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戦闘員の日常  作者: 和平 心受
戦闘員の日常
33/59

車のライトをステージに


『どうするよ!?』


 通信機の向こう、揚羽が狼狽ろうばいし尋ねる。


 狼狽うろたえるのも最もで、俺たちは《《暴れるだけしか能のない残虐非道の悪の組織》》をあくまで演じなければならない。

 過去一度、それでも逃げ遅れた子供を逃すため苦心した事もあったが、しかしαの場合近くに親が居る訳でもなく、かといってあからさまな保護を公の場で晒す事が果たしてどのような印象を大衆に与えてしまうかという問題に突き当たる。


 適当な場所に現れて意味の解らない破壊活動を行い、最終的には怪人は破れ逃げ帰る。それが今までの組織の動き方であり、それ故に俺たちは国という単位から危険視されることなく潜伏し続けられてきた。


 それは決して遊びで行っている訳ではなく、不完全の怪物の実地テストが組織の主な目的なのだ。

 組織は未だ世界、いや一つの国に対しても攻勢をかけられる力を有していない。


 ならばいっそ腹を括って静かに篭り、力を蓄えた方が建設的だと俺も思ってはいた。しかし悪の組織として結成した背景には勿論誰かしらの思惑があり、その意思は現状を既に疎ましく思うが故に沸き立つ感情だ。


 俺たちの組織は、今すぐにでも世界をどうにかしたい意思と、目的を遂行するために確実性を取る意思との折り合いが、故に現在のような矛盾的行動を取っていると言う結果をもたらしているのだ。


 そして慎重論を取るフレイが指揮を取る日本支部は、その行動に悪役という役割を持たせる事によって敵対心を散らせ、戦闘による技術競争の遅延を図っている。というのが俺の見解である。


 しかし本当のところは、フレイの凝り固まったようなニヤケ笑顔の奥に沈み、知ることは出来ない。


 さて要するに俺たちは凶悪ながらも敗れる結果に辿り着く必要がある訳だ。怪物は倒れれば爆発四散し、気がつけば戦闘員たちは消えて正義の味方の大勝利、と事態は収束される。


『どうしますか、フレイ』


『……っ』


 しかしどうやったのか現場に現れた少女αの存在は、明らかに現状にとってのマイナス要因である。

 

 今すぐ保護をしてしまえば一人分の戦力が損なわれ、標的の排除ならず発見にも至っていない現状手数が減るのは痛手であり、どころか作戦の成否に関わる。当然撤退もαを連れねばならない。一人ひとりがバラバラに逃げる事も多く、となると保護を実施した者の行動阻害割合は大きい。


 逆に保護を後回しにするとなるとαの立ち位置が問題となる。暴れまわる俺たちの近くに有って目を付けられない存在は明らかに目立つ上、下手すると知らない誰か、正義感溢れる善意の者に保護されてしまう可能性もある。


 いっそ諦めて報知してしまうのも手だ。

 俺たちは兎も角、フレイの入れ込み度合いの問題であるが。



 軽食コーナーで周囲を睨み回すフリを継続しつつ、フレイの意識はαの方に取られてしまっているようだった。

 固まる一般客の顔を再度見渡すがやはり標的となる人物は見受けられない。ならばいっそ場所を変えるかするべきである。


『フレイ、気になるなら揚羽たちと交代しては?』

 ニズヘッグのガワからは観察出来ないが明らかにフレイの意思は何処かに行ってしまっている。焦りも感じ始め、俺が進言するのとほぼ同時、

『あら?

 ってちょっとぉ、何か凄いのが出てきたわよ!?』


『しまった! いつかのジャッジとかって正義の味方(バカヤロウ)だ!』


 想定していた最悪の事態が現れた。

 まぁ前回を鑑みるに然程の脅威と言う訳ではなさそうだが、しかしニズヘッグの一撃を容易に耐えうる装備を所持しているのは確かだ。


『フレイ!』


『すまん揚羽! 変わってくれ! 私とA10はそちらに向かうっ!!』


 言うが早いか、フレイは割れたガラス窓を飛び越え駆け出す。最後にもう一度客の塊を一瞥し、俺も後に続いた。


『――はいよっ』

 虫の揚羽はいつものように快諾する。


 俺とフレイ、二人掛かりでも見つからない標的も、しかし恐らく揚羽に任せる方が確実だという確信がある。だが同時に、多様性のある揚羽の兵器は破壊工作にも秀でており、初期の配置は決して采配ミスとも断言出来ない。


