50. ドラゴンとの再会
そこには、鮮やかな青い髪の男が立っていた。無表情な金色の瞳が、稜を捕らえる。
「ほら、俺の言った通りでしょ?」
木の上にとまった黒い鳥が、得意そうに青髪の男を見下ろしている。
『ああ……まさかと思っていたが、本当にこんなところにいるとは……。このような短期間で、王都からここまで移動できるとは思わなかったんだがな』
「クラフティ……!」
男に気付いた稜は、驚いてその場に立ち尽くす。
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その頃、王都では……
ベットから知らせを受けたクロス王が、声を上げた。
「魔獣の群れが方向を変えただと!? それは本当か、ベット!」
「ええ、フィアリーズの報告によると、そうみたいね。うーん……確かに一昨日までは、王都へ向かっているって聞いてたんだけど……」
稜を失った魔獣の群れは、彼が作る飯にありつけなくなった為、団結力を失い、群れを保っていられなくなってきていた。
それは、ベットやクロス王が予想していた通りであった。
多い時で1000はいたであろう魔獣たちは、今は半数ほどに数を減らしている。
弱い者は仲間に食べられたか、逃げ出したと思われる。
来たる魔獣の大群に備え、王立騎士団本隊が、王都の周りを固めていた。
彼らの数は300。魔獣は500。
魔獣の数の方が多い。
魔獣が群れで攻めてくるなど、今までに一度もなく、王も騎士らも全く想定出来ていなかった。
いくら王都が、国で一番の兵力を持っていたとしても、前代未聞の圧倒的な数の魔獣の群れとの戦闘に、騎士らは戸惑いと不安を抱いていた。
そこへ、魔獣の群れの進路変更の知らせが舞い込み、騎士団本隊隊長のゴッツは、ホッと息をついた。
「どうなることかと思いましたが、助かりましたな。王都の被害は免れたようで……」
それを横で聞いていたヨドーク将軍は、ゴッツを怒鳴りつけた。
「なにを言っている! 王都が無事でも、他の町や村が危険にさらされているのだぞ!」
「そ、それはそうなのですが……。しかし、一番重要なのは、ここ、王都ではないですか!」
「ベット。群れはどこへ向かっているのだ」
王は言い争う二人の横で、ベットに尋ねた。
「北に向かっているそうよ」
ヨドーク将軍の眉がピクッと上がった。
「北……!?」
「北といえば、昨日、討伐部隊が北の砦へと向かったな。その近くには、ノーデングレンゼもある」
王は顎に手をやり、まさか……と呟いた。
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稜を見つめる青い髪の男は、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
この男を、リョウ殿は、“クラフティ”と言った。……という事は、こいつが例の魔獣の群れを率いるドラゴンか!?
しかし、魔獣の群れは、今、王都に向かっているはずだ。
何故、今、このドラゴンはここにいるのか……
まさか、リョウ殿を連れ戻しに来たのか?
何故、リョウ殿がここにいることが分かったのだ!?
疑問はあったが、とりあえず、ここに居ては危険と判断したクラウディオが、騎士らに指示を出す。
「急いでジェットコースターに乗りこめ!」
「稜くん、逃げよう!」
粋華は青い顔をした稜の手を引いた。
『逃がさんっ!』
無表情から一転、恐ろしい形相へと変わったクラフティは、駆け出すと、一瞬でドラゴンの姿へと変わった。
翼をはためかせすぐに距離を詰める。そして、逃げる稜の背後に迫ると、稜の肩を後ろ足で掴んだ。
「うわあっ!!」
「稜くん!!」
粋華は背中の剣を抜くと、ドラゴンに切りかかる。
ドラゴンは身を反転させて、剣と、そこから放たれた突風をかわした。
そのまま集落がある方へと飛び去って行く。
なんてことだ! 稜くんが攫われてしまった!
