40. 眠れない夜
廊下をずんずん歩くクラウディオは、不機嫌な顔をしたまま、腕を掴む手は緩めない。
「ここでいいか……」
彼はそう言うと、真っ暗な空き部屋の中へ、粋華を連れ込んだ。
窓から入る二つの月明かりのおかげで、時間を待たず目が慣れ、お互いの顔が分かるようになった。
クラウディは粋華と向かい合ったまま、しかし、何も言葉を発しない。
ヘビの生殺し……!
言いたいことがあるなら、早く言ってよー!
沈黙に我慢出来なくなった私は痺れをきたし、自分から話を振ることにした。
「す、すいませんでした! 勝手なことをして……!」
頭を深く下げて、目の前の気難しい上司の反応を待つ。
「はぁー……」と、大きなため息に続き、意外にも気落ちしたような、彼の弱々しい声が静かな部屋に響いた。
「……俺は、そんなに頼りないか。相談も出来ない程に」
いつもの無表情ながら、月が落とした影が、彼をいつもより寂しげに見せた。
ブンブンと手を横に振りながら、私は焦って否定した。
「いえいえっ! クラウディオさんはお城の仕事や剣の御師匠さんのことで、いろいろ忙しかったり、気苦労が多そうだったし……。私は、自分で出来る範囲のことをやろうと……みんなの役に立ちたいと思って……」
クラウディオは粋華の両肩をガッと掴むと、屈んで顔を近づけた。
「お前に何かあったら、それこそみんなに迷惑が掛かると自覚しろ!……だが、お前が役に立ちたいと思って行動したことは理解している。……もっと、俺に頼ってくれ! お前の問題は、俺の問題でもある!」
肩が引き寄せられる。
……え? え!?
粋華の顔は、大きな逞しい胸板に押し付けられていた。
クラウディオは両腕で、彼女の体をすっぽりと包んだ。
「お前に何かあったら……いいか? 今度からは勝手な行動はするなよ……と言っても、お前はまた無茶しそうだな。これからは、ずっと俺と行動を共にしろ。見張ってなけりゃ、危なくて仕方ない」
両腕に力を入れて、小さな背中をギュッと抱きしめる。
「覚悟しろよ。お前が逃げようとも、ずっとついて行くからな」
耳元でそう告げ、頬にそっと口づけをする。ビクッと微かに震えた粋華を、もう一度しっかり抱きしめた後、力を緩め、そっと開放した。
粋華は林檎のように真っ赤な顔をしたまま、何も言い返せず茫然と立ち尽くす。
覗き込んで、そんな粋華の顔を確認したクラウディオは、満足そうに微笑む。
「では、部屋まで送ろう」
当然のようにクラウディオは粋華の手を取ると、暗い廊下を並んで歩いた。
部屋に戻ると、ミントとライディはもう眠っていた。当然、シェルも。
粋華はベットに入り、頭まで布団にもぐる。
「ギャーーーー!! 何あれ、何あれ!?」
みんなを起こさないよう小声ながらも、思わず布団の中で絶叫し、見悶えた。
顔の火照りはなかなか引かず、ドキドキとうるさい胸の音で、疲れているはずなのに、眠れない夜を過ごしたのだった。
翌朝、粋華の部屋を訪ねた稜と一緒に、朝食を取ることになった。
彼の元気な顔を見てホッとした。私の時とは違い、バシリーさんに襲われることはなかったようだ。
しかし、生憎、睡眠不足で頭がはっきりしない。首や手を回しながらストレッチをして、何とか頭を働かせようと頑張る。
うう……頭が重い……
目をしばしばとさせている私に、稜は元気に話掛けてきた。
「昨日はありがとうな。マリアを貸してくれて」
睡眠時間は短かったはずだが、スッキリとした顔の稜が、爽やかな笑顔を向けてくる。
うっ……ちょっと、眩しいっ……
思わず目を細め、片手で遮った。
「……昨日より元気そうだね。ちゃんと、休めた?」
「ああ、マリアにいろいろと教えてもらって助かったよ。俺、スイカさんよりこっちに来て長いのに、全然この世界の事、分かってなかったからさぁ」
『うふふ、熱心に聞いて下さる姿が、可愛らしかったですわ』
「ちょ、何だよそれ!?」
二人はふざけて手を出して、じゃれ合っている。楽しそうだ。
そんな恋人同士のような光景を、生暖かい目で眺める。
もうすっかり打ち解けたようで微笑ましいが、マリアさんって稜くんもタイプの範囲内なんだなぁ。確かに稜くんって、純朴そうで、愛嬌があって、顔もまあまあだし、ちょっと可愛いかもしれない。
『スイ、目が怪しくなっとるで』
!! いかん、いかん。
ライディの指摘は無視して、昨日から気になっていた事を聞いてみることにする。
「ところでさぁ、稜くん。ちょっと“粋華”って発音おかしくない?」
「え、なんで? スイカはスイカだろ? 夏に食べる……」
「違うっ! そうじゃなくて、こうです!」
私は紙とペンとインクを持ってきて、漢字で名前を書いた。
赤ちゃんの名づけの時みたいに、大きく書いた紙を掲げる。
「へぇー、粋華かぁ。いやあ、てっきり普通のスイカだと思った」
普通のスイカってなんだ、普通って!!
スイカ(西瓜)なんて名前、変だろう!
そこへ、メイドのドーラさんが朝食の準備を始めてくれた。
その後ろから、何故かクラウディオさんも入って来る。
は!? なんで!?
聞きたいが、まだマークが来ない~~!
