第五話 嘘つきな王女
シロトの街の上空までたどり着いた俺は、そこから停止させておいた少女を探していた。
その姿は正門近くの大きな建物の前にあったはずだ。
「お、いたいた」
人々の声が飛び交う通りの中で、文字通り硬直している少女が居る。
俺はその場所に向かってゆっくりと降下していく。
「よ、っと」
落下速度を『抑制』し、俺は石畳の上に華麗な着地を決める。
ちなみにさっきこの街の上で滞空していることが出来たのも、落下速度を極限まで『抑制』していたからだ。
「それじゃあさっさと終わらせましょうかね」
俺は視線の先に居る少女を見ながら呟き、『停止』スキルを解除する。
すると意識を失っていた少女は何が起きていたのかを知る術も無く、取ろうとしていたであろう行動を直ちに開始する。
少女は俺の目の前まで歩き、俺に指を突きつける。
「もう一回言うよ。私の質問に答えて」
「……この辺に来たばっかりなもんで、よく知らなかったんだよ」
俺が用意していた台詞を言うと、やはり少女は思っていた通りの言葉を返してきた。
「世界で共通の通貨制度を、知らないわけないでしょう?」
「――嘘をつくのは、何の始まりか知ってるか?」
「……は?」
俺の口から放たれた言葉に、少女は突然関係のないことを口走られたことと、口走られた言葉の意味が理解できないということ。その二つの困惑の表情を浮かべる。
それを見た俺は、一気に畳み掛けることにした。
「俺の地元じゃあ、『嘘つきは泥棒の始まり』って言葉があるんだよ」
「……それが、どうかしたの?」
少女の頬を一筋の汗が伝い、そのまま首筋へと流れていく。
「――君の言葉には嘘がある。だから俺は、その言葉を君に贈る。通貨制度が世界共通なのは、昔の話じゃないか」
俺が言い切ると同時に、少女はふっと息を漏らす。
そして俺の顔を見て、言った。
「嘘ついちゃって、ごめんなさい。そこまで知ってるんなら、疑う余地は無いわよね」
「そっか、良かったよ。信じてもらえて」
どうやら俺の考えは間違っていなかったらしい。
あの街とその周辺の風景を見る限り、どうやらあの一帯では戦争が起きているようだ。
平原に立ち込める黒い煙。異様なほど強化されている街の外壁と門番の装備。
代金として魔鉱石とやらを要求されたのも、それぞれの街で武器や防具に必要な材料を確保するためなのだろう。
俺は魔鉱石を渡したとて、無事にあの街に入ることは出来なかったはずだ。
どこから来たかも分からない上にこんな奇怪な服を来た不審者を、誰が簡単に通してくれるだろう。
そして戦争が起きたせいで通貨制度が変わってしまったのならば、その前、大きな争いが発生していない時は、通貨制度が同じだったのではないかと考えたのだ。
「じゃ、宿屋に入ろう」
「うん、そうね」
「――あ、それと」
まだなにかあるのか、とでも言いたげな表情をする少女に、俺は指を突きつけて言い放つ。
「ちょっと前から、素が出てるよ」
「――あ」
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俺達は宿屋の一階、食堂に当たるスペースで、腰を下ろして話をしていた。
「すみません。騙すつもりは無かったのですが、外ではあくまでも礼儀正しくするようにと教えられていまして」
「同年代にそこまで畏まった言葉遣いしなくても良くね? あともう素の感じ知ってるから。わざわざ作らなくていいから」
「あ、そういえばそうよね」
さっきと同じ言葉遣いに戻った少女が、一つ咳払いをしてから説明を始めた。
「私はファリスタ王国を治めている現国王、グルーム・ファリスタ国王の血筋の第一王女、キアーナ・ファリスタよ」
うーわ。マジでテンプレってあるんだな。
俺がそんなことを思っている中、王女と名乗った少女――キアーナは、言葉を続けた。
「私を助けてくれてありがとう。その件に関しては、ちゃんと感謝してるわ」
やめろよ。何だよ『その件に関しては』って。
――俺が路地裏で救った少女は、まさかの王女様でした。
ありきたりすぎて、笑えるどころか吐き気がしてきそうなエピソードだが、これも俺の目標を成し遂げるためなのだ。
これもまた、俺の目標が達成されるその時に一歩近づいた瞬間だった。