マンドラゴラの起源【夏のホラー2018参加用】
(マンドラゴラの説明以外)100%フィクションです
【マンドラゴラ、またはマンドレイク】
マンドラゴラは、ナス科マンドラゴラ属の植物です。
毒性が強く麻薬効果があり、いにしえには鎮痛、鎮静、下剤などに利用されたそうです。
根茎は複雑に枝分かれし地中に張り、引き抜こうとすれば強い力が必要で、何本もの根がちぎれます。
そのとき、耳障りな音がかなり、します。
こんにちでは、さらに不気味な属性を付与されて語られています。
そうなったのはある年のある村の出来事が原因でした。
その年、大陸の東から、黒い大きな鎌を持った死神が国を超えて空を覆いました。
死神の名を流行病といいました。
死神の鎌に触れられると高熱を発し、体は赤黒く腫れ、斑点が出て、下痢や嘔吐に苦しみ、
3日ほどで死んでしまいます。
人々は性別、年齢、貴賤の区別なく、それらに触れられて倒れ、亡くなっていきました。
たちまちどこの街でも墓はいっぱいになり、大きな穴を掘ってそこに死体を投げ入れることととなりましたが、そこもじきにいっぱいになるというありさまでした。
ところで、ある半島の中部の国の、人の住む村から遠く、馬車で半日はかかる黒い森の入り口に、魔女と呼ばれる女がひとり住んでいました。
むかし、魔女の一家は、親が罪を犯したかどで村を追われ、ここに居をかまえました。
しかし、それがどんな罪だったのか、はっきり知っているものは、ほとんどいません。
もしくはぬれぎぬであったのかもしれません。
魔女の両親は、農民でしたが、向学心があり、下位の領民にはめずらしく文字の読み書きを覚え、身につけておりました。
そして村の重要な決めごとなどでは重宝されておりましたが、どこから手に入れたのかわからない、農民としては分不相応な知識や、意欲が、異質なものとうつり、村をまかされている司祭などの不安や不興を買うことがあったのかもしれません。
それできっかけがあれば、理由をつけて彼らを村から遠ざけておきたかったのかもしれません。
ともかく、親がなくなったあとも、そのひとり娘は、森に住んでおりました。
彼女は好んで森にとどまり、薬草の研究や虫の観察などをして気ままに暮らしていました。
ときには気味の悪い虫や縁起の悪い草にも平気で触れる、そんなありようが気味悪がられて、魔女と呼ばれ、妙齢の女性になっても、言い寄るものもいませんでした。
しかし、彼女の家には、特定の花のミツを集める蜂の巣からとったハチミツや、希少な薬草など、得がたい品物がありましたので、それらを手に入れるため、たまに、近隣から村人が塩や衣類など、交換するものを持って、彼女の森にやってきました。
その暗黙に認められた、わずかな交流をもつほかは、彼女と村は、距離を保って生きてきました。
名前は、正確には伝わっていませんが、メアリという説が有力です。
----------------------------------------------------------
その、恐ろしい流行病がもうすぐ村にやってくるかもしれないことを、メアリは事前に知っていました。
メアリは文字の読み書きができたので、自分を訪ねてくる薬商人や問屋を通じて本を手に入れたり、内密に彼女に文書を読み書きしてほしい裕福な商人などの仕事を、多少しているうちに、その情報にふれたのです。
流行病は恐ろしかったですが、とりあえずあちこちから集めた聞いた情報で、森や自分の畑で手に入る薬草を煎じて飲みました。
ほどなくして森から一番近い村が流行病の鎌にかかり、あっという間に村の人の三分の一を越える死者を出す事態になりました。
このままでは村は絶滅するかもしれません。
若者までもがかなり倒れたとき、村の取りまとめ役の長が数人の村人とともにメアリのところにやってきました。
彼らは病にかからないメアリには何か魔女のわざがあるのではと、すがる思いで、司祭には秘密でまじないを頼みにやってきたのです。
メアリは、自分が飲んでいた薬草を村人にも処方し、薬草を浸けた熱湯に入るなどの方法も教えました。
しかしこれはまだ病にかかっていない人にはともかく、すでに病にかかってしまったものを回復させる効果はありませんでした。
メアリは、発病したものの死を回避するすべを問われ、方法はひとつあると答えました。
それは南東のほうで治療にあたった博士が考案した処方でした。
