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異世界で戦闘玩具職人に任命されました  作者: 夏野あさがお
第二章
108/127

48. 粋華とダニロ


 窓の外をぼんやりと眺めていた私は、背後から聞こえた低い声に、慌てて振り向く。

 そこには、穏やかな顔で、ダニロ隊長が立っていた。

 

 うっ、どうしよう~~~

 今、眠れたかどうか、聞かれたんだよね?

 とりあえず、簡単な挨拶をして、ちゃんと眠れたことを伝えた。

 ダニロはたどたどしい粋華の話し方に驚いていたが、粋華でも分かるように、ゆっくりと簡単な言葉で話しかけた。


「その、手に持っている物は……何だ?」

「……えっと、鞘です」

 ダニロが手を出すので、粋華は鞘を手渡した。

「ふむ……。これはクラウディオからか?」

 っ!!

 なんで分かったんだろう!?

 超能力者か!?

「うっ、はい……」

 嘘をつくのは苦手なので、仕方なく返事をする。


 ダニロは鞘を確かめると、粋華へと返した。

「これをどうするつもりだ?」

 粋華は受け取った鞘へと視線を落とす。

「……返そうと思います」

 ダニロは、ほうっ!と驚いて目を開いた。

「どうしてか、聞いてもいいか?」

 

 どこまで話せばいいだろう……

 まだ彼のことは、それほどよく知らない。

 こうして会話をするのも初めてなのに、あんまり深く聞かれたくない気持ちがある。

 でも、彼はクラウディオさんと随分仲がいい様子だった。

 きっと、クラウディオさんの事が心配なんだろうなぁ。

 私は正直に話す決心をした。


「私は、石の意味を知りませんでした。だから受け取りました。誤解されます」

 うわーん!

 片言の言葉しか話せないよー!

 いやいや、でも言いたいことが言えるようになったんだ。

 これって、大進歩だよね!?


「ふむ。なるほどな。……ということは、あいつの事を好きではないんだな」

 粋華は眉を下げて、申し訳なさそうに答える。

「……わかりません」

 しょんぼりと肩を落とす粋華に、ダニロは微笑み返す。

「まだはっきりせんわけだな。それを返すかどうかは、好きにするといい。……だが、それは今回の件が終わってからにしてもらえんかな?」

 粋華は不思議そうな顔でダニロを見上げる。

「いやぁ、あいつはああ見えて、傷つきやすいからなぁ。いつまでもうじうじと塞ぎ込みそうだ。今回は魔獣らとの大戦が控えてることだし、戦闘に支障が出るかもしれん……」

 眉を寄せ、ブツブツと早口で言うダニロの言葉は、粋華には聞き取れなかった。


 首を傾げる粋華に、ダニロはニヤリと笑みをこぼすと、大きな手で、ガシッと目の前の小さな肩を掴んだ。

 粋華は驚いて、ひぃ!と小さく叫ぶ。


「それでだな! もし、クラウディオが駄目だったら、ファルコはどうだ!? なかなかいい男だと思うぞ!? まあ、うちの息子はどっちもいい男だがな!」

 ダニロは豪快にワッハッハ!と笑った。

 どっちの息子も?

 昨日、夕食時に見た、男の子の顔が浮かぶ。

「いやいや、あの子じゃない。クラウディオとファルコだ。クラウディオも俺の息子だぞ! あいつは孤児院出身で本当の親はいないが、奴の父親のつもりでいる」

 ダニロは胸を張って言った。


 クラウディオさんが孤児院出身!?

 今、確かにそう言ったよね?

 平民だっていうのは知ってたけど……


「ファルコは領主になったばかりだが、よく頑張っている。……俺も、手助けできたらと、いろいろ考えてるんだがなぁ。上手くいかんな」

 昨日、ファルコに言われたことを思い出してるんだろうか……

 ダニロの表情が暗くなる。

「お前がファルコの嫁に来てくれたら、今よりもっと、領民の暮らしが豊かになるだろう! 間違いない!」


 ……という訳で、嫁に来てくれ! と誘うダニロは正直過ぎだ。

 彼は基本、隠し事とか嫌いなんだろうなぁ……

 フィアリーズの加護を受けた私が来たら、そりゃあ便利なんだろうね。

 マーク達、フィアリーズの力ってすごいもん。

 私個人じゃなくて、フィアリーズにいて欲しいって事だよね……


「王様にも、そんなにハッキリとは言われませんでしたが、同じような事を言われました」

 頑張ってゆっくり話す粋華の言葉を、ダニロは黙って聞いていた。

「人の役に立つのは、嬉しいし、出来る事なら力になりたいとは思います。……でも、好きでもない人と、結婚するのは嫌です」

 すいません、と謝る粋華の両肩をダニロは持ち前の馬鹿力で、バシバシと叩いた。

「いや、いい! すまんかったな! 俺は貴族だから、お前とは結婚観がどうも違うようだ。家の為、領民の為を考えてしまう」


 粋華は苦笑いを浮かべ、もう一度、すいませんと頭を下げた。

 ダニロ隊長の経歴は、騎士達から聞いて知っている。

 彼は国の英雄的存在なんだろう。

 そんな彼に、息子の嫁に来て欲しいと誘われるのは、大変栄誉なことだと思う。

 でも、政略結婚なんて考えた事ない、庶民の私の恋愛観は、ちゃんと恋愛して、好きな人と結ばれたいという、乙女思考でできている。

 

「しかし……それを言うなら、どうしてクラウディオは駄目なんだ? 奴は、お前のことをたいそう好きに見えるが……?」

 両肩を掴んで真正面に立ち、不思議そうに見つめるダニロの言葉に、粋華の頬は赤くなる。

「い、いえ……、私は……あの、似合わないから……!」

「んん? なにがだ?」 


 はっきりと言いたくない。

 私は、顔の火照りを感じながら、上目遣いでダニロを見た。

 王都の町で、赤毛の女性に言われた言葉が、頭の中を巡った。

 "彼とあなたって、全然釣り合いがとれてないと思うんだけど、自分でそうは思わない? あなた、彼の隣にいて恥ずかしくない?"


