49. 二人のフィアリーズ
水幻の都ノーデングレンゼの門を出て、ジェットコースターは上空へ高く上がった。
見下ろすと、街の姿はどこにもない。
クラウディオは、このまま王都へ向かうよう、ジェットコースターの5姉妹に指示を出した。
魔獣の群れは、もうかなり王都へ近づいているはずだ。
「待ってください!」
それを止める稜の言葉に、クラウディオは厳しい目を向けた。
「どうした」
「あの……、桃色と水色のフィアリーズの様子を見に行ったら駄目ですか? ずっと閉じ込められてて、大丈夫か……心配なんです!」
稜は拳を握り、必死の形相で訴える。
クラウディオは、稜の訴えを聞いて考える。
稜と粋華は故郷が同じだとしても、兄妹でもなんでもない二人は当然、外見は少しも似ていない。
しかし、初めて会った時から、二人は"似ている"と感じていた。
実際、話をしてみると、やはり共通点があることが分かった。
稜は、この世界に来て、すぐに凶悪なドラゴンにさらわれた。
しかし、それを悲観し嘆き悲しむことなく、明るく前向きに置かれた環境に耐えていた。もし、自暴自棄になっていたなら、魔獣らに殺されていたかもしれない。
粋華も、この世界に来てすぐ、魔物と間違えられ、俺から攻撃を受けた。しかし、それを恨むことなく、今では討伐部隊の一員になり、毎日、訓練や任務を忍耐強く頑張っている。
共通点はまだある。
この世界には、人間、フィアリーズ、魔獣、魔物といろいろな種族がいる。
大抵の人間は、魔獣は食肉用に飼育し、それ以外は害獣扱いし、魔物に対しては、忌み嫌い、恐れる。そして、フィアリーズには畏怖の念を抱いている。
しかし、この異世界人二人には、種族の境界線などないようだ。
フィアリーズでも魔物でも、まるで人と接するのと同じ感覚で接している。
一度受け入れてしまえば、それが、恐ろしい魔力を秘めた異形の存在であろうと、仲間として認めてしまうようだ。
クラウディオは、そんな彼らに対し、呆れると同時に敬意も抱いていた。
稜の話では、フィアリーズが捕らえられているのは、ここから遠くはない。
魔法の檻を破壊できるかどうかは分からないが、様子を見ることは出来るだろう。
ただ……魔獣らがすべて王都へ向かい、その辺りには残っていなければいいんだが……
「駄目ですか……?」
真剣な瞳で問いかける稜がいる。
クラウディオは目を伏せ、一つ息を吐くと行き先を告げた。
「よし、フィアリーズが捕らわれている、集落の外れへ向かう!」
----------
フィアリーズが捕らわれている草原の上空まで来ると、マークが魔獣の気配を探る。
「うーん……。はっきりとは分からないけど、とりあえず大丈夫そうだよ」
ゆっくりと地面に着陸すると、草原の真ん中に、ポツンと透明なガラスのように透き通った四角い箱が浮かんでいるのが見える。
あれが、稜くんが言っていた、ドラゴンの魔法の檻……?
辺りを警戒しながら、クラウディオと稜が先頭に立ち、檻に近づく。
フィアリーズ二人の姿が確認できた。
可愛らしい少年と少女の姿のフィアリーズだ。
眠っているのか、気を失っているのか、それとも死んでしまっているのか……二人とも、目を瞑って横たわっていた。
「おい! 大丈夫か!?」
稜が、檻の前まで来ると、倒れている二人のフィアリーズに呼びかけた。
桃色の髪の少女のフィアリーズが、ゆっくりと瞼を開いた。
「……あら? あなたは……」
体を起こし、目をパチパチと瞬かせた。
「まあ、戻って来たの!? 大丈夫だった!? ほら、あなた、起きて!」
隣にいる水色の髪のフィアリーズの体を揺すった。
「……んん? おや、人間がたくさんいるね」
少年の姿のフィアリーズは、騎士達を見てニコニコと笑った。
「倒れてたけど……」
心配する稜に、フィアリーズ達は、大丈夫、大丈夫と明るく笑った。
彼らが言うには、どうやら魔力の消費を抑える為に眠っていたようだ。
フィアリーズは、魔力をすべて失うと消えてしまう。……フィアリーズの死だ。
「これが、ドラゴンが作り出した“魔法の檻”か……」
クラウディオは手をかざして目を瞑り、魔法の解析を試みる。
桃色と水色のフィアリーズは、首を横に振った。
「無駄だと思うわよ」
「この檻を魔法でどうにかするのは、無理だと思う。我々も、いろいろ試してみたからね。……可能性があるとしたら、物理攻撃しかないと思うよ」
「少し試してみるが、よろしいですか?」
クラウディオの言葉に、フィアリーズの二人はコクンと頷いた。
魔法の檻に杖をかざし、クラウディオが魔法の詠唱を始めた。
赤色の魔法陣が地面に浮き出て、すうっと上に上がると、小さな檻の真ん中で停止した。
檻が赤い光に包まれ、パキン!と何かが割れる音がした。
やったか!?
