51. 絶体絶命
ドラゴンは勝ち誇った顔で、粋華と稜、そしてスパーリを見やった。
物理攻撃と魔法攻撃無効って……“無敵”ってことじゃんっ!
ど、ど、どうする~~~!?
粋華と稜は顔を見合わせた。
「……嘘だろ?」
スパーリは困惑した顔でクラフティを見つめる。
そこへ、先程、草原で見た黒い鳥が上空に姿を現し、ドラゴンの横へ降り立つと、黒ずくめの少年の姿へと変わった。
「おおっ! すごいじゃないか。竜種のレア魔法“牢獄の要塞”を、とうとう自身の体にも使えるようになったか!」
黒いフードから覗く真っ赤な瞳が、ランランと輝いている。
「もう、君は魔獣の域を超えたんじゃないかな。我々と同じ、“魔物”だ!」
ドラゴンは両手を見つめ、自身に纏った魔法を確認しながら満足そうに微笑んだ。
『魔物か……。とうとう、我が……!』
スパーリは、チッと舌打ちをする。
実はスパーリも翼のない竜種である。
空は飛べなくとも、彼は俊敏性に優れた種のドラゴンであり、クラフティのように、長寿で、魔力も大きい。
彼に出会うよりも先に魔物へと進化していたスパーリであったが、彼はあの、特別な魔法は使えなかった。
クラフティが“監獄の要塞”を、完璧に使えるようになった今、二人のどちらが上か、完全に決着がついた形となった。
三人の魔物が、それぞれに感傷に浸っているこの隙に、粋華と稜は、抜き足差し足、そうっと魔物から離れた。
「リタさんっ!」
粋華は小さな声で、ジェットコースターに入っている5姉妹の長女の名を呼んだ。
マークは小さな粋華の声を、魔法でリタへと届ける。
『ハッ! スイ様!』
気付いたリタら5姉妹が、スイの元へと飛んできた。
それにすぐさま乗り込む粋華と稜。
騎士らも急いで全員乗り込むと、勢いよくその場から飛び立つ。
「に、逃げて~~~~!!」
ジェットコースターは、高速でその場から離れる。
その後ろを、急いでついてくるミント。
『あの……スイ様。ご両親の事はよろしかったのですか?』
リタは粋華の反応を伺う。
「そ、そりゃもちろん心配だけど……。だって、あいつ無敵だよ!? どうやって戦えって言うの!?」
「……それは、どういう事だ?」
クラウディオは不思議そうな顔で振り返った。
「「えっ!?」」
粋華と稜は、驚いて声を上げた。
どうやらクラウディオさんら他の騎士らとフィアリーズは、粋華や稜と違って、あのドラゴンが何を言っているのか、分からなかったようだ。
「あの時、"魔物に進化した"って黒い奴が言っていたので、人に姿が変えられても、あのドラゴンは魔獣だったんでしょうね。次からは言葉が分かるようになるのかな……?」
「そうかもしれんが……。それよりも、物理攻撃、魔法攻撃無効と言ったのか?」
「あ、はい。そうです! それって、無敵状態ですよね……?」
ホレスや騎士らは、青い顔をする。
「……本当かよ? そんな奴が王都を襲おうとしてんのかよ……」
「もう、俺達の手には負えないんじゃないか……?」
その時、高速で空を飛ぶジェットコースターの前方に、黒い鳥がパッと姿を現した。
「なんだ!?」
驚いてクラウディオが声を上げる。
『じゃまをしないで! はね飛ばしますわよー!』
そのまま高速で黒い鳥につっこむ強気なジェットコースター5姉妹の長女、リタさん。
目前に迫った時、黒い鳥は口を開け、衝撃波を放った!