「クラウディオさん! 稜くんの後を追いますよ!」
「……よし、分かった」
ジェットコースターに乗り込んだ粋華らは、ドラゴンの後を急いで追う。
集落へと入ったドラゴンは、魔法の檻に閉じ込められているスパーリの目の前へと下りた。
檻の中のスパーリは、俯いて地面にしゃがみ込んでいる。
『出て来い、スパーリ』
ドラゴンが手をかざすと、パリーン!と大きな高い音を立てて、檻が粉々に弾け飛んで消えた。
スパーリは、ハッとして顔を上げると、クラフティを睨んだ。
「……っ、てめえ……!」
ドラゴンは金色の吊り上がった眼を細めて、フンッと鼻を鳴らす。
『随分と堪えたようだな。頭が冷えたか?』
そこへ、粋華らを乗せたジェットコースターが到着する。
「あいつは……!」
ジェットコースターから降りる人の中に、スパーリは粋華を見つけた。
『暴れたいのだろう? スパーリ、あいつらの相手をしてやれ』
「は? ……なんだって!?」
スパーリは、忌々し気にクラフティを見上げる。
しかし、静かに立ち上がると、不敵に微笑んだ。
「……まあ、いいや。あいつとはもう一回やってみたいと思ってたし。……でも、お前の言う事を聞くのは、これで最後だ!」
クラフティは冷たい瞳でスパーリを見ると、諦めたように言い放った。
『……ふん、まあいい。勝手にしろ』
そして、稜を掴んだまま、再び飛び立つ。
「稜くんっ!!」
稜を追おうとする粋華の前に、スパーリが立ちふさがった。
「俺が相手してやるよ! むしゃくしゃしてるんでなぁ……!」
「す、粋華さんっ、やめろスパーリ!……このっ、放せ!」
粋華に危険が迫っていると焦った稜は、ジタバタと手足を動かし暴れるも、ガッチリと肩を掴むクラフティの足は外れない。
その時、ハッと思い出して、稜は懐に手を突っ込み、銀色に光る拳銃を取り出した。
「は、放さないと、撃つぞ!?」
『なんだ? それは。暴れると下に落とすぞ!』
さらに上空へと上がろうとするクラフティに、稜は厳しい体勢ながらも銃を発射した。
ドンッ!
『ぐっ!?』
弾がクラウティの片方の翼に命中した。青い体を曲げて苦し気にうめき、掴んでいた稜の肩を放した。
稜は地面にドスン!と勢いよく落ちた。
「……ううっ」
強く体を打ち付けた稜は、痛みで起き上がることが出来ない。
スパーリが撃たれたクラフティを驚いて見ている隙に、粋華は稜に駆け寄る。そして、マリアを呼んですぐに治療してもらう。
地面にうずくまるドラゴンを見ると、片方の青い翼の真ん中には穴が空き、その周りがドロドロと溶け落ちていた。
「稜くん……あれは!?」
稜は痛そうに顔を歪めながら、ニヒヒと笑った。
「実はさ、俺も粋華さんみたいに武器を作ってみたくて、昨日の夜、粘土で作ったんだ。俺のは、これ!」
稜は右手に握った銀色の物体を粋華の前に出した。
銀色の……おもちゃの拳銃?……のようだ。
「……えーと? これって、“銃”で合ってるよね?」
稜はムッと口を尖らせる。
「確かに、粋華さんみたいに上手じゃないけどさあ。見本でもあれば、もうちょっと上手く出来たんだけどなぁ」
『大丈夫さ、リョウ! 見た目じゃないさ、気にするな! 君の気持ちがこもっているから、あのドラゴンにも充分効いているだろう?』
拳銃に入っているフィアリーズが、稜を慰めた。
声からすると、男性のフィアリーズのようだ。
『私は聖属性の魔法が得意なんだ。だから、闇に落ちた魔の心を持った者に、より効果的に攻撃を与えることが出来る。……見てごらん。私の放った聖魔法の弾丸が当たった所が溶けているだろう? 彼の心は闇に落ちているんだ』
ドラゴンの穴の開いた翼は、片方がもうほとんど溶けてなくなっていた。
クラフティは痛みに苦しみながら、地につけた両手を握りしめていた。
スパーリが笑いながら、クラフティを見下ろす。
「ざまあねえな、クラフティ! 俺がこいつらを片付けてやるから、そこで大人しく見てろよ。こっちが片付いたら、……次はお前の相手をしてやるよ!」
挑発的なスパーリの言葉に、クラフティは怒りでカッと目を開く。
パキーン!
高い音が辺りに響いた。
スパーリはハッとして自身の周りを見回すが、特に変わった所はなかった。
今のは何だったんだ? また、奴の魔法が発動した音がしたが……?
クラフティは、残った片方の翼を広げると、稜へと手を伸ばした。
「だめーーー!!」
粋華は剣を握ると、それをクラフティへと向けた。
「ライディ!」
『よっしゃ!!』
眩い光が迸る。
ドガガーーーン!!
雷がクラフティの体に直撃した。
やった!
しかし、クラフティは、平然とそこに立っていた。
『……どうした? おしまいか?』
今度は稜が、拳銃を構える。
「う、撃つぞ! ……もう、止めてくれ、クラフティ……!」
『震えているのか? いいぞ、やってみるがいい。もう、お前の攻撃など効かぬわ!』
構わず近づいてくるドラゴンに、稜は拳銃の引き金を引いた。
ドンッ!
弾丸はクラフティの胸に当たると、跳ね返って近くの地面へとめり込んだ。
「なっ!? ……どうして!?」
『フフフ……我の“牢獄の要塞”は、元々は防御魔法なのだ。ドラゴンは硬い鱗を持つが、さらに魔法で完全なる強固な肉体へと変える……魔法攻撃、物理攻撃無効状態になる魔法なのだ!』
う、うそ……!!
そんなのずるいよーーー!