45. 治療完了!
イザベラと、彼女と共に騎士らの看病にあたっている他の3名の看護者と一緒に、重症患者がいるという屋敷の奥へと案内された。
そこには先程と同程度の広さがあったが、テーブルや椅子、食器棚、2台のベッド等の家具が置かれており、手狭く感じる。
ベッドには、それぞれに金髪の男性と、赤毛の男性が寝かされていた。
二人は私達が部屋に入っても、反応なく静かに眠っている。
イザベラは男たちの様子を確認すると、表情を曇らせ、粋華とマリアに暗い声音で告げた。
「この方たちは、こちらに運び込まれてから、ずっと意識がありません。毎日、治療魔法を施し、何とか命を繋いでいる状態です。それも、いつまでもつか……
スイ様……、希望があるとしたら、あなたの魔法しかありません……」
3名の看護人たちは目を伏せ、しくしくとすすり泣きを始めた。
「分かりました。やるだけやってみます」
私はそう言うと、まずは赤毛の男性が寝かされているベッドの横へ立った。マリアさんは男性の胸に手を当てる。
マリアさんの肩に手を置き、目を瞑って集中する。
意識がないということは、脳や脊髄にも損傷があるのかもしれない。
それらの修復にも意識を向けながら、すべての器官が正常に働くようにと願いを込める。
白く眩い光が部屋の中に満ち、あまりの眩しさに誰もが目を開けていられない。
数分後、光が治まり、みなが恐る恐る目を開く。
「ふわ~~~」
大きな欠伸をしながら、赤毛の男性が体を起こした。
「あー、腹減ったぁ……って、え!? ここ何処だ!?」
イザベラは口を押え、目を見開く。
他の面々も、涙の乾ききらない顔で、驚きの表情だ。
「信じられない……!」
と、口々に呟いた。
ふぅー、なんとか上手くいったようだ。
本当にマリアさんはすごいなー……!
尊敬の念がこもった粋華の視線を受けて、マリアも『良かったですわ』と嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
よし! では、次いってみよう!
金髪の男性にも、同じように治療魔法をかける。
こちらも無事に意識を取り戻した。
治療が終わりベッドから飛び降りた彼らは、先に回復していた騎士達と喜び合い、ダニロへ報告すべく、軽い足取りで本館へと駆けていった。
それを茫然と見ていたイザベラは、彼らがいなくなるとガクッと膝をついた。
「イザベラ様!」
「まあっ、どうなされましたか!?」
イザベラは床に座り込み、俯く。
「……こんな数分で完治させてしまうなんて……。ここ数日、わたくしがやってきた事は何だったのでしょう……」
イザベラは粋華を、恨めしそうな顔で見上げた。
「国一番の治療魔法師などと称えられて、調子に乗っていたのかもしれません……。本当に恥ずかしいことです」
イザベラは周りに支えられ、ふらふらしながらも立ち上がる。
「この度は、スイ様のお力で、無事に騎士達の治療が完了いたしました。本当にありがとうございます」
彼女は他の3人にも指示を出し、みんなで深々と頭を下げた。
「い、いえっ! それは、ここにいる、フィアリーズのマリアさんの力です! それに、確かにマリアさんの治療魔法は凄いんですけど、彼らが無事だったのは、イザベラ様のおかげですよ。今日まで命を繋いでくださったから、治療することが出来たんですし……!」
粋華はわたわたと手を振って焦る。
マリアさんの手柄を横取りしちゃいけない!
マリアはイザベラたちを見下ろして、優雅に微笑む。
『スイ様の言う通りですわね。あなたもよくやりましたわ』
「は、はい……! マリア様!!」
最初、何故か冷たい対応をしてきた彼女たちだったが、手柄を横取りされた形になったにも拘らず、騎士らの全快を喜び、こうして私とマリアさんに感謝している。彼女らの性根が善良で、綺麗な心の持ち主なのだと推測された。
「はぁー……。それにしても、患者が全員いなくなっちゃって、私達、やる事がなくなっちゃったわね……」
背の高い、筋骨隆々の男性が、そう言って、やれやれと笑った。
ん?……彼って、おねえさん?