『きゃあ!』
『リタ姉さん!』
衝撃波を受けたリタは体勢をくずし、ジェットコースターは、大きく揺れながら地上へと落下していく。
「シェルー!」
落ち行く中、粋華は必死に叫んだ。
大きな衝撃音と共に地面に激突し、全員ジェットコースターから投げ出された。
「いてて……って、そんなに痛くない!?」
ロイがぶつけた背中を確かめる。
他の騎士らも無事なようで、ゆっくり立ち上がると腰の剣を抜く。
シェルがまた、みんなを守ってくれたようだ。
落ちた場所は山の中の岩場だ。
あちらこちらから湯気が上がっている。
硫黄の臭いが、辺りに漂っていた。
粋華らの前方に、黒い鳥が少年の姿へと変わりながら降りて来た。
「あれー? 全然、平気みたいだね。ざーんねん」
青い顔で剣を構えて黒ずくめの少年を睨みつける粋華らに、少年は赤い瞳を細め、ニヤニヤした笑いを浮かべる。
「驚いた? 俺からは逃げられないよ?」
「……転移魔法か」
マークが私の肩の上で呟いた。
「転移魔法?」
「うん。一瞬で違う場所へと移動できる魔法だよ」
「……それって、私がこっちの世界にきちゃったみたいな?」
「ううん。それは、異世界転移魔法! こっちはただの転移魔法。この世界の中限定だよ」
クラウディオは、厳しい顔で魔物を睨みつける。その顔には汗が浮かんでいる。
「……逃げることは不可能のようだな」
後ろから、物凄い速さでスパーリが走ってきた。
「ハハ! 止めたか! ブーザ、よくやった!」
あの黒ずくめの魔物は、ブーザという名前のようだ。
ブーザはニヤニヤと笑いを浮かべながらも、騎士らに隙を見せない。
スパーリから少し遅れて、クラフティまでが飛んで追いついた。
そして、粋華らの上空で停止した。
解け落ちたはずの翼が元通りになっている。
「なんで!?」
「驚いたか!? 魔物へと進化を果たした我は、思い通りに姿を変えられる。失った翼くらい再生できる。声帯を変えることも可能だ!」
言葉がはっきりと分かる!
魔物となったクラフティは、声帯を変えて、人語を話せるようになっていた。
前方、後方、上空と、三体の魔物に囲まれてしまった。
三体は、剣を構えた騎士らへと迫る。
ちょちょちょっ!?
これ、もしかして……積んだ?
いやいや、まだ諦めない!
「ラ、ライディー!」
『よっしゃ!!』
魔物達へ向け、雷魔法を放つ。
……が、素早い動きで避けられてしまった。
「これは、さっき見たからね。無駄だよー」
避けた拍子にフードが外れた少年は、黒い髪を揺らし、粋華へと手を向けた。
稜が拳銃を構え、少年に向かって引き金を引いた。
魔物は素早く身を屈めて避けると、稜へと衝撃波を放った。
後ろに吹き飛ぶ稜。
それを、スパーリが受け止めた。
「王様、つーかまえた!」
「うわっ、スパーリ……!」
粋華とロイ、そしてアルフレッドがスパーリに切りかかる。
それを余裕で避けながら、スパーリは稜を肩に担ぐ。
そして、銃を握る稜の腕を、ギリギリと締め上げた。
「ぐわあっ!」
稜は苦痛に顔を歪め、銃を取り落とした。
『リョウ様ー!』
マリアとアージルが鞄から飛び出し、スパーリへと襲い掛かった。
慌てて避けるが、二人の速さはスパーリと互角かそれ以上だ。
思わず、スパーリは抱えていた稜を放り出した。
マリアとアージルは稜を受け止めると、粋華の後ろへと隠すように運んだ。
稜の手には、いつの間にか銃が戻っている。
『大丈夫か!? リョウ!』
「だ、大丈夫。……でも、これってまずいよな」
空中に浮かぶクラフティは、その様子を余裕の表情で眺めている。
「いい加減諦めろ。こちらにリョウを渡せ!」
粋華は首を横に振る。
そんなこと出来る訳ない!
「クラフティ! 俺がそっち行ったら、みんなに手を出さないでくれるか!?」
稜の言葉に、騎士らがギョッと彼を見た。
「馬鹿な真似はするな! お前を手に入れたら、俺達は皆殺しだ!」
クラウディオはいつになく厳しく稜に言い放った。
「そんな……!」
「そうだぞ。馬鹿な事は言うなよ」
聞き覚えのある、艶のある低音の女性の声が、黒ずくめの魔物ブーザの後ろから聞こえた。
目を向けると、そこには、一人のローブ姿の女性がいた。
「えっ? イスメーネさん!?」
その光景を信じられず、思わずパチパチと瞬きを繰り返す。
イスメーネは、妖艶に微笑んで、確かにそこに立っていた。
ええーーーっ!?
なんでここにいるの!?