私はクラウディオさんの後ろから、そっと覗き込んだ。
しかし、檻はそのまま。ひび一つ入っていなかった。
「駄目か……。魔法の解除を試みたが、幾重にも重なりあった高密度の堅牢な檻だ。表面の、ほんの一枚しか外せなかったようだな」
「いやあ、君、すごいね。それだけだとしても大したもんだよ! この世界の人間は、なかなかやるねぇ!」
水色のフィアリーズは、クラウディオをほくほくと喜びながら褒めた。
なんか、おじさんっぽい話し方だなぁ。
見た目と合ってないよ。
「そうね……。しかも、凄いイケメンだし……!」
桃色の髪のフィアリーズが、頬をうっすらと染め、両手を胸の前で組んで、クラウディオを見上げていた。
「ちょ、母さん!?」
水色のフィアリーズが焦って、ポーッとなっている桃色のフィアリーズの肩を揺らす。
粋華は二人のフィアリーズのやり取りを見て、クスクスと笑った。
生前の粋華の両親にそっくりだった。
この二人のフィアリーズは、夫婦なのかなぁ。
「あら、だあれ? 笑っているのは?」
桃色の髪のフィアリーズの可愛い声に、後ろで見ていた粋華は、ぴょこんと出てきて、稜の隣に並んだ。
「初めまして! 私は丸井粋華といいます! スイって……」
呼んでください!と続けようとした粋華の言葉を、二人のフィアリーズの叫び声が遮った。
「粋華ちゃん!! 粋華ちゃんじゃないの!!」
「粋華ーーー! どこにいたんだ!? 探したんだよ!?」
目を大きく開いて固まる粋華。
「……スイ? 知り合い?」
マークに問われ、首を横に振る。
「マークも知ってるでしょ? このフィアリーズ達には、初めて会ったよ?」
「……そうだよねぇ?」
「ああ、そうか……。君は無事に粋華に助けられたんだね。良かった……」
「もう、やっと粋華ちゃんに会えたのに、こんな所に閉じ込められてて、抱きしめることも出来ないなんて……!」
フィアリーズ達は、目に涙を浮かべている。
「……えっと、どこかでお会いしましたか?」
首を傾げる粋華。
「まあ! 分からないの、粋華ちゃん! お母さんよ!」
「……お父さんだよ」
目に涙を溜めて微笑む二人のフィアリーズ。
「……うっそだぁ。……いや、まさか……? えっと……、ちなみに二人のお名前は?」
「丸井桃子よ」
「丸井空だよ」
お母さんとお父さんだ!!
驚愕の顔で二人を見る。
「えっ!? なんで!?」
「粋華ちゃんは知ってる? 異世界転生って。どうやら私とお父さん、異世界に転生しちゃったみたいなのよ……!」
いや、ラノベでなら知ってる。
現実では初めてです。
「しかもね。異世界転生チートってやつで、私達二人とも、すごく大きな魔力を持って生まれてきちゃったみたい」
「そ、そうなんだ……」
1年前……いや、1年と4カ月くらい前かな?
亡くなった両親が、まさか、この世界に転生しているとは……!!
急展開に、頭が追いつかない。
「……それでね、粋華ちゃんに謝らないといけない事があるの……」
「……そうだね」
可愛いフィアリーズの姿になったお母さんとお父さんは、申し訳なさそうに俯いた。
「な、なに……?」
「怒らないで聞いてね……?」
「いいから、なに!?」
「実は……、粋華ちゃんがこの世界に来ちゃったのは、私達のせいなの! ごめんね、粋華ちゃん!」
「すまん、粋華!」
「ど、どうして……!」
今日は、驚いてばかりだな!
どういう事!?……と問い詰める粋華に、桃子が答えた。
どうやら、二人して同じ世界に異世界転生したものの、生まれた場所は、微妙にずれていたのだそうだ。
そして、やっと会えたのが4カ月前。
お互いに会えて嬉しかったんだけど、粋華にはもう会えないんだね……と、悲しくなったそうな。
でも、もう一度会いたいよー!と、強く二人が願ったら、何故か魔法が発動して、私をこっちの世界に連れて来てしまったんだって。
魔法が発動したのは分かったんだけど、無意識でやったことなので、場所の指定はしていなかった。
どこに転移してしまったか分からなかった二人は、ひたすらこの世界を探し回っていたそうだ。
「ごめんね、粋華ちゃん」
「もう! ごめんねじゃないよ!」
お母さんは、頭を掻きながら、えへへと笑って誤魔化した。
そんな桃色フィアリーズを、マークは半目で見た。
「わー、スイにそっくりー……」
「異世界人の魔力は特殊だって、通りがかりのフィアリーズに教えてもらったから、それを頼りに探してたんだ。そうしたら、そこの男の子を見つけたんだよ」
「粋華ちゃんじゃなくて、びっくりしたけど、彼も転移者よね!?」
奇遇な事もあるわねぇ……と続けるお母さん。
両親が言うには、稜くんの異世界転移に、彼らは関わっていないそうだ。
稜くんは、私と違って、今までの転移者のように、偶然にこちらの世界に来てしまったみたいだ。
そ、そうだ……!
いろいろと急にいろんな事が分かって驚いたけど、とりあえず、ここから早くお父さんとお母さんを助け出さなくっちゃ!
粋華は透明な箱を、ドンドンと叩いた。
「粋華ちゃん……」
「粋華……。私達のことを怒っていないのかい?」
「もちろん怒ってるよ! ……でも、こっから出さなきゃ、怒れないでしょ!?」
粋華は箱をギュ~~~ッと掴んだ。
「スイ、無理だよ。人間の力じゃどうにもならない」
マークが粋華の手を引っ張って止める。
う~ん……何かいい方法がないかなぁ……?
頭を悩ます粋華の耳に、不穏な声が聞こえた。
『まったく……! こんなところにいたか! 我らの王よ!』