その方法は、病そのものを治すことはできませんが、症状や進行を一時的に止めて、死を回避し、その間に有効な治療法を探すというものでした。
メアリは説明し、数人の聡い村人が、それを半分ほど理解しました。
メアリと村長たちは、話し合ったのち、とりあえず当面は死を避けることはできそうな術を行うことにしました。
それで、日々、共同墓地に掘った穴に、感染者を投げ込むかわりに、彼らをなんとか森まで運びました。
長は、まだ病になっていない村人の中から、数人の丈夫な人たちを手伝いとして用意しました。
メアリは、知っている限りの予防を彼らに施しました。
メアリとその助手たちはまず、メアリの野菜と薬草畑の植物をすべて抜き、掘り返し、さらに広くしました。
次に薬草と塩水をまぜて、畑の土の中に深くすき込みました。
それから、その畑に等間隔に、縦に穴を掘りました。
そして症状を発症して日がたち、もう今日、もつかどうかという病人たちを運ぶと、服を脱がせ、
穴の中に立たせ、そのまわりを薬草と塩水を混ぜた土で埋めました。
村から来たものたちはおそるおそるメアリにたずねました。
「これはどういうまじないですか」
「まじないではなく、処方よ」とメアリは答えました。
----------------------------------------------------------
病人たちは、首から上だけを土から上に出した状態で、畑に植わりました。
等間隔に列をつくってならんでいるそれは、茶色や黒のふさふさした毛が生えた,
目鼻がある瓜やかぼちゃが並んでいる、奇妙な畑にも見えました。
埋めている村人も、埋まっている村人にとっても、それはたいへん奇妙で怪訝な処方でしたが、首まで薬の泥に埋められた村人は、確かに、からだを焼く燃えるような熱と骨をかじられるような痛みがスッとおさまったと感じました。
確かに、その療法は一定の効果があったのです。
ただ、魔女の薬畑から這い出てしまうと、もとの通り耐え難い発熱と、からだの痛みに襲われ、死の秒読みが再開されます。
魔女が、もしくは他の医者が、この病を根本的に治す方法を見つけるまで、彼らは、こうして魔女の薬畑に埋まり、命をつないで、待つしかないということになりました。
埋まっている間、村人たちは薬草の成分を吸収し、命は無事ですが、そのせいで常に意識が朦朧としていました。
からだの活動をゆるやかに止めているので病気の進行も止まっていると魔女は説明しました。
村人たちが日々の村仕事の合間に来て、口まで運んでくれるわずかなスープが、植わっている病人たちの命をつなぎました。
作業を手早く行うため、助手たちとメアリは、病人たちの開けた口の中にひしゃくで少しずつスープや薬水を注いで回るのですが、はたからみたらそれはさらに異様な光景でした。
メアリは病人たちを回復させる方法を探し続けました。
「知っている薬商人や博士に手紙を出しているわ」
「よろしくおねがいします」
メアリは、今まで、仲良くしてもらうことを期待していませんでしたが、はじめて村人に信頼され、重要な話をされ、いのちを預けてもらい、少なからずうれしく感じていました。
こんなにたくさん、村のいろいろな人と近くで話し合ったのもはじめてです。
これを乗り越えれば、これをきっかけに彼らとあともう少し親しく暮らすこともできるかもしれない…。
そういう生活も、いいかもしれない。
メアリは、なんとか、村人たちを助ける方法を見つけよう、と思いました。
しかし、このような状況では手紙がちゃんと行き来することもおぼつかなく、メアリと村人は、少しでも流れてきた人から情報が入ると、それらを試してみることにしました。
もう少し北で行なわれた処方で、瀉血が効果があったと聞いてきたものがいました。
畑には、薬草と相性があわず、処方されていてもほっておけば死にそうな人々も数人いたので、メアリと村人はその中のひとりの男を引っこ抜き、処方を試すことにしました。
しかし、その処方も役に立たず、彼は死んでしまいました。
メアリと村人はうなだれましたが、
「間に合わなかったのかもしれない。次は、まだ余裕のありそうなものに行ってみよう」
となり、次の試験者を選びました。
畑から、またひとり、病人が引き抜かれました。