ドーラさんは、テーブルの上に3人分の朝食をテキパキと並べている。
唖然と見ていた私の元へ、ベットに連れられ、マークが眠そうに欠伸をしながら現れた。
「おはよう! スイさん、稜くん!」
「おはよう~スイ……」
元気なベットとは裏腹に、マークは昨日の疲れが残っているようだ。目が開いていない。
もしかしたら、二人分の言葉の翻訳は、よけいに魔力を使うのかもしれない。
マークが現れたのを確認したドーラさんは、ニッコリ微笑んで私に告げた。
「これからは、魔導士様もご一緒に朝食を召し上がるそうです」
「え、何で!?」
「これからは」……って? え? ずっと……って事?
私の疑問に誰も答えてくれないまま、軽く当たり障りのない会話だけを交わしながら食事を始めた。
忙しいからであろう急いで食べるクラウディオさんに合わせ、私達も早急に朝食を終える。
先程までマリアさんとじゃれ合っていた時と違い、稜は長身で威圧感のある彼を前に、終始緊張した様子だった。しかし、お城のコックが作った料理に、「こんなまともなもん食べるの久しぶり~」と、感動して目に涙を浮かべていたのは、気のせいではないと思う。
口をナプキンで拭ったクラウディオは、稜に早口で問いかけた。
「北の砦の件を、もう少し詳しく聞きたい」
ベットも真剣な顔で身を乗り出す。
ああ! なんだ~
稜くんから話が聞きたかったんだね!
クラウディオとベットが突然やって来た理由が分かった私は、ポンと一人、膝を叩いた。
「……と、こんぐらいしか分かりません。……すいません」
説明を終えた稜はペコッと頭を下げた。
「いや、いい。大体分かった。謝る必要はない」
悲痛な顔をしている稜の肩を、クラウディオはポンポンと叩く。
それから2時間程経った時、日本にいた頃の話で盛り上がっていた私と稜くんの元へ、息を切らせた騎士が現れた。
「お二方に、王から緊急の依頼です!」
私と稜くんはお互いの顔を見た。
「よし!っと、こんなんでどうかな?」
私は額の汗をぬぐいながら、出来栄えを眺める。
「ちょ、粋華さん! ここ! こんなもん付けないでよ!」
稜くんは、私のこだわりポイントの小鳥のオブジェを指さした。
「シンプルにカッコよくがコンセプトだろ!? 余計な飾りは必要ないって! クラウディオさんもそう思いますよね!?」
稜が様子を見に来たクラウディオに尋ねる。
「えー!? 可愛いのに……」
口を尖らせた私が言うも、クラウディオはオブジェを一瞥すると、「いらんな」と冷たく言い放つ。
「じゃあ、これは撤去しまーす!」
稜はオブジェを外して、表面を平らに整える。
「……よし! 今度こそ完成だ!!」
大量の藁と粘土をつかった私と稜くん、二人の作品が完成した。
その名も、“空飛ぶ粘土のジェットコースター”だ!
そのまんまだ!
スタイリッシュな未来の乗り物を意識して、流線型のボディは、極力飾りを排除してある。わずかに左右に小さな羽が付けてあり、ロケットのような雰囲気だ。
シートベルトはないが、安全性重視の気持ちを込めて作ったので、多分大丈夫。もちろん、最大の魅力である、スピードも重視だ!
二人で並んで乗る形の車両を、5台作った。連結して連なって飛ぶ仕組みだ。定員は10名。しかし、もちろん、粋華か稜が乗らなければ、人を乗せて飛ぶことは出来ない。
王からの依頼は、「討伐部隊のみんなを乗せて、早く移動できる乗り物を作れ」というものだった。
4台あれば、部隊のみんなと、粋華と稜、全員が乗れるが、4という数字は縁起が悪いという事で、5台になったという経緯がある。
依頼を受けた時、どんな形にするか稜くんと話し合った。
普通に飛行機? でも、翼が大きくて、邪魔じゃない? 翼が小さくても飛べると思うけど、大人数のる飛行機に小さな翼って、ダサくない?
汽車? 船? それらの空飛ぶ乗り物はアニメでもお馴染みだ。しかし、大きくなりすぎじゃない? フィアリーズが入る前に、ペチャンとつぶれそうだ。軽くするために壁や天井を省くと、不自然じゃない?
魔女の箒とか? 大勢乗ったら、すごく長くなるよね。みんなが棒にまたがって……って、カッコ悪くないか? いや、普通に股が痛いって!
魔法の絨毯? ……うん、なかなかいいかもしれない! 座り心地も良さそう。え? ジェットコースターがいい? もう、仕方ないなぁ。
……と、こんな調子で稜くんの案に決定した。
「へへ、乗り心地はどうだろうな」
うずうずしている稜くんをたしなめる。
「まだ乗っちゃ駄目ですよ。フィアリーズ達が入ってからじゃないと、強度がないですから」
「分かってるって!」
稜は、いたずらっ子のような目をして、イシシと笑った。
2人乗りずつ連結するタイプは、マークの忠告を聞いて決めた。
「異世界人一人と、フィアリーズ一人の魔力では、大勢を乗せるだけの魔力が足りないかもよ?」と指摘を受けた。
「何人ものフィアリーズが協力すれば出来るかもしれないけど……」
おお! じゃあ、何台かに分ければいいんじゃない!?……と。
まあ、それだと魔法の絨毯は無理だしね。
ああ、絨毯で飛んでみたかった……
でも私にはミントがいるもんね。彼ほど素晴らしい乗り物はないだろう!
そうこうしているうちに、空飛ぶ粘土のジェットコースターが光り出した。
「うわー! スゲー……」
稜は大きく目を開き、パチパチと瞬きした。
*スイカ(西瓜)っていう名前、粋華は「変!」と言っていますが、これはあくまで粋華の主観です。
作者は素敵な名前だと思いますよ!