No.1
若い女性の中でうずくまる私。
銃声が少しずつ大きくなり、近くでなっているのだと理解する。
悲鳴は聞こえない。人の声は、何一つ聞こえてこない。聞こえるのは、銃声だけ。
一瞬、銀行で順番を待つ私達の前に、銃を持った男達が現れるイメージが流れてくる。私の隣には、あの若い女性がいる。
あれ?ここどこ?
体を起こす。
白いベッド。開かれた窓。揺れるカーテン。人はいない。
また移動した。次は、いろいろな物が置いてある。看護師さんもいる。
病院?
「早く!治療をするから、こっちへ!」
白衣を着た男性。細身で高身長。若い。少し懐かしさも感じる。
怖い。
理由もない恐怖感に駆られ、物の下に隠れる。
大人達は近づいて来ない。少しほっとする。
「ううっ…」
自分の声だ。
痛さで涙が出てくる。胸が痛い。肺なのか、心臓なのか、わかんないけど、痛い。痛い痛い痛い痛い。
助けて。
隙間から、この部屋の扉がよく見える。何か来そう…
ガラッ。
勢いよく開いた扉の先には、汚れた人達。服も肌も不健康な色をしている。灰色と青色が混ざった色。服はところどころ破けている。
ゾンビ。
今までにない恐怖感を感じながら、痛みに耐える。胸の痛みは引くことなく、刃物で何度も刺されている気になる。手の届かない所を何度も、何度も、何度も…
気づくと、扉の所にいたと思っていたはずのゾンビ達が、すぐそこにいた。
私が隠れている場所に近づいて来て、手を伸ばす。その手が自分の所までは来ないとわかっているはずなのに、体を縮め、ゾンビから離れようとする。
隙間から、ゾンビの顔が覗く。白い目。瞳のないその目を見たあと、私は目を閉じていた。
絶対、寝る直前にホラーゲームの広告を見たせいだ。暗闇の中、心のずっと奥でそう考えた。
「まだ手術していないのか!?」
安心する若い男の人の声。最初の白衣の人とは違う声。
目を開けば、ゾンビ達は、扉の方へと追いやられていて、大きな木の板で中に入って来られないように塞き止められていた。
「いつまでそこにいるつもりだ。それでは母さんは無駄死にだろう。」
扉でゾンビを止めている若い男性が言う。
その瞬間、銀行での記憶が駆け巡る。
「お母さん、また胸が痛くなった。」という私の言葉を聞いて、悲しそうな表情になる女性。表情はわかるのに、顔がはっきりとはわからない。現実の母ではないと、冷静に判断する。
銀行にいかなきゃ、そう言う彼女に連れられて、銀行へと向かう。今日は、歩いていこう。彼女の声にしない言葉が聞こえたような気がする。不思議と見覚えがあるような横断歩道を渡り、赤がトレードカラーの看板を見ながら角を曲がる。遠いと思っていたはずの道のりはあっという間だった。
銀行。濃い赤色のソファーに座って順番を待つ。
会ったこともないはずの女性から、普段と違う空気を感じ、時間が進んでしまわないことを願った。この場所から離れがたく思っていると、銃を持った男達が前に現れる。男達が銃を構える。
強盗?
悠長にそんなことを考えている私をよそに、銃を撃ち始める。何が起こっているのか理解できずにただ傍観している。
痛くはなかったのだけれど、小さく衝撃を感じる。私を守るように包み込む女性。
「お母さん!」
私には当たらなかったくせに、お母さんには当たるの?
奴らの方に背を向けているお母さんには、何発も銃弾が当たる。
背中に生温かいものを感じる。ドロッとしている。お母さんが血を吐いたんだ。
お母さん!お母さん!お母さん!
呼びかけたいのに、なぜか声が出ない。
やだよ。死なないで。逝かないで。お母さん!
自分の中では、何かを言っているはずなのに、声帯を通らないで息が出てしまっているような感じ。
高い声を出すとき、頭の上から響かせるように歌えと音楽の先生に指導された。その時言っていたのはそういうことかと納得する。
「お母さんが守ったお前を死なせるわけにはいかないだろ!!」
怒ったような顔。
私は何を恐れていたのだろうか。命をかけるのに、手術なんてかるいものじゃないか。
人の流れ?
階段を駆け下りる人々に巻き込まれる。人々の顔には恐怖と焦りが浮かんでいる。
ふわっ。
体が宙に浮く。
あれ?
「きゃっ」
天井が離れていく。
人にもまれ、あちこちに体をぶつける。額をどこかにぶつけた時、男の人の腕がこちらにのびてきた。
ヒョイッと持ち上げられると、あっという間に人の波から抜け出した。
「お兄ちゃん!」
私を抱える、その人に抱きつく。
「勝手に抜け出したりするから…」
呆れたように言われているけれど、私はほっとした気持ちでいっぱいだった。
それにしても、私ってこんなに小さかったっけ。お兄ちゃんが片手で支えられるほど小さくはなかったはず。だって、私、高校生だし。
流れる景色。新幹線の窓から街を見る。
「熊本県に行こう。」
あの時の白衣の男の人。今は、彼がお父さんなのだと理解している。
「どうして?」
私が問うと、困ったように、手術のためだよと言った。
私の肺は、病気でたまに息ができなくなる。その治療のために熊本県に行かなくてはいけないらしい。
お兄ちゃんが、心配そうに私を見ている。
私は、父と兄には会ったことがなかった。生きてるということも知らなかった。あの日、母が死んだ日、お母さんは私を病院に連れていこうとしていた。その時、父と兄に会わせるつもりだったらしい。
両親は、母方の親の反対を押しきって結婚した。兄が生まれ、何事もなく暮らしていた。
私が母のお腹にいた頃、母方の親が、母を連れ戻しに来た。無理矢理、実家に連れられて、離婚させられた。
その後、生まれた私は、母の実家で幼少期を過ごし、祖父母が亡くなってからは、父の病院がある町に引っ越した。
祖父母は厳しい人達だったけど、そんな過去があるだなんて思いもしなかった。一度も、父の話を聞いたことがなかったので、勝手に死んでいるものだと思っていた。
「君が…。よろしく。」
白衣の男性。優しく私に笑いかけてくれる。
「ここには、君と歳が近い子達がいる。友達になれるだろう。何も心配することはない。」
父の友人だという彼は、私の治療をお願いする病院の院長らしい。
ここは、体育館のような所で、すごく広い。広い割には、あまり人がいないけれど、たしかに、私と歳が近い人がたくさんいる。みんな仲良く話している。
という夢を見た。