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異世界で戦闘玩具職人に任命されました  作者: 夏野あさがお
第二章
103/127

43. 悩める領主

 

 街の人々が驚愕の顔で、5色に光り、空中を移動するジェットコースターに乗った私達を見上げている。


 電気も車もないこの世界は、乗り物と言えば、馬か馬車か、人力車だ。

 宙に浮く見慣れない乗り物に乗った私達を見てパニックに至らないのは、先頭に乗った熊……じゃなくて、クラウディオさんの剣の師匠で、以前は王立騎士団隊長、後にこの街の領主を勤め、今は北の砦の隊長であるダニロが、笑顔で手を振っているからであろう。

 彼は経歴を鑑みて分かるように、この地に住む民にとって、知らない者はいない有名人。その彼が笑っているなら安全だろうと。

 この熊のような大男の笑顔は、それほどの説得力があった。

 

 大きな通りを抜けると、円形の広場に出た。

 正面にはステージが設けられ、広場を囲う様に、屋台が並んでいる。串焼きやお酒、お菓子などが売られていて、美味しそうないい匂いが、昼を食べていない私のお腹を刺激する。


 ステージでは、ちょうどカラフルな衣装を着て、派手なメイクを施した道化師が、ステッキを使ってジャグリングをしている最中であった。

 しかし、私達の登場で、ステージ前で盛り上がっていた見物人の視線を、一瞬で奪ってしまった。彼の手から離れたステッキは、次々と自身の頭に直撃した。そんな彼自身も、頭に受けた痛みより、目の前に現れた元領主の姿に釘付けになっている。

 お酒のカップを手に持った顔の赤いおじさん達も、酔いが醒めてしまったのか真顔だ。


 突然のダニロと奇妙な仲間たちの登場で、一瞬で静かになった広場。

 彼はそこに集まっている民を見回しながら、陽気な声で吠えた。


「こりゃあ、邪魔をしてすまんな皆の者! 祭りを楽しんでおるかー!?」

 

 人々の顔がその途端、一斉に笑顔に変わる。


「「「おおーーーー!!」」」


 彼と同じように拳を突き上げ、さながらコンサート会場のようだ。女性や子供の、甲高い黄色い声も混じる。


 そこへ、広場の責任者らしき上等な上着を着た年配の男性が近づいて来た。

「ダニロ様、これは一体……?」

 年配の男性は、ジェットコースターに乗る私達を目線で示した。

「おお! 上手くいっておるようだな、ご苦労! 彼らは王都から来た騎士だ!」

 

 そして、ダニロは周りに向かって、大声で言った。


「王都から、支援部隊が来てくれた!! ここへ避難してきた民たちが集落へ戻れる日も近いであろう!! だが今は、存分に祭りを楽しむがいい!!」

 

「「「うぅおおぉーーーー!!!」」」


 先程よりも、ますます大きな歓声が返ってくる。

 人々の顔はみな笑顔で、高揚感で満ち満ちていた。


「よし、こんなもんでいいだろう。後もよろしく頼むぞ」

「かしこまりました」

 目の前の男性はダニロへ深く頭を下げる。

「さあ、次は領主の館だ!」

 ワッハッハ!と大声で笑う熊……もといダニロと討伐部隊を乗せたジェットコースターは、彼の実家へと向かったのだった。





「父上!! あなたは一体、何を考えているのですか!!!」

 

 大人しそうな若い領主の怒鳴り声が聞けるのは、ここ領主の館に入っておよそ30分後の事だ。

 領主の館についた我々は、領主の邸宅玄関ホールで、すでに知らせを受けていた領主の出迎えを受けた。


「ようこそお越しくださいました、王立騎士団討伐部隊の方々。私がここノーデングレンゼを治めるファルコ・ベルマンです」


 真面目で誠実そうな若い領主は、挨拶を済ませると早速、メイドに言いつけ、私達を広い応接間へと案内させた。

 領主には、私は隠さず異世界人として紹介された。

 もう下手に隠すよりいいと判断されたようだ。

 ジェットコースターに乗って来たのを、バッチリと見られてしまっているしね。

 驚いた顔はされたが、思ったよりは無反応だった。


 それより気になるのが、この領主様、機敏な物腰で健康面に問題はなさそうなのに、何だか顔色が悪い……?

 疲れてるのかな?


「では、書類の準備がありますので、部屋でお待ちください」

 急いで二階へと駆け上がるファルコ。

「おおっと、俺も報告書を持ってこないとな!」

 クラウディオから騎士団関連の書類が入った分厚い封筒を受け取ったダニロは、自室へ向かおうと階段の横を通る。

 その時、階段途中でピタッと動きを止めたファルコが、振り返ってダニロを睨みつけた。


「ん? 何だよ」

 ニヤニヤと馬鹿にした顔で見返すダニロ。

「……このっ」

 何か言いたそうな唸り声を出したものの、そのままファルコは二階へと消えた。

 ダニロはやれやれといった顔で奥の部屋へと入って行く。


 この二人って、親子なんだよね?

 ちょっと不穏な空気……

 こんなやり取りって、彼らの親子関係は大丈夫なのかな……?