「えっと……」

 どう言おうか言葉に詰まる私は、だんだん目頭が熱くなる。

 粋華の答えを、ダニロは辛抱強く待っていた。



「何をしている!?」

 硬い声が、静かな廊下に響いた。

 ハッとして声の方を見ると、クラウディオが厳しい顔で、こちらを見ていた。

 振り向いた粋華の目には、涙が滲んでいる。

 クラウディオは粋華を背にし、ダニロと粋華の間に割って入った。

「どうかしましたか?」


 ダニロは、ふむ……と顎に手をやり、何やら考え込んでいる。

「……んん? いやな、今、ファルコの嫁にと誘ったんだが、見事に断られてしまったところだ」

 クラウディオの眉間の皺が深くなる。

「無理強いは止めてください」

「ああ、悪かった!」

 ダニロはクラウディオの肩をバシン!と叩き、ワッハッハ!と豪快に笑うと、粋華の部屋とは反対側へ歩いて行った。



「大丈夫だったか……?」

 心配そうに私の顔を覗き込むクラウディオの視線を浴びて、いつもとは違い、居心地が悪く感じてしまう。

 さっきまで、彼からもらった鞘を返そうかと悩んでいたところだ。

 ダニロ隊長に言われたから、今はまだ返すのはやめようと思う。

 彼に対する気持ちに気付かれるのが嫌で、手に持った鞘を、そっと背中に隠す。

 そして、誤魔化すように、微笑んで顔を横に振った。


「大丈夫です! 無理強いはされてません!」

 クラウディオは驚いて粋華を見た。

「お前、言葉が話せるようになったのか!?」

 ああ……そういえば、クラウディオさんは知らないんだ。

「練習したので。まだ下手ですけど……」

「いや、それだけ話せれば大したもんだ! 頑張ったな!」

 クラウディオは興奮して、嬉しそうに目を細めた。


 こんな顔は初めて見たかもしれない……

 この前から見せてくれる笑顔は、もうちょっと、作り笑いのような感じだったし……

「そ、そうですね! 頑張ってますから!」

 頬が熱くなるのを感じて、急いで顔を逸らした。

「では、また朝食の時に!」

 そう言い残し、急いで部屋へと戻った。 



 ----------



 朝食を終えると、すぐに王都へ向けて出発だ。

 領主の館の庭先には、領主のファルコやダニロ隊長、ベルマン婦人らが見送りの為集まっていた。


 その中には、昨日知り合ったイザベラや彼女の侍女のネリー、見習いのトビアスやナターシャの姿もあった。

 領主やダニロの後ろに控える彼等は、何か言いたげに粋華に注目し、口をパクパクと動かしていたが、粋華はあえてその意図に気付かぬ素振りで、彼らに向かって微笑んで、ペコリと頭を下げた。

 

 ダニロはクラウディオを抱きしめ、「またすぐに来いよ!」と彼の耳元で大きな声を出し、クラウディオはしかめっ面で、耳を押さえた。

 ファルコは粋華に歩み寄ると、微笑んでお礼を述べた。

「昨夜は、フィアリーズのマリア様より、素晴らしい治療を受けました。ありがとうございます」

 今朝のファルコの顔色は、昨夜よりも良くなっている。マリアさんの治療のおかげか、目の下のくまも薄くなっていた。

「いえ、お役に立てて良かったです!」

「もちろん、それだけではなく、騎士達の治療も、王都からの物資も……」

 身を乗り出して感謝を述べるファルコの言葉を遮って、ダニロがファルコの肩を掴んで後ろに下がらせる。


「まあまあ、長話はもういいだろう! それより、……なあ、ファルコ。スイの事をどう思う?」

「は?……どうとは?」

 ファルコは眉を寄せ、不審そうに父親を見る。

「こいつは不細工か? それとも、可愛いと思うか? ちんちくりんな子供か?」

 ええ!? ちょっと、なに? 私の悪口!?

 ファルコは父親の言う意図が読めず、眉間に皺を寄せる。

「正直に言ってみろ。誰も怒らんから」

 ……いや、待ってよ。私が怒るよ? 


 ファルコはしばらく悩んだ末に、粋華を真っ直ぐに見て、口を開いた。

「私は……スイさんの事を……可愛い人だと思います。まだ幼くは見えますが……」

「そうか……」 

 ダニロはうんうんと頷いた。

「そういう事だ。似合う似合わないは、人が決めることじゃない。美醜の基準も、人それぞれだ。……ちなみに俺は可愛いと思うぞ。早く娘に欲しいもんだ!」


 ワッハッハ!と高笑いを始めたダニロの頭を、ベルマン婦人が扇子で殴った。

「ごめんなさいね、スイさん」

「い、いえ。気にしてません!」

 粋華はブンブンと顔を横に振った。

 いたた……と頭を押さえるダニロに、ペコリと頭を下げた。

「ありがとうございます!」

 本人を目の前にして、もちろん本音は言えないだろう。

 でも、ダニロの気遣いを感じられて、私の心は温かくなった。

「ああ、気をつけてな!」

「はいっ!」


 今朝は、昨夜の天気とは打って変わって晴れ渡り、明るい太陽が輝いている。地面に積もった真っ白な雪に反射して、領主の広い庭は、眩い光に包まれていた。


 そんな中、5色に輝くジェットコースターに乗り込んだ討伐部隊は、領主の館を後にした。



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