42. 水幻の都
北の砦の上空で、しばらく様子を伺う。
「どう? マーク」
「うん、魔獣の気配はないよ。降りても大丈夫そう」
ジェットコースターは、ゆっくりと高度を下げ、砦の門の前に着陸する。
砦を囲む石で出来た壁は所々崩れているものの、何とか形を保っていた。しかし、太い木で組まれている門は破壊され、バラバラになって地面に転がっている。
土の地面には、血のような赤黒い模様が、あちらこちらに見られた。
クラウディオと騎士達は、警戒しながらも門の中へと入って行く。
何日か前に起こったばかりの戦いの痕を目の当たりにして、背中を嫌な汗が伝う。目の前にある門の中には、見たくもない凄惨な光景が広がっているかもしれない。
憂鬱な気持ちを抱えたまま、重い足取りで騎士達の後に続いた。
門を入ると、広い空間があった。砦まで石畳の道が続き、広場の隅には小ぶりの大砲が3台置いてある。ひっそりと置かれたそれは、今回の戦で使われた様子はない。
広場をキョロキョロと見回すと、地面に骨のようなものが落ちているのに気付いた。
ホレスが走って確認に行く。
「魔獣の骨のようです!」
その言葉に、私達はホッと息をつく。
「……仲間を食べたのかな……?」
ボソッと呟いた私に、アルフレッドが笑顔で明るく返す。
「魔獣の群れっていっても、種族もバラバラみたいだし、死んだ魔獣を他の魔獣が食べるのは普通だよ」
「あ……そっか、そうだよね」
私も顔に力を入れて、無理に笑い返した。
砦の中へと進むと、たくさんの魔獣の足跡と、壊された棚や木箱の残骸が散らばっているのが目に入った。
「よし、手分けして中を調べろ。何かあったら大声で知らせろ」
クラウディオの指示のもと、騎士達はバラバラに分かれた。
「スイとリョウ殿は俺と一緒に行くぞ」
クラウディオさんの後を、私と稜くんはビクビクしながらついて行く。
稜くんは、ここでの戦闘を遠くからとはいえ見ていただけに、私よりも青白い顔をしている。私は時折、彼の背中に手を添えて、励ますように一緒に回った。
部屋を次々と覗くも魔獣の爪痕や足跡が残っており、ベッドは切り裂かれ、窓は割れ、家具は破壊されていた。食糧庫は荒らされ、瓶が割れ、中身がこぼれた調味料以外、食料は残っていない。
しかし、どの場所にも、外にあったような血の跡は見当たらなかった。
一通り見て回った私達は、結局、魔獣にも人にも、ありがたい事に死体にも遭遇しないまま、再び入口前に集合した。
クラウディオは安心したような顔で頷く。
「思った通りだな。よし、移動するぞ」
『おかえりなさーい!』
門の手前で待っていたジェットコースターに入ったフィアリーズの5姉妹は、戻って来た私達を明るい元気な声で迎える。
全員が乗り込むと、クラウディオの指示で空高くに昇っていく。
「これから行く先は、魔獣たちには知られたくない。先程よりも上空を高速で移動するぞ」
『うふっ、分かったわ!』
『うーん、わくわくしちゃう!』
『まあっ! もしかして隠れ里ってやつ?』
可愛らしい5姉妹の声が飛び交う。
「まあ、そうだな。この方角に行ってくれ」
クラウディオは腕を上げ、東を差した。
「いひひ、行ったら驚くぞ」
ホレスさんの声に後ろを振り向くと、彼は私を見てニヤリと笑った。
張り切って飛ぶ5姉妹のおかげで、あっという間に目的地に着いた。
「ここだ」
クラウディオの指示で、ゆっくりと開けた草地に下りていく。
ジェットコースターから降りたクラウディオ以外のみんなは、キョトンと立ち尽くす。
「んん? えっと……何もない……ですが?」
私は周りをジロジロと観察した。
遠くに山々が見えるものの、草原が広がった一体には、人工物は何もなく、人っ子一人見つからない。
私は首を捻ってクラウディオさんを見上げた。
「ここで、間違いないんですか?」
その時、背後から驚きの声が上がった。
「うわあ! 本当に聞いてた通りなんですね! 全く分からない!」
ロイさんだ。
「これが噂の水幻の都か……」
フリッツさんは、何もない前方を見つめている。
「見ていろ」
フッと笑って右手を前に出したクラウディオは、ブツブツと魔法の詠唱を始めた。
彼の手を中心として、直径2メートルほどの桃色の魔法陣が、前方にポウッと浮かび上がる。それがグニャリと円を描くように歪むと、魔法陣があった場所だけ景色が変わった。
その円形に空いた空間の向こうには、城壁と鉄格子で出来た門、そして門兵の姿が見える。門の向こうには、町が広がっているようだ。
「「おおー!!」」
ロイさんとフリッツさんの歓声が上がった。
「……すごいな」
アルフレッドも思わず感嘆の声を出す。
私と稜くんは、口をポカンと開けていた。
「……さすが異世界」
「……魔法スゲー……」
まるで違う次元の扉を潜るように円形の穴を通り中へ入ると、外から見たのとは別の景色が続く。内側からは、外の景色が普通に見えている。
