55. マークの暴走
「……で、どういう事?」
マークの言葉を緊張の面持ちで待った。
……と、そこへ、黄緑色の光が目に飛び込んできた。
「どうだ? 用意は出来たか?」
光を放つ魔法陣の真ん中に、イスメーネが奇妙な物体を携え現れた。
彼女が手に持つ物体は、まるで掃除機を凶悪にしたような見た目をしていた。
真っ黒なボディーに、這うように赤い血管のようなものが浮かんで見える。本体から伸びるホースの先には、何かを吸い取るような吸盤が付いていた。
「……それは?」
イスメーネは自身の手に持つ恐ろし気な物体へと、朗らかな顔で視線を移す。その顔は、大切に抱く愛しい我が子を見つめるようだ。
「これは、“魔力を吸い取る君3号”だ。なかなかに美しいだろう? 私が開発した魔道具だ」
ああ……そうですかと、曖昧に頷いておく。
毒々しい見た目はともかく、自らが手塩にかけて作り出した物に愛着が沸くのは、私にも理解できる。
粘土の彼らがそうだしね。
私はすぐそばに浮かぶアージルを横目で見た。
しかし、そのネーミングセンスはいかがなものか……
「えっと、魔力を吸い取る装置なんですね」
分かりやすいですねと声を掛ければ、彼女は意外だという風に驚いた。
「いや、普通の人間は、意味など分からないはずだが……。ああ、そうか。マーク様のお陰だな」
彼女は納得がいったように、ひとりで頷いた。
彼女が発明した魔道具には、危険なものも多い。それ故に、それらに付ける名前は、使用する際に間違えないよう、そのままの意味でつけられている。
しかし、その言語は一般の人たちが使う、この国の共通語ではない。すでに、この世では使われなくなった古い言語が使われているのだ。
魔導士は古から伝わる言語を操り、魔法陣も、その言語を使って形成されている。
一般の者や、他国に容易く理解できないようにだ。
しかし、私や稜くんは、マークの翻訳魔法がかかっているので、古い言語であっても、意味が理解できたようだ。
「……で、どうなのだ? 準備は出来たのか?」
問うてくるイスメーネに、私は申し訳なさそうに目を伏せた。
「えっと……」
マークを横目で伺う。
「うん。すぐに気付かなくってごめんね。ちょっと問題があって……」
マークは、何故、粘土のゾウだけにフィアリーズが入ってくれないのかを私達に説明した。
マークが言うには、どうやら、この合体ロボの構造に問題があるようだ。
フィアリーズ5姉妹が入ったジェットコースターも、5台の粘土が連結している。
しかし、一列に連なる車体は、フィアリーズの負担が少ない。前後に多くても2人しか繋がらないからだ。
今回の合体ロボは、胴体を中心にして、5人が繋がる。
マークは、そこが問題なのだと説明した。
「5人もの力を、1人で引き受けなくちゃいけないんだよ。これは、並大抵のフィアリーズじゃあ、無理な話だ」
マークは可愛い顔を、緩やかに横に振った。
まさか、構造に欠陥があったとは……
合体ロボは無理なのか……!?
「そんなぁ……」
せっかく作ったのに……
出来上がったばかりの粘土のゾウに悲し気な視線を向けた。
合体ロボの胴体部分であるこのゾウは、ミントと同じくらい大きく、この世界にいるゾウを実際に見たことがある為、かなりリアルに作ることが出来た。私の渾身の作品だ。
「まあ、大きな力を持ったフィアリーズなら無理じゃないけど……。そんな奴は滅多にいないからね」
マークは眉を下げ、私を慰めるように頭を撫でた。
イスメーネと稜は、そんなマークに対し、胡散臭げな視線を向けていた。
しばし沈黙が続いた粋華達であったが、言いにくそうに、一人が口を開いた。
「……まあ、ここに一人いるがな」
ボソッと呟いたイスメーネに、稜もうんうんと頷く。
「……え?」
二人を見上げる粋華は、彼らの視線の先を見た。
「……マーク?」
私は頭を撫でているマークの体をむんずと掴んで、ニヤリと笑った。
「マーク!」
マークがいるじゃん!
マークは手の中でジタバタともがいた。
「えっ!? 僕はちょっと……! いや、だめだよ! ほら、僕はアソシエ地方の王だよ!? 粘土の中に入るなんて、僕のプライドが許さないっていうか……」
マークは最初に出会った時、「自分の力を試したい」って言っていた。粘土に入って強化された体で活躍するのは、不本意なのかもしれない。
しかし、今回はお父さん、お母さんの救出もかかっている。
マークの主張も分かるが、今回ばかりは折れてもらうしかない!