 まぁ俺が一番のネックなのであるが、言っても俺は戦闘員である事は再度強調しておきたい。《《虫》》は怪人と同等の戦力足りうるから《《虫》》の名を冠するのだ。



 対峙した正義のヒーロー、ブレイブ・ジャッジは明らかに前回と様子が違った。


「ごぉ!」


 気合一発、ヘラクレスの振り下ろした拳がコンクリの地面に炸裂し抉った。岩板が跳ね上がり、小さなクレーターを形成する。


「っ!」

 高く背後に跳躍したジャッジはその両手に一見すると玩具みたいなゴツゴツした銃を構え発射、赤く発光するエメルギーの弾丸の雨ががヘラクレスの沈むクレーターに降り注いだ。


「がぁああ!?」


 立ち上る土煙を打払いヘラクレスが上空に飛び出し、両手に掲げ持つ岩板を、着地し構えるジャッジに放り投げる。しかしジャッジが再び乱射した弾丸が岩板に着弾するや爆発、幾つもの小爆発の末に岩板は幾つもの破片へと姿を変える。


 怪人ニズヘッグの姿を認めるや狼狽え泣き出した姿は記憶に新しい。

 気弱な姿は既に無く、口数少なくブレイブジャッジはヘラクレスと大立ち回りを繰り広げていた。


 揚羽と入れ替わり、ブレイブジャッジに相対する現場に辿り着いた俺たちだが、フレイはそのままαの確保に駆け出した。

 遠目に確認出来る姿は、トラックの車体を包む炎を前に立ち尽くしている。その脇に立ちフレイは何かを確認するように少女の身体を調べているようであった。


 幸いにもヘラクレスはその名に恥じぬ暴れ振りで、むしろそういう怪人として表に出せる印象である。


「やるじゃないっ」


 ブレイブジャッジと距離を測り着地するとヘラクレスの身体、上腕部、大腿部の一部がパカリと開き、生まれた隙間から多量の煙を吐き出した。


 大きく開いた皮膚の下には鈍色に染まる機械と開閉のアームが覗き、それを見てようやく俺は北米本部が扱う機械化兵サイボーグと言う存在に実感を覚えた。

 全身義体と言えば良いのだろうか。巨漢のオカマ、ヘラクレス。鋼鉄の身体を持つ怪物。一切の兵装もなくコンクリートの地面を穿つその威力は、片腕のみの揚羽と違い人為らざる者との認識を強く印象付ける。


 そして俺は、とてもじゃないが役に立てそうに無かった。


 杖を構え殴りかかりはするが上体運動のみで躱され、反撃というにはおざなりに銃のグリップを叩き込まれ捌かれる。更に体制を崩した背中に銃弾をしこたま撃ち込まれ、俺は既に地に伏していた。

 身体能力の差と、運動神経、センスの問題である。


 大型トラック用の駐車スペースから少し離れ、既に粗方投げ飛ばされたか逃げ出したか、周囲の車両は片付き、一種のリングの様相であった。ヘラクレスが辿ってきたであろう道を示すのは、ひしゃげ、あるいは燃え盛るトラック。