 

「お待たせいたしました。こちらが今回の報告書になります」

「確かに受け取りました。こちらが、王都からのリストです」

 応接室のテーブルに向かい合って腰かけたファルコとクラウディオは、お互いに書類の束を渡し合う。

 私や討伐部隊のみんなは、クラウディオさんの後ろに立ったまま控える。

 両者はすぐに書類をめくり、その内容を確かめ合う。


「ほれよ! これが今月の報告書だ!」

 大きな封筒に入った書類を、ダニロは投げて寄越した。

 クラウディオはそれを上手くキャッチすると、中身は見ないで私に差し出す。

 私はコクンと頷いて受け取った。

 

「おいおい! それは国の重要書類だぞ! 異世界人の小娘なんぞに持たせて大丈夫か!?」

 クラウディオは書類をめくる手を止めないまま、「大丈夫だ。問題ない」と冷静な声で告げる。

 ダニロは唸り声を上げながら、不満そうな顔で私を見ている。


「アージル」


 私が肩から下げた鞄の口を開けて呼ぶと、『はーい!』と可愛い声でドラゴンに似た羽を広げ、精悍な顔つきの粘土人形が飛び出して来た。

「これを持ってて。王都へ運ぶ大事な書類だからね」

『はい! お任せください、スイ様!』

 片手を顔の前に出したアージルは『オープン!』と収納魔法を開いて、その中へ封筒をしまった。


「ほほう! こいつもフィアリーズか! 収納魔法とは珍しい! だが、こんなちっこい奴に預けたら、簡単に誰かに奪われてしまうんじゃないか!?」

 ダニロは可笑しそうに目を細めて、アージルに手を伸ばして掴みかかる。

 アージルはサッと空中で躱す。


「なかなか速いな! では、これはどうだ!!」

 彼は腰に下げた剣を抜くと、素早い動きでアージルに切りかかった!

 余裕で右へ左へと避け続けるアージル。

 突然始まった大立ち回りに、慌てて部屋の隅へ避難し、あっけにとられた表情で彼らを見つめる私を含めた討伐部隊一同。


 そんな中、ファルコとクラウディオは書類確認の手を止めない。

 この二人は、ダニロさんの奇行に耐性があるのか、全くの無視だ。

 いつもの事と、慣れちゃってるのかな?

 あ、でもファルコさんの額に青筋が!?


「はぁ……やるじゃないか。では、これはどうだ!?」

 ダニロの瞳の奥がギラリと光った。

 人の目には捕らえられない、凄まじい速さの一太刀がアージルを襲う。

 

 思わず目を瞑った私だが、衝撃音は聞こえてこない。

 そっと目を開けると、剣を握るダニロの手首を、アージルがガッチリと掴んでいた。

『もう! 何なんですか、この人は! スイ様、手首を折ってもいいですか?』

 アージルは小首を傾げ、可愛い声で聞いて来た。

「え!? いや、それは……止めたげて?」

 

 「なにおう!」と、振りほどこうとするダニロの腕をアージルの小さな両手がグイグイと上へねじり上げる。

 痛みに顔を歪めながらも、ダニロは踏ん張る。真っ赤な顔に脂汗が浮かんできた。


「くっ……ここまでか!……参った」

 手首を解放されたダニロは、ガックリと肩を落とした。

「いやいや……アージル殿だったか。貴殿の強さには恐れ入った。これなら安心して報告書を任せられる」

 大きな右手を前に差し出す。

 小さな右手を出したアージルと、がっしり握手を交わした。


 そこへ、慌てた様子の執事が部屋に駆け込んで来て、ファルコに耳打ちする。

「……何!? あの奇怪な乗り物で広場に入った!? 街中の民に知れ渡っているだと!?」

 ファルコさんの顔色がどんどん青くなっていく。

「……ク、クラウディオ殿……。あの乗り物で街を練り回ったというのは本当ですか……?」

「ええ」

「異世界人の存在は極秘事項なんですよね? なのに、街中にあの乗り物の存在が知られてしまった……?」


「ワッハッハ! まあ、いいじゃないか! みんな喜んどったぞ!?」

 またまた豪快に笑うダニロだったが、一方、ファルコは青い顔のまま俯き、拳を握りしめ震えている。

「またか……また父上かぁ……」

 何やらブツブツと呟く息子に、ダニロは心配になり彼の肩に手を置く。

「おい、どうしたファルコ……」


「父上ーーー! あなたは一体、何を考えているのですか―――!!」


 ファルコの怒りが爆発した。


「家を失い、家族を失い、集落に住んでいた人々は失意の中にいるのです!

 なのに、突然、祭りを開くと言い出して! 反対する私の言葉も聞かず、あなたの独断で開催された!

 囮になってくれた騎士達の傷もまだ癒えていないと言うのに、何を浮かれているのです!

 周辺の森や畑は魔獣どもに荒らされ、王都との輸送路も絶たれている今、食料を切り詰めて生活しなければいけない時だというのにっ!!」


 ファルコの目からは、ポロポロと涙が零れ落ちた。


「お、おい! 落ち着けファルコ……」

 ダニロは大きな体でオロオロとうろたえる。


「私は……もう、どうしたらいいんだ! 次から次へと問題が起きるのに、父上はさらに問題を積み上げる!」

 ファルコはグシャグシャと髪を掻きむしった。

「おい、そんなにすると頭が禿げちまうぞ!?」

「ああ、もうこれだからっ!!!」

 ファルコは止めようとするダニロの手を払い睨みつける。父ダニロの言動すべてがファルコの気に障るようだ。


 そんな時、クラウディオのいつもの冷静な声が二人を止めた。


「ファルコ殿、あなたが先程おっしゃった心配事の内、2つは、我々が来たことで解消されるでしょう」


「「え!?」」

 ダニロとファルコ。親子の声が重なった。


 

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