他の畑の村人は、もうろうとしつつも希望と絶望が入り混じった目で、首から上だけを土の上に出した動けないからだで、それを見ていました。
魔女と村人は、引き抜いた病人に処方を試しましたが、やはり効かずに病人は死んでしまいました。
「この処方を行った地方とこの地方では、食べ物や気候も違うから、ききが違うのかもしれない」
魔女と村人は落胆しながらも、回復の療法を求めて研究や探索を続けました。
そして、新しい療法を聞いたり、思い当たる薬草や施術があると、放っておいたら死にそうな病人を掘り出して、試していきました。
ひとり、またひとりと、隣のおかみさんやパン屋だったものが、引き抜かれ、そして戻っては来ないのを、ぼうっとする頭で、他の埋まった村人たちは、日々見ておりました。
列はそのたび、歯抜けになりましたが、じきに新しく発病したものでその穴は埋められました。
日よけや害獣よけがほどこされながら、療法が見つからないまま日はたちました。
だんだん、薬漬けの病人たちは、自分たちがなぜここにいるのかもわからなくなることも多くなり、ぼんやりした気分で、減ったり増えたりする仲間を見ていました。
----------------------------------------------------------
そうしたころ、村から一番近い、といっても馬で一日はかかるところにある寺院から、僧侶が数人、村にやってきました。
彼らはこの国で最も力を持っている宗教の聖職者たちで、村にある小さな堂の様子を見にやってきたのです。
といっても、病が怖いので距離を保ち、まずは村を見渡せる背後のやや小高い丘の上から、村の様子を特別なガラスをはめた筒で見ていました。
そうやってあちこち見てまわったあと、森の近くにも住まいがあると聞いていたので、帰りに森の近くにも寄ってみました。
探索していると、開梱された畑のような空間が目に止まりました。
近づいてみると、何か瓜のような大きさの黒っぽいまるい物体が列になって植わっています。
「これは…?!」
そこで見たものは、人の首が畑にずらりと埋まっている、奇妙と言うには、いっそ冒涜的な光景でした。
濁って焦点のあわない目をした首がいっせいに彼らを見ました。
見習いを含めたまだ若い僧侶たちは、「ひっ…」と思わず悲鳴をもらし、あとずさり、神の名を唱えました。
そして、馬をかえして、いっしんに寺院に逃げ帰りました。
報告を受けたその寺院の長は、ただちに領主の城に出向いて訴えました。
「あの村では森に住み着いた魔女が、疫病をいいことにおぞましいわざを行っております。
村の幾人かは疫病の治療と申しておるようですが、あのようなもの、治療のわけがありません。
その畑に埋められた人間たちのありさまといったら、顔は赤く目はうつろに変わり果て、熟れきってはじける瓜のよう、その光景は悪夢そのものでした。
他の村人も悪魔にまるめ込まれているようです。疫病というのももしかしたら魔女が呼び込んだせいかもしれぬ、魔女が村人をこんなにしてしまったに違いないのです。
あれは悪魔と契約するなんらかの儀式を行うためです。
一刻も早く、手を打ちましょう。
場合によっては村ごと焼き尽くしても、その行いをとめねばなりません」
この僧侶は、かつての同僚を不慮の事故でなくしていました。
事故はその同僚がむかし、断罪して処刑した魔女の呪いのせいだと言われていて、その魔女の拘束には自分自身も加わっていたため、魔女のわざというものをとても恐れていたのです。
領主の前で話を聞いていた役人と、お城づきの高僧も大きく、確信を込めてうなずきました。
「それは悪魔の儀式に間違いありません」
こうして、準備が整うとすぐに、城の兵士と僧侶の一団が村に向けて出発しました。
彼らは、ひたすら馬をとばして、夜には魔女のいる森の入口に着きました。
----------------------------------------------------------
兵士と僧侶は、二手に分かれ、まず兵士たちが数人で、メアリと手伝いの村人たちを
小屋から出ないよう、扉や窓を封印し、中にいた彼らを閉じ込めました。
本当はメアリたちのからだを拘束するのが筋でしたが、魔女とその使い魔かもしれないものに、じかに見られたり、触れたりするのが怖かったのです。
そのあいだ、もう一方の者たちは、畑に油をまきました。