不思議そうに入口を眺める私の横にクラウディオさんが並んだ。
「この街はな、全体を覆うように水の膜が張られている。外側からだと、どの方向から見ても、町の向こう側の景色が映る。町の場所を知り、入る方法を知っている者しか、町の中には入れない」
おおー! マジックみたいだね。
ロイがそうそうと話しに加わる。
「だからこの町は水幻の都って呼ばれているんだ。水の幻ってね。この国でも、一般人には知られていない町なんだよ。まあ、騎士団員は知ってて当然だけどね。町の正式名称は……あれ?何だっけ。まぁ、水幻の都で通じるけどね」
そう言ったロイさんは得意そうだ。
うっ……騎士団員は知ってて当然かぁ……
言葉の勉強はしてるけど、その他の勉強はあんまりやってないしなぁ。
「そうなんですか。すいません、勉強不足で……。今日、初めて知りました」
私が頭を掻いてアハッと笑うと、ロイさんへ他の騎士達の突っ込みが一斉に入る。
「お前だって、今日初めて見たんだろ?」
「入り方も分かんねえくせに偉そうに」
もう少し詳しく言うとねと、アルフレッドが、ロイの説明の捕捉をしてくれる。
「水幻の都って呼ばれてるけど、正式な街の名前はノーデングレンゼだ。この街と北の砦は北の大国ターネットからの侵攻を防ぐ目的で作られたんだ。王都にいる騎士よりも戦闘経験が豊富で、手練れの騎士達が常駐してるんだよ」
「ほー、さすがアルフレッド」
「ロイ、お前もこんくらいスラスラ言えるようになれよ」
「うう……はい」
みんなの激しい突っ込みに、ロイさんはガクンと肩を落とし項垂れた。
魔法陣の穴から入った私達の後ろからぞろぞろとついてくるジェットコースターと羽の生えた馬を見た門番は、驚いて剣を抜き、大声で仲間を呼んだ。
剣を構えた3人の兵が、門を塞ぐように私達の前に立ちはだかる。
「ここで待て。話をしてくる」
クラウディオは兵たちに近づき何やら話すと、こちらに戻って来た。
「また魔物に間違えられちゃいましたかぁ……」
「ああ、異世界人の事は、この街にももちろん、まだ知らされてないからな」
待つこと数分。
ガッチャンガッチャンと鎧の音を響かせて、数名の騎士達が街の中から走って来た。
バーン!と勢いよく門を開けると、
「クラウディオー!!」
先頭を走って来た、日に焼けて頬に傷のあるワイルドでダンディーな男性が、野太い大きな声を上げながら、クラウディオを抱きしめた。
うわっ! びっくりしたー!
熊が吠えたのかと思ったよ……
私は思わず後ずさった。
よく来たな、元気だったかと嫌がるクラウディオの頭を撫でる男性は、しばらくそうした後、やっと私達に気付いた。
クラウディオはボサボサになった頭を直しながら、私と稜くんを紹介した。
「何!? 異世界人だと!?」
このワイルドな男性は、辺り一面に響く大声を上げて驚いた。
あのー……いちおう極秘事項なんですが?
「ああ、声が大きいって!? すまん、すまん!!」
あのー……全然、声のトーンが落ちてないんですけど?
「よ、よろしくお願いします。スイです」
「り、稜です。よろしくお願い……」
「ハッハッハッ!! そうか、そうか! よろしくな!!」
私と稜くんの肩を、グローブのような大きな手の平でバンバンと叩く。
地面にめり込むかと思った……
強烈な打撃攻撃に、私は自身の肩を押さえ、涙目だ。
クラウディオは苦笑すると、男性を紹介してくれた。
「こちらはノーデングレンゼの前領主で、北の砦の隊長ダニロ殿だ」
えっ!?
ダニロさんって、クラウディオさんの剣の師匠で、前の騎士団隊長の!?
事情が分からない稜くんの為に、耳に口を寄せ、コソコソと教えてあげる。
稜はコクコクと頷いて、サンキュと笑った。
そんな二人の様子をジッと睨んでいたクラウディオの肩を、ダニロがガシッと掴む。
「で、こいつらは何なんだ!?」
ミントとジェットコースター5姉妹を見ながら顎をしゃくる。
「ああ、それは……」
クラウディオの説明を聞いたダニロは、またも大声でワッハッハ!と笑い出した。
「フィアリーズがなぁ! こいつぁ、すごい!! 俺も是非ともこいつらに乗ってみたい!!」
え!? 隠す方向じゃないのっ!?
驚く私達を残して、ダニロはジェットコースターの先頭に、嬉々として乗り込む。
「お前たちもさっさと乗れ! 街に入るぞ!!」
クラウディオとホレスはダニロ隊長の後ろ、2両目に並んで乗り込んだ。
「……あの、いいんですか?」
戸惑う私に、クラウディオは大きなため息をついた。
「この人は言い出すと聞かないんだ。お前たちも乗れ」
私と稜くん、他の騎士達は顔を見合わせながらも、指示に従った。
ゆっくりと低い高度で、ジェットコースターは街の中へと入る。
お店が立ち並ぶ大通りは、大勢の人々で賑わっていた。
奇妙な乗り物に乗った私達を、街の人達は驚いて見上げる。
ダニロ隊長はご機嫌に両手を上に突き上げながら、街の人々の注目を浴びていた。