私は必死で頭を下げて頼み込んだ。
マークは渋い表情を崩さず、なかなか首を縦に振ってはくれない。
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一方、そのころ……
稜をこの場から逃がした討伐部隊の騎士らと、王都から来た魔導士たちは、3体の魔物に苦戦していた。
魔物2体は、傷を負っていたものの、致命傷には遠く及ばず、下手をすると、わずかに回復してきているようにも見えた。
だが、なんとか魔物を抑え込めているのは、フィアリーズ達の活躍のお陰だ。
マリアは素早い動きで魔物に打撃攻撃を与えていた。
シェルの魔法で、防御力が上がっている人間側だが、魔物の強烈な攻撃を受けてしまう者もいる。マリアはそんな者へと、回復治療も行っていた。
戦えないと思われていたリタら、ジェットコースター5姉妹も、意外な活躍を見せていた。
「スイ様が考えてくださった、我らの“戦闘モード”です!」
彼女らは、連結部を外すと、飾りかと思われた両脇にある小さな羽を、横へと長く伸ばした。
彼女らの胴体以上に伸びた羽は、鋭い輝きを放っていた。
持ち前の速さを活かして魔物へと突っ込むと、その羽を魔物へとぶつけた。
懸命に避けた魔物だったが、わずかにかすった腕から、鮮やかな血が噴き出していた。
それは、とても硬い刃物だった。かなり切れ味がいいようだ。
一方、魔導士らの顔には焦りの色が滲む。
魔力は有限だ。
優秀な彼らといえども、最初に大規模魔法を使い、その後も絶えず攻撃魔法を繰り出せば、魔力が尽きてくるのも当然だった。
「クラウディオ様、このまま長引けば、まずい事になります」
イスメーネの助手を務めてきた二人の内の一人、まだ若いながらも、この中では一番年上に当たる魔導士が、クラウディオにそう耳打ちした。
稜がいなくなった事に気付かれぬよう、派手な魔法で攪乱しているが、もう長くは持たないと告げる。
魔物からの攻撃は、シェルのお陰でみな軽く済んでいるものの、見回せば、その顔には疲労が滲み出ていた。
実際にクラウディオも自身も、魔力の残りが少なくなってきたのを感じていた。
「しかし……!」
普通なら撤退を決断するところであるが、今攻撃を止めたら、稜がいなくなったことをすぐに魔物は気づいて、彼の後を追うだろう。
そうなったら、異世界人二人がいない今、ジェットコースターで移動することが出来ない彼らは、魔物の後を追う事が出来ない。
かといって、いつまでもこのまま攻撃を続けられるはずもなかった。
事態は、人間側にとって大きく不利になってきていた。
その時、スパーリは「おや?」と、辺りを見回した。
「王様はどこだ?」
それに気づいた魔物2人も、周りを見た。
「リョウはどこだーーー!?」
ドラゴンが大きな声で吠えた。
魔導士らの魔力が尽きる前に、魔物達に稜の不在を気付かれてしまった。
黒ずくめのブーザが、真っ赤な瞳を見開き魔導士らを見た。
「ハハハ! 隠したって無駄さ。少しくらい離れた所へ逃げても、俺の探知魔法からは逃れられない」
自信満々に告げた彼の宣告通り、すぐに稜の気配を察知したブーザは、後の二体の魔物へと声を掛ける。
「一緒に連れて行ってやろうか?」
彼らは魔導士らの攻撃をかわしながら集まると、フッと姿を消してしまった。
「なに!?」
クラウディオは茫然と、彼らが消えた空間を見つめたまま固まった。
粋華と稜が危ない!
イスメーネもいるとはいえ、この強敵3体に太刀打ち出来るとは思えない。
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一方、粋華らのいる草原では……
粋華はマークへ必死に頭を下げていた。
「お願いします、マーク様! もうマークしかいないんだって!」
マークはかなり強いこだわりかプライドがあるのか、一向に頷いてはくれない。
向こうで魔物達と戦っている討伐部隊のみんなも気になるし、なんとか早くマークには決断してもらいたい。
そんな彼らの前に、突然3体の魔物が姿を現した。
粋華らは、望まない来訪者たちに、サッと顔色を悪くする。
「フフフ。もう逃げられんぞ。こちらへ来い!」
ドラゴンは凶悪な金色の瞳を細め、稜へと手を伸ばし近づいてくる。
稜はゴクッと唾を飲み込み、後ずさった。
粋華は背中からライディを抜き取ると、ドラゴンへと切りかかる。
粋華の会心の一振りがドラゴンの胸へと当たった。
しかし、剣はその体を切り裂くことはなかった。
勢いよく弾かれると、粋華は大きく体勢を崩す。
うっとおしそうに振るったドラゴンの腕が、粋華の体を薙ぎ払った。
粋華は悲鳴を上げると大きく飛ばされ、ドサリと仰向けに倒れた。
彼女はそのまま、ピクリとも動かない。
シェルの防御魔法のない状態の彼女にとっては、適当に振るったドラゴンの腕でさえも、かなり大きな衝撃だった。横たわった粋華の口からは、血が流れ出ていた。
「あっ……スイ……」
壊れた人形のように全く動かなくなった粋華の元へ、マークは慌てて飛んでいく。
「ごめんね、スイ……。僕が早く入らなかったせいで……!」
粋華はぐったりとしたまま、その目を閉じていた。
生きているのか死んでいるのかも分からない状態の彼女を見て、マークはまたも、自身が混乱しているのを感じた。前に王都を破壊した時のように、自身の魔力をコントロール出来なくなりそうだ。
大丈夫!……きっと、まだ生きてる!
パニックになりそうな頭を、必死に落ち着かせようと試みる。
あの時のようにむやみに暴走すれば、ここにいるイスメーネや、稜にまで危害を加えてしまう。
しかし、駄々をこねて時間を無駄にし、そのせいで粋華をこんな目に合わせてしまったと自身に対する苛立たしい気持ちが、マークの平常心を失わせていく。
ダメだ……! 抑えきれない!!
マークは自身の体を抱え込んだ。