夜の畑の、うねのあとの上、ときどき動く、黒く点々とならぶ奇妙な丸い物体を避けて、城から派遣されたものたちは、そろそろと、おびえながら作業しておりました。
特別に僧侶たちのわざで蒸留された、神の祝福を受けた油と酒もまきました。
埋まっている村人たちは、うつらうつらしていましたが、強い油と酒のにおいと、ぬるっと額を流れる冷たい感触に目を覚ましました。
ひとりの男が、これは年のいった腕のいい細工物師でしたが、起きて低く響く声でよばわりました。
「なに、しとるんだ…?もう、飯の時間かの?」
僧侶と兵士たちはとびあがりました。
「ひっ、つ、使い魔がしゃべった!」
「聞くな、呪いにかかるぞ!」
「早く!早く火をつけて焼き払ってしまえ」
僧侶と兵士たちは震えながら畑から走り出ると、たいまつをとりあげ、我先に畑に流した油たまりの端に投下しました。
黒い煙が立ち上った後、火柱がたち、畑に線上に這って広がりました。
あっというまにあたりは炎に照らされて夕暮れ時のように明るくなりました。
酩酊状態の病人たちも、焦げる異臭と熱さに、意識を覚醒させました。
「ひ、火だ!」
「なに?どうしたの?火事?」
「助けてくれ!早く掘り出してくれ!」
「熱い!熱いよう!」
「お父さん!お母さん!」「誰か!」「神様!」
たちまちそこらじゅうから老若男女の入り混じった声があがります。
僧侶と兵士たちはおびえ、畑からもメアリの家からも少し離れたところで、ひとつに固まって、護符をかざし、震えながら耳を塞いで、やりすごしていました。
頭だけ上に出した使い魔はまるで人間のように吠え、自分たちを見つけると訴えてきます。
「こっちを見るな!」
もしかしたら今にもおぞましい獣のようなからだで地中から飛び出て、襲ってくるのでは?
すぐに畑はすべて篝火のようなひとつの炎に包まれ、同時に、気が狂いそうな悲鳴の合唱に包まれました。
たすけてーーええーーーええ
かみさまあああああーあああ
いやーーーーーああああああーああ
兵士たちは耳をふさぎました。
聞いたら呪われる、死んでしまうと、必死でみかわした顔に書いてありました。
村人たちの首は、なすすべもなく、炎の中であっというまに燃え尽きて、灰になっていきました。
メアリと助手は、小屋の中で異変をかぎ、聞いておりましたが、扉と窓が打ち付けられ、また小屋の外に2,3人の見張りもおり、外に出ることができませんでした。
かろうじて、木組みの小屋のわずかな節のすきまから、外の兵士たちの様子をのぞき見ることができました。
そこへ異変を感じ取った村人の長が、数人の村人を連れて駆けつけてきました。
長は、燃え尽きようとしている畑を見るとぼうせんとたちすくみ、次に両手をあげてくすぶる畑に向かって駆け出し、地に身を投げて嘆きました。
兵士の長は、村長に近づいてその身分と、知っていることを問いただしました。
村長は、膝でいざって兵士長の足にすがりつき、いつもの恐れ多さもわすれてその体をがくがくとゆすりました。
「なんちゅうことをしてくれた、うちの息子もいたのに…まだ、まだ生きていたというに…」
村人たちもくずおれ、兵士や僧侶たちに
「なぜですか、なぜですか。悪いまじないなどではなかったのに」と泣いて訴えます。
「そんなはずがないだろう」
「でも、字が読める他の商人も、ここでは手紙や本に書いてあることを協力して行っていると証言したんですよ!」
「そんなことは…」
「魔女とはいえ、薬湯をのんだものはまだ病気にかかっていないのです、それもよくないわざのうちなのですか」
「ああ、うちのひとが燃えてる…たとえ悪魔だって燃やすなんてあああ…」
村人たちの嘆きに気おされ、兵士たちの心にほんの少し、自分たちのしたことに対してほんの少しの疑念がさしました。
もしかしたら、万にひとつ、呪いの儀式ではなくて、本当に、ただの治療だったという可能性が、そんなことが、ありうるだろうか。
もしもそうであったとしたら、自分たちのやったことは…。
いや、だとしても、疑われるような形態で、あやしげな治療を、許可もなく行うとは、それ自体が、魔女なのだ。
兵士の長は気を取り直し、つばをのみこむと頭を一度、ぶるぶると振りました。
そしてきっとこうべを上げ、ろうろうとした声で言い放ちました。
「目を覚ませ、領民たち!ここにあったわざは、確かに呪いだった。疑いようはない!」
兵士長は咳払いして、メアリの小屋を指しました。
