 目を大きく見開き、いつもの彼からは想像できない、凶悪な魔力を発していた。

『マーク様! スイ様はどこですの!? 何があったのですか!?』

 問いかけるマリアの声にも反応がない。


 変わり果てたマークの姿に、ソイルは拳を握りしめる。

 まただ! またもこいつは魔力を暴走させやがった!

 ソイルはギリリと歯を食いしばり、握った拳で思いっきりマークの頬を殴った!

「ばっかやろーーーー!!! もう二度と暴走しないんじゃなかったのかよ!? お前はまたも大事な奴らを傷つけるのかーーー!!!」

 マークはハッとして、目の前に浮かぶフィアリーズに気付いた。涙を浮かべ、怒りに燃えるソイルの姿が目に映る。

「あれ……ソイル?」

 マークを覆っていた炎が、小さくなって消える。それに伴い、激しい風も、空気の振動も収まった。


 キョロキョロと周りを見回すマークに、ソイルが冷たい声を掛ける。

「お前はまた、魔力を暴走させたんだ」

 あっ!と声を上げたマークは、粋華の姿を探す。

 フィアリーズが固まる一角の中心に横たわる粋華の姿を見つけると、急いで飛んでいく。

「ごめんね、スイ! また、僕……!」

 そこには、グッタリとして苦しそうなイスメーネと稜がいた。

「ご、ごめんなさい……。大丈夫?」

 イスメーネと稜は、意識はあるものの、苦しい息を出すだけで返事が出来ないようだ。


『大変ですわ!?』

 慌てて稜の体に手を当てたマリアを、稜の手が払いのける。

「うっ……俺よりも、早く……粋華さんを!」

 マリアが目を向けると、静かに横たわる粋華の姿があった。

 しかし、その体からは、魔力の気配を全く感じなかった。 



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