第四話 崩壊寸前のテンプレート
路地裏から出てしばらく歩いたところで、俺の前を歩いていた少女は足を止めた。
そしてそこで振り返り、横にある建物を手で指し示しながら俺に言った。
「はい、着きました。ここがこの街の宿屋、『成豆』よ」
「ほう、やっぱここが宿屋なのね」
正門を抜けた時に、ちらりと一際大きな建物とそこに群がる人々を見たのだが、やはりここが宿屋のようだ。
俺は前へと一歩踏み出し、宿屋の扉に手を掛ける。
「っと、その前に」
「……? どうかしましたか?」
宿屋に入る前に、確認しておかなければならない事があるのだ。
まずはそれを確認してからじゃないと宿に泊まることが出来ない。
「何でもいいから、お金持ってたら見せてくれない?」
「……は?」
俺の言葉を聞くと同時に、少女は俺から数メートルもの距離を置き、侮蔑と警戒の目を向けてくる。
一瞬何故そんな反応をされたのかと思ったが、よく良く考えれば当たり前のことだった。
「盗ったりしないから! そんなに警戒しないで!?」
「警戒しますよそりゃあ、なんですかそれ!」
「そこからでもいいから渡してくれなくてもいいから見せてくださいお願いしますすいませんでした」
俺は距離を取られたまま、通りを歩く人でたまに見えなくなる少女に、精一杯の謝罪と懇願の言葉を投げかけた。
頭を上下に揺らし、己の出来る限界の力で頼み込む。
そしてそんな俺の努力の甲斐もあってか――
「わ、分かりましたよ。分かったのでそんなに頭を下げないでください」
「え、マジで? ありがとうございますっ!」
何の影響かは分からないが、思わず俺は敬語になってしまう。
ともあれ、お金を見せて貰えなければ無一文の俺は宿に泊まれず、危うくテンプレを外れてしまうところだった。
――テンプレートをなぞったご都合主義塗れな生活が出来てこそ、俺の一番の目標が実行できるのだ。
「えっとじゃあ、とりあえず見せてくれますか?」
「ど、どうぞ」
そう言って少女は、手に持った硬貨のようなものを俺に突きつける。
――あ、別にそこまで信じてもらえたわけじゃないのか。
未だに三メートルほどの距離を置きつつ、硬貨を突きつけてくる少女。
勿論俺の右手にも左手にも、この硬貨は握られてもいなければ乗せられてもいない。
「これが銅貨。この国、いや、この街が存在する国『リマージ』を含めた全世界で使われている硬貨の中で、最も価値が低いとされている硬貨です」
「へぇ、なるほど。……銅貨ってことは、銀貨とかもあったりする?」
今まで読んできた異世界転移モノの中で登場する、一般的な通貨制度を当てはめて訪ねてみる。
「まぁありますけど、私が今持っているのはこれだけですね。――そもそも何故あなたは、お金のことを知りたがるのです?」
「――え?」
マズい。マズいマズいマズい。
初期段階でのヒロインの主人公への疑惑。
普通ならここで、『いやぁ、この国に来たばっかりでよく知らないんだ』とか言って回避するものなのだろう。
だが少女は先程、この通貨制度は世界共通のものだと確かに言ったのだ。
この言い訳が通用するはずもない。
テンプレートの崩壊は、今の俺にとってかなりの痛手となる。
というよりも、そもそもチートスキルを手に入れて異世界に来た意味が無くなってしまう。
打開策を弾き出すため、俺は頭と指をフル稼働させる。
「ちょ、ちょっと? 私の質問に答えてほしいんだけど。さっきから何してるの?」
「――ごめん」
「え」
俺の呟きに反応して近づこうとした少女の体が、一瞬にして静止する。
欠点を取り除いた正真正銘の『停止』スキルを改めて創り出し、即座に使用したのだ。
この『停止』スキルの対象となった者は、自らが止まっていることを認識出来ない。
その上時間制限も無く、使用者の意思によって停止させるかさせないかを決めることが出来る。
「じゃ、一瞬で行って帰ってくるから待っててくれ。……つっても聞こえねえか」
俺は目の前で停止する少女に一瞬の別れを告げ、右足で思いっきり地面を蹴る。
すると周囲の景色が落ちるかのように高速で後方に流れ始める。
「流石に二回目だしな。ちゃんと対策もバッチリですよっと」
色々な事柄の発生を抑えることが出来る『抑制』に、どんな状況でも普段通りに体を動かせる『適応』というスキルを新しく創った。
『適応』のお陰で超速移動中でも身体が自由に動かせる上、止まる時は『抑制』で速度を抑制すればいい。
「さっきはあんなに痛かった風圧が、今は寧ろ気持ちいいぐらいだ」
途中途中で自然に生えている木に衝突しているようだが、ありえないほどの速度と異常に向上した身体能力のお陰でダメージはゼロだ。
そうして少しの間低空飛行を続けているうちに、気づけば周りの景色が一変していた。
「『抑制』っと」
普通なら体が追いつかないほどだった飛行速度が、少しづつ『抑制』されている弱まっていく。
やがて動きが止まった時、俺は見知らぬ街の近くにいた。
「丁度良すぎんだろ俺。ま、とりあえず中に入るか」
またもや『超潜伏』を使い、お金を使わずに街へ侵入――
「すいません。ここって『リマージ』じゃないですよね?」
「当たり前だろう。何を言ってるんだ君は。とにかく、街に入るならお金は貰うぞ」
――でも良かったのだが、どうせ通貨制度を知るだけならわざわざそんなことをする必要がないのだ。
「はは、ですよね。それで、――いくらですか?」
「下位魔鉱石五個だ。さっさと渡せ」
――ほらな。やっぱり俺の思った通りじゃないか。
あの少女の説明には嘘がある。俺を試そうという事なのだろう。
「おい、何をもたもた……ッ!?」
「これにて失礼しまーす! ありがとうございましたー!」
俺はまたもや地面を蹴り飛ばし、上空から遠ざかる門番へと感謝の言葉を叫ぶ。
まぁ多分聞こえてないと思うけど。
「それじゃあ、分かりきってる真意を問い質すとしますか」
遠くにシロトの街を見捉えた俺は、あの少女の嘘の真意を暴くべく、一人静かに決意したのだった。