第三話 ありふれた三文芝居
目の前に佇む、俺と同じぐらいの身長の男。
しかし同じなのは身長と性別だけで、俺が生きていた世界では稀にも見ないような服装、ただ染めたとかいう次元じゃない紅色の頭髪。
いずれも黒髪に制服姿の俺とは大違いだ。
「おいおい聞いてんのかよ? 聞いてても聞いてなくてもぶっ潰すけど……なぁ!」
男はそう言うと同時に、俺に向かって右足を振り上げた。
俺は、反射的に左手で足を払い除けようとする。
俺の左手にはなんの感触も手応えも訪れなかった。
その代わりに――
「……やべ」
「――あああぁぁっ!? あし、足がああぁぁあ!」
苦痛に顔を歪め、唾を飛ばして叫ぶ男。
その体についていたはずの右脚はどこにも見当たらず、その代わりに、右脚の根元にある乱雑に引きちぎられたかのような傷口から鮮血が溢れ出していた。
「そうだそうだよそうだよな! 普通はこうなるよな……! ていうか待って、これ予想以上にきついものが……うぶっ」
狭い路地裏に飛び散った血の臭いと、想像以上の生々しさが合わさり、俺の吐き気を催してくる。
俺は胃液と何かが混じりあったものが口の端から溢れそうになるのを左手で押さえながら、周囲の状況を確認する。
右脚を吹き飛ばされた男は、地面に倒れて痙攣している。
既に鼓膜が破れそうになるような断末魔は発しておらず、目も虚ろになってどこを向いているのかさえ分からない。
――そして。
「ひぃ、あ、ぁう……」
襲われそうになっていた、俺と同じぐらいの歳の少女と思しき人影が、道の端っこで怯えて震えているのが見えた。
――しまった、完全に失敗だ。
刑務所的な場所に入れられても俺は余裕で脱出できるが、それでは意味が無い。
チートスキルを手に入れて、異世界へと飛ばされて、そこからやりたい事がたくさんあるのだ。
俺は空いている右手でスキルを操作する。
どんな状況であったとしても、何が己の身に起きていたとしても、絶対にやり直せるように。
震える指が、半透明な板の上を滑る。
「これで、どうだ。――『遡行』!」
そうしてスキル名を叫んだ瞬間に、俺の意識が吸い込まれるかのよ
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「おいてめえ、ここで何してやがる。そもそもいつからそこに居た?」
数分前に聞いたばかりの声が、再び俺の鼓膜を揺らした。
朦朧としていた意識が、その声によって現実に引き戻される。
「……戻れた、のか?」
目が覚めた俺は、改めて辺りを見回してみる。
男の傷、無し。
壁や地面の血痕も、無し。
「ふぅ。良かった、成功したみたいだ」
俺は深く息をつき、無事にスキルの創造が成功したことに安堵する。
「何をいきなりブツブツと言ってやがる。まぁいい、さっさとぶっ殺してやらぁ!」
「うおっと! やめ、ちょっ」
「油断してたてめえが悪いんだよ! 死ねッ!」
さっきとは違い、男は隠していた短剣で俺に襲いかかる。
そもそも俺の思う『さっき』をこの男が知らないのだから、違う行動をとってもおかしくはないのだが。
「ちょっとした行動で……っこんなにも変わるもんなのかよ、未来ってのは!」
よくあるタイムリープものだと、毎回同じ行動をするヒロインを、毎回同じ行動をする犯人から守るみたいなストーリーがありがちだが、この調子だと主人公が来てる服によって行動を変えてきそうなレベルだ。
毎回全く同じ服装で、全く同じ表情を見せながら、全く同じことをヒロインの前で話さなきゃいけないんじゃないのか。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、自分自身の身に起きている事態への対策も閃いていた。
俺は短剣を振り回す男から距離を置き、右手を男の方に向ける。
「あぁ? なんだてめ」
「『停止』」
「――――」
俺に近づき、掴みかかろうとしていた男の腕が、俺の言葉と同時にピタリと止まる。
俺は完全に硬直した男を横目に、路地裏の真ん中で呆然と俺達の戦いを見ていた少女に近づく。
「おーい、大丈夫?」
「ぇ、あ、あの」
手を振りながら話しかける俺に、少女は何か言いたげな表情。
「あぁ、あれなら大丈夫だよ。見えてはいると思うけど動けないし、生きてるよ」
「い、いや、そうじゃなくて……あなたは?」
「あ、俺? 俺はそ――」
――いや待てよ。これってあれだな。
主人公が日本での名前を口にして、珍しい名前ですね、とか、ご出身は何処ですか? なんて言われるやつじゃないのか。
それじゃあまりにもテンプレ過ぎて、面白味がなさすぎるんじゃ……
まぁいいか。俺はテンプレをなぞって暮らしたいわけだし。
「俺は、宗谷 仁だよ。宗谷が家名ね」
「ソウヤ・ジンさんですか。変わったお名前ですね……?」
「お、おう。せやな」
「ふふ、なんですかその喋り方」
やばい。思った通り過ぎて思わず関西弁が出てしまった。
思った通り過ぎて思わず、ってのも何か変な感じだ。
「あ、それで。宿を探してるんだけど、どこか知らない?」
「宿なら知ってますよ。ついてきてください」
そう言って、少女は路地裏を出る。
そして通りを歩き始めたので、俺はその背中についていく。
雲の間から顔を出している太陽が、俺達を明るく照らしていた。
……そもそも太陽なのかなあれ。