「あの魔女は、お前たちに頼られたをいいことに、お前たちを悪魔との取引の材料にすべく、騙していたに過ぎない。
この目で見たのだ!」
自分自身にわいた疑念を払うように、いっそう断定的で、堂々とした力強い口調でした。
「いまここで燃やしているもの、これらは、野菜なのだ」
「…野菜?」
村人たちが阿呆になってしまったようにぱかっと口を開けてつぶやき返しました。
「そうだ、呪いをかけられた野菜だ。掘り出そうとすると、呪われた声を発したので、
まるごと焼くしかなかった。
人間が野菜にされてしまったのか、それとも、植えられた時点ですりかえられ、連れてきたお前たちの家族は、野菜の養分にされてしまったのかもしれぬ。
どちらにしても、おぞましい呪われた植物だ。
我々がみたのは、確かに、ひとめは、人間のようにみえるが、しっかり見れば、たしかに野菜であった。
人間のように見えたのは、魔女のまやかしである!」
兵士長は述べ終わると、そうだなと同意を求めるように僧侶たちをかえりみました。
僧侶たちは、かたまってただ驚いて聞いておりましたが、聞いているうちになるほど、そうであったかと思いはじめ、弁舌が終わるころには、確かにそうであるに違いない、という気持ちになっておりました。
一度目に見た記憶をまやかしだったと言われれば、いまは夜の畑でしたし、恐ろしくて、目を背けながら作業していましたから、そう言われたら、そうでないという証拠のほうがありません。
なんといってもこんな奇妙で、かつ、人間を燃やし尽くしてしまったというような、そんなひどい勘違い、そうそう現実にあるはずがないのです。
僧侶たちは兵士長に急にうながされ、一瞬とまどいましたが、いちど姿勢を正すと、確信をこめた瞳でうなずき、威厳にみちた表情をつくって村人たちを見回しました。
兵士長に邪険にされながらも、なおもとりすがっていた村の長は、
ぼうぜんとつぶやきました。
「野菜でしたと…」
「そう、野菜だ」
「野菜…」
繰り返す村長に、一人の若い村人がおそるおそる声をかけました。
「あのう、しかし、骨が…焼け跡に骨が。
野菜に骨はありませんでしょう」
「そんなふうに見えるのも、それも悪魔の呪われたわざなのだ!」
兵士長のたからかに響く声はその疑問を打ち消してしまいました。
「野菜…」
まだつぶやいている村の長の目の色がフッと変わりました。
まるでカードの表と裏をひっくりかえしたように一瞬で。
メアリは今までつきあっていた村長がその村長ではなく、知らない別の人間になってしまったようだと感じました。
後ろについてきた村人の幾人かの目にも、メアリは次々に、それを見たと思いました。
「そうか…、そう、であったか…」
村長の声は、違う狂気を帯びていました。
兵士と僧侶たちは、最初は自分でもまだ自覚しているところがありましたが、
主張しているうちに、ますます、本当に今、言っていることが真実だったという気がしてきました。
なんといっても相手は魔女、自分たちの目をくらますために、野菜に魔法をかけて人間の頭部にみせ、からかうくらいのことをしてもおかしくありません。
そうだ、きっとそうだったに違いないぞと兵士長は思いました。
態度はますます堂々として、立派になっていきました。
たとえ焼け跡に人間の骨のようなものがごろごろしていたとしても、それも悪魔のなせること。
すべて叩き壊して埋めてしまおう。
みんな騙されていたのだ。
あとには清めた水をまいてこの地に神の祝福を取り戻す。
いつのまにか、魔女のわざを始末する手順の話しに、村人たちも加わっていました。
誰もこんなひどい現実を受け止めきれなかったのです。
メアリは、終わりを悟りました。
兵士長は、村長たちを僧侶たちにまかせると、魔女の捕獲にかかりました。
「おまえとおまえ、小屋に入って魔女を引っ立ててこい」
「…しかし、魔女に見られると呪いを受けますよ!どうやって行うのですか」
「それは僧侶にまかせれば…」
「ひっ、勘弁してください、呪い殺される」
若い僧侶は半泣きになり、首を横に振りました。
「ではいぶりだせ。小屋に火をかけろ」
兵士たちは小屋に油をかけ、火矢を屋根に放ちました。
火が回りきらないうちに、小屋の扉の封印を開放し、魔女とその使いが転げ出て来るのを待ちました。
しかし、火が小屋を舐めつくし、ごうごうと燃え上がっても、扉から逃げ出てくるものは誰もいませんでした。
