41. 粘土のジェットコースター
同時に光り出した5つに分かれたジェットコースターは、別々の色に輝いている。
ちゃんと、それぞれにフィアリーズが入ってくれたようだ。
『ただいま帰りましたー!……って、あれ!? もしかして、また新しい仲間ですか!?』
可愛い声と共に、ゴツイ見た目のアージルが窓から飛び込んできた。
「もう帰って来たの? すごいね! 早かったじゃない!」
私は両手を上げて、アージルをハイタッチで迎える。
数日ぶりの再会に、みんなでわいわいと喜び合った。
『まあ、僕の速さならこんなものです。ミラさんも速かったですしね。行きはちょっとお互いムキになってしまいまして、競争しながら飛んだんですよ。まあ、僕が勝ちましたけど』
アージルは真面目な顔を装っているが、口の端が自然と上がっちゃってるぞ?
おっと、ジェットコースターはどうなったかな?
激しい光は、やがて収まり、仄かな光を放っている。そして、ふんわりと浮かび上がると、部屋の中を飛び回り始めた。
それを稜は、ポカンと口を開けて見上げている。
「……うわー……本当に動き出したよー」
しばらくして降りて来たジェットコースターは、横一列に綺麗に並ぶ。そして、左から順番に自己紹介を始めた。
紫色が長女のリタ。オレンジ色が侍女のオルガ。赤色が三女のパメラ。灰色が四女のスーゾ。ピンク色が末っ子の五女ピア。
へぇー五人姉妹かぁ。珍しいよね?
『実は、私達も皆さんのようにスイ様の役に立ちたいと、ずっと周りにいたのです。しかし、なかなかいい機会が訪れず……。それが、今回の体はちょうど5人分! まさに私達の為の体ですわね! 運命を感じました!!』
『そうですわー!』
『キャー! 私、嬉しーい!!』
『幸せですわー♡』
5人姉妹は興奮してビョンビョンと飛び跳ねる。
おうっ……これは、かしましい子達が入ってくれたね……
私や稜くん、先輩フィアリーズ達は彼女たちの勢いに押され、若干引きながらも、無事挨拶を終えた。
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依頼された乗り物が完成したことを伝令兵に言づけると、すぐに王が待つ謁見の間に連れて行かれた。
クラウディオさんと討伐部隊のみんな、そして稜くんとフィアリーズ達も一緒だ。
私はいい加減もう慣れたものだが、新しく仲間に加わったフィアリーズ達や稜くんは、終始緊張した様子だった。
いや、あのフィアリーズ5姉妹は、キャーキャー楽しそうだったが。
予想通り、この謁見では、王から私や稜くんも討伐部隊のみんなと共に、北の砦への出立命令が下った。
王との謁見を済ませると、大急ぎで出立の準備をして、中庭に集まる。
そこにはすでに、ルディ王子と、その護衛の騎士達が待っていた。そして、いつものように、ハインリッヒさんやドーラさん、ベッティさんや文官さん達、そして珍しい事に、ヨドーク将軍とゴッツ隊長の姿まであった。
この二人は、いつもセットで出てくるね……
思わず顔をしかめてしまう、私を含めた討伐部隊の面々。
そんな私達の嫌がる雰囲気をものともせず、ヨドーク将軍は私達へと堂々と歩み寄って来た。
「ふん、北の砦は頼んだぞ。王都の事は我々に任せるがいい。お前らが帰ってくるまでに、事は終わっているだろう」
その斜め後ろでは、ゴツイ大男のゴッツが将軍の言葉に合わせ、うんうんと頷いている。
クラウディオは将軍と隊長に、真剣な顔で頷いた。
意外にもそれに、二人も真面目な顔で頷き返す。
「頼みます」
クラウディオの言葉を聞くと、二人は早々にお城の中へと消えていった。
あれ? 最後まで見送ってはくれないんだね。
そして、綺麗なピンクのドレスが近づいてくるのが見える。
「ああ、間に合いましたわ!」
やっぱり、エミーリア王女だ。
その後ろを、いつもの如くサリーさんが息を切らせて追って来た。
「エ、エミーリア様……、な、何度言えば……!」
息が苦しそうで、言葉にならない。
彼女と同じく全力で走って来たはずのエミーリアは、そんな自分の侍女に「あら、大丈夫?」とケロッとした顔を向けた。彼女は王女らしからぬ体力があるようだ。
「スイ、皆さん、どうかご無事で」
王女は両手を胸の前で握った。
稜くんは、王女の美しさにポーッとなっている。
ああ残念、稜くん、彼女にはもう婚約者がいるんだよー……
スッと横から美しい少年が私の手を取った。
ルディ王子だ。
「スイ、あなたが無事に帰って来るのを待っています」
天使のような微笑みを私に向ける。
「あ、ありがとうございます」
もうね……
有難いけど。確かにこんな可愛い子に手を握られて嬉しいけども。
でもねぇ、うーん……いつまでも王子にこんな事をさせるのは良くないと思うんだ。
よし、ここはもう、ハッキリ言っとくか!