「……そうですわね。ちょっと、休憩いたしましょうよ!」
イザベラに付き従っていた彼女より少し年上に見える、侍女らしき女性がそう提案すると、みながうんうんと同意した。
しかし、私には気になる事が。
「あのー……、街の人々の中にも、魔獣に怪我を負わされた方はいませんか? その方たちも、治療したいと思うのですが……」
「ああ、それならば大丈夫です。イザベラ様がすでに治療なさっておいでです」
ええ、とイザベラが頷く。
「この街に保護した民らは、それほどの重症患者がおりませんでしたので、すでに治療が終わっております。……残念なことに、すでに亡くなっていた方もおりまして、わたくしではどうしようもありませんでした。……それは、マリア様も同じですわよね?」
粋華とマリアは頷く。
そっかぁ……もう、やれる事はなさそうだ。
いそいそとお茶の準備を始める女性を残し、私達は彼女らがいつも休憩に使っているという、庭が見える大きな窓のある部屋へと移動した。
外はあいにくの曇り空。さっきよりも暗くなった空から、チラチラと雪が降り始めている。
庭に植えられた木々は、大半が葉を落とし、せっかくの外の景色も寒寒とした印象を与える。
暖炉に灯った火が、パチパチと音を立てていた。
イザベラが他の3名を紹介してくれる。
お茶を淹れてくれた女性は、やはりイザベラの侍女であった。名はネリー。
何故か侍女のネリーもイザベラの隣に腰かけており、お茶うけにと、小さな焼き菓子がそれぞれの前に置かれた。
「スイ様。侍女も同じテーブルにつくことをお許しください。彼女は元々、わたくしのお友達なのです」
イザベラはすまなそうに、眉を下げる。
私は全然気にしてないと首を横に振る。
お城のメイドさん達もみんな貴族のご令嬢だったし、きっとイザベラの侍女もそうなんだろうと推測する。
あと二人、地味目な女性ナターシャと、おねえ(?)っぽい男性トビアスは、イザベラのお弟子さんだそうだ。彼らも治療魔法の使い手らしい。
「さあ、お茶が冷めてしまうわね。いただきましょう」
粋華らは、紅茶を飲みながら一息つく。
「美味しい。体が温まりますわね」
お菓子を頬張り、みんなの顔が緩んだ。
「ああ、美味しいわね! お菓子なんて久しぶり!」
「ええ、特別な時にと、残しておいたお菓子ですから」
硬くて日持ちしそうなそれを、ガリガリと頬張った。
昼を食べていない私は、糖分が取れてホッとする。
物資が不足している今、どうやらお菓子は贅沢品らしい。
食べ終わって一息つくと、チラチラとこちらを伺う彼女らの視線が気になった。
「もう、気持ちは分かりますが、露骨に見過ぎですよ」
イザベラがそんな彼女らを注意する。
「イザベラ様、早く伺いたいですわ。いいでしょう!?」
そう言ったネリーに、ナターシャとトビアスもうんうんと勢いよく頷く。
戸惑う粋華の前に、ネリーは一冊の本を差し出す。
「これは……?」
えっと……、何々……?
本の表紙には、でかでかと大きく、こう書かれていた。
「月刊 王立騎士団クラブ 10月号 今月の特集! 騎士達の休日ファッションとお気に入りお出かけスポット!」
ネリーは顔を赤くして俯く。
「先月のファンクラブの広報ですわ。こちらの記事を拝見しまして、スイ様には是非とも伺いたいことがございますの……」
「私達、王立騎士団ファンクラブに入ってるのよ! しかも、全員、討伐部隊の隊員推しよ!」
トビアスが目をキラキラさせ、乙女のように手を胸の前で組んで、鼻息荒く身を乗り出した。