小屋は、見ている兵士たちと村人たちの前で、燃え尽きて崩れ落ちました。
兵士たちは、魔女が中で燃えて死んでしまったかと、少々あせりました。
魔女は連れ帰り、裁判にかけ、神の名のもとに裁きを受けさせねばならないことになっていたからです。
しかし、引っ立てていくのも難儀でしたから、焼けてしまったということになれば、それはそれで、失態ではありながらも、ほっとすることでした。
----------------------------------------------------------
メアリとその助手は、小屋が焼け落ちる頃、小屋が立っていた後ろの丘の、反対側の斜面に抜け出ていました。
小屋の下には丘を貫く秘密のトンネルにつながっている脱出口があって、もしものときにはそこから森の向こう側に出られる仕組みになっていたのです。
メアリは、小屋から持ち出せた携帯できるだけの貴金属や貨幣、携帯できる食料を背負うと、少しだけ持ってきたハチミツをひとびん、ともに脱出した助手にあげて、そこで助手と別れ、
森をどんどん駆けて、逃げました。
小屋と畑から十分離れると、メアリは指笛を吹きました。
するとメアリと懇意にしていた大きな、立派な白い鹿が夜の森のなかから、駆けてきました。
メアリは、その背にさっとまたがると、あっとういうまに森を駆け抜けて、見えなくなりました。
その後、このいったいで彼女を見たものはいません。
焼け跡には誰の死体も見つからず、中にいたはずの者もその後、誰一人、その領内に再び姿をあらわしませんでした。
事件のあった村では、森に住む魔女がサバトを行ったと言い伝えられ、
消えた大勢の領民は、みな、疫病のため死んだと領主の記録にはつけられました。
ただ、この国の東の国境付近で、ひとりの女性が流れてきて、国境を越える手伝いをした農夫に、特別なハチミツのとりかたや、薬草を使った流行病に対する予防を教えてくれたという言い伝えが残っています。
----------------------------------------------------------
メアリの森から帰った兵士長と僧侶のまとめ役は、高僧と領主に畑であったことを報告しました。
「なんと、村人が薬草がわりの野菜にされたか、もとから、薬草の養分にするために死んだ村人たちを埋めていたのか」
「わかりませんが、魔女の裏庭に似た植物がありました。
これは、すでに抜かれて積んであったものですが、おそらく同種です」
兵士長は紙で包んだものを台に置きました。
高僧はあぶなそうにそれを杖の先で引っ掛けて紙を開きました。
するとぶくぶくした、人の姿にも見える、足のように枝分かれした醜い根菜が現れました。
その場にいた者たちはおう、とおそれて一歩下がりました。
「うむ、確かになんとも面妖な」
「これは、よく魔女やごろつきのあやしい薬問屋が使うマンドラゴラというものではないですか」
「おそらくその一種だろう。あそこにいた魔女は特別に新種のマンドラゴラを作っていたようだ」
「しかし、それは収穫するまえにひとつ残らず焼き尽くしました。ご安心を」
「うむ、もう他にないといいが」
ひとりの若い僧侶が口をはさみました。
「しかし、いまだに、あれは呪いではなかったと言う村人もおるようでして」
「それはあやしい。とらえて尋問するように。魔女の呪いにまだかかっているのかもしれん」
高僧は命じると、この野菜を絵に写しとるようにといい、紙を綴じて部下のほうへ押しやりました。
そのマンドラゴラは、僧侶が絵にうつしとったあと、焼いて埋めました。
「このほどは、新しい知識が手に入った。忌まわしい出来事ではあるが、収穫はあった」
すべてが終わったあと、僧はペンをとり、その絵とともにマンドラゴラの項目に、新しい情報を記録しました。
【マンドラゴラ、またはマンドレイク】
魔女や悪魔使いが扱う呪われた薬草。
主に媚薬、不老不死の薬、呪いその他の魔法に使う。
人間のようなふうていで、時には完全に人間に擬態することもある。
地面から引き抜こうとするとおそろしい悲鳴を上げる。
その悲鳴を聞いたものは、発狂して死ぬ。
完全に成熟すると地中から抜け出して、その二股に分かれた根で、あたりを歩き回る。
非常に悪魔的であり、これを処分する必要があるときには注意せよ。
---終---