私は王子の耳元へ口を寄せると、そっと囁く。
「王子、王様に強要されてるんですよね? すみません……実は私、22歳なんです。歳が違いすぎるので無理ですと、王様にお伝えください」
「えっ……」
王子は大きく目を見開いて茫然としている。
固まる王子を残して、私達は王都を出発した。
目指すは北の砦だ。
私と稜くんは先頭の車両、5人姉妹の長女リタさんに乗っている。その後ろがクラウディオさんだ。討伐部隊のみんなも後ろの3両に乗っている。
途中ですれ違う事が予想される魔獣の群れに見つからないように、高めの高度で飛ぶ。
後ろからは「おおー!!」と興奮した騎士達の声が聞こえる。
すでにかなりのスピードだが、彼女らの実力はこんなものではない。
「もっと速さを出せますよね?」
『ええ! 任せてちょうだい!』
さらにグンッとスピードが上がった。
後ろを振り向くと、必死でミントがついてくるのが見えた。
引き離されはしないかと心配だったが、大丈夫そうだ。
私はホッとして前を向く。
ジェットコースターを作るにあたって、もう一つ気を付けた点があった。
ミントに乗った時に感じた、空気抵抗だ。
せっかく高速で飛べるのに、それに私が耐えられず、気を失う事態に陥ってしまった。
それからは、全速力で飛ぶのは控えてもらっている。
今回はそうならないように、空気抵抗を受けないよう、願いを込めて作った。
今、この速さで飛んでなんともないので、上手くいったようだ。
願っただけでその通りになるなんて、本当にチート。
そのおかげで、移動中でも会話ができる。
「お前たちに北の砦について、説明しておこうと思う」
クラウディオさんは、異世界人の私と稜くんに、詳しい説明をしてくれた。他の騎士達はもう常識レベルで知っている事のようで、各々好き勝手な会話を楽しんでいる。
彼の説明を聞いて、北の砦が襲われたにも拘らず、あまり悲壮な様子ではなかった謎が解けた。
連絡が取れない知らせを受けた時は、とても心配そうだったのにね。
実は、今回の襲撃で、おかしな点がいくつかあったようだ。
「まず、魔物が接近中に、呑気に砦で構えているだけなのが不自然だ」
北の砦には、実は何人もの魔導士がいた。他の地域に比べ、一番他国や魔獣に警戒していたのが北の砦で、ここは王都に次ぎ、警備が強固だ。
「まず、魔導士の大規模魔法を展開する」
魔法の罠を仕掛けるそうだ。これで大群を分裂させる。
「リョウ殿は、魔法の使用はなかったと言っていた。多分、すでに大半は砦から移動していたのだろう」
「……でも、残った騎士達もいたんですよね?」
「多分、目くらましだろう。囮だ」
「……じゃあ、その人達は……」
「いや、心配ないと思う。マリア殿には及ばないが、国一番の治療魔法の使い手が砦にはいる。だが、これは俺の推測だ。現地へ行ってみればはっきりするだろう」
「後は、事前に決めておいた救援要請の合図がなかった事だな」
「救援要請の合図?」
「そうだ。光の魔法を空へ飛ばして、大きな爆発をさせるんだ。実は知られていない隠された砦がいくつかあってな。合図が王都に伝わるようになっている」
へぇー花火みたいなもんかなぁ……
不謹慎だけど、ちょっと見てみたい。
「他の砦の者達も、リョウ殿も、そんな合図はなかったと言っている。救援要請は必要ないという判断だと思う」
「でも、救援要請は必要ないとして、状況報告はなされるはずですよね。それがないっていうのは……」
「ああ、その理由も、行ってみれば分かると思う」
王都を出たのが昼近く。
しかし、まだ日が高い時刻に北の砦に到着した。