 炎に照らされ、立ち尽くす少女を前に、ニズヘッグは小さく首を振った。


「おぉお!」

 三度ヘラクレスが地を蹴りジャッジに迫る。二丁の銃を構えジャッジが迎え撃った。乱射される銃弾をその身体の受け、それでもヘラクレスの勢いは止まらない。


「……」

 揚羽からの完了報告は未だ無い。かと言ってダラダラ戦闘を続けるのも都合が悪いだろう。敵勢力、正義のヒーローの余力を残しすぎると追撃の恐れがある。


 俺は倒れ伏した体制のまま、右腕をブレイブジャッジに向けた。


 強い意思というのが旨く理解出来なかった為、特定のイメージを頭に浮かべる方法を模索する事で、この半怪人の身体に与えられた力はようやくの理解に達した。


 目に見えない力が、人間ではなくなり、怪人としての協力な力も得られなかった俺には与えられた。これが一体何なのかは、未だに俺には理解出来ていない。


 指先から《《糸》》が伸びるイメージ。

 伸びて、伸びて、相手の身体に取り付き、その箇所の動きを阻害する。


「!?」


 右足に俺の糸を付けられ、恐らく回避運動に移ろうとしたのだろう、ジャッジの動きは一瞬止まる。


「っらぁあ!」

 裂帛の気合を纏いヘラクレスのタックルが炸裂した。重い衝撃音。ヘラクレスの鋼鉄の身体が何十キロという速度で突撃したのだ。

 足を取られ防御も間に合わず、ジャッジは宙を舞う。


「ごぁ!」

 すかさずヘラクレスは追撃をかける。ジャッジの足を伸ばした腕で掴むとそのまま地面に叩きつけ、その上に馬乗りになるや拳を連続して叩きつける。


『ちょ! 倒しちゃダメですよ!』


 《《糸》》を解除し起き上がり、俺はヘラクレスに呼びかける。

 思えばあくまでヘラクレスは、本部から来た配達人。日本支部の茶番を理解していない可能性があった。


「わーってるっ! わよ!!」


 野太い腕を一つ、二つと振り下ろしていく。ゴキンゴキンと響く音は、だがとても無事でいられる風には感じられない。


『ちょ、ちょ!』

 心配になってヘラクレスの元に駆け寄る。


 だが次の瞬間には乗りかかられるジャッジの身体から炎の奔流が吹き出し、直後、直下から放たれた拳に今度はヘラクレスの巨体が揺さぶられた。

「ごぉ!?」


 顔面を抉らんばかりの拳。ヘラクレスの顔面が横に九十度以上回った。首元から小さな爆発が起きた。

 続いて胴体を襲う拳、巨体が揺れる。


「――!!」

 荒い呼吸が聞こえた。


 再びその両手に握られた二丁の銃がヘラクレスの胸元に構えられ、放たれるエネルギーの嵐。


「ごあああああ!!」

 野太く、濁った叫びが轟く。


 首をあらぬ方向へ曲げ、胸元で立て続けに巻き起こる爆発に身体を揺らしながらも、ヘラクレスは両手を掲げ組み、勢い振り下ろす。

 その威力はジャッジの身体を伝わり、周囲の地面ごと陥没させた。


 陥没に巻き込まれそうになりながら、何とか距離を図る。


 ブレイブ・ジャッジは強敵であった。機械仕掛けのゴリラさながら打ち付けられる拳に耐え、更に反撃は確実にヘラクレスに届いていた。


 最早死闘と言わんがばかりに矢継ぎ早に交わされる必殺の威力を持つ攻撃。そしてついに、ヘラクレスはジャッジへのマウントから退いた。

 僅かな勾配を形成した窪みの中、ヘラクレスは二歩たたらを踏むように下がる。


「……ぉおおおおおお!!」


 ゆらり立ち上がるジャッジが、地の底から湧き上がるが如く叫ぶ。

 アーマーの肩部、壊れた回転灯が一際強い光を放った。


「!!」


 銃を、揃えるように両手を突き出し構える。銃口から放たれたエネルギーは、しかしヘラクレスに向かう事なく銃先で巨大な塊となり膨れていった。


 危機感を覚え《《糸》》を伸ばす。

 脳裏に描いた糸がジャッジの腕に届くかどうかの刹那、


 しかし溜め込まれたエネルギーは放たれた。


「ぐぅっ、ぉお!」

 腕をクロスさせヘラクレスは防御を固める。

 放たれた力の奔流はその場で幾条もの弾頭へと拡散し、横殴りのスコールとなってヘラクレスを飲み込んだ。弾はヘラクレスの周囲を逃げ場なく降り注ぎコンクリを穿ち、爆炎は重なり合うようにやがて巨大化していった。


 《《糸》》が届きジャッジの腕を跳ね上げる頃には、既に熱線の雨は周囲を焼き払った後。

 もうもうと立ち上る煙と、遅れて降るコンクリートの礫。


『ヘラクレスっ!!』


 晴れぬ煙の中、燃える道の上。呼びかける声に答える者は……。


「ヘラクレス! そいつを殺せぇっ!!」


 フレイの声。与えられた役割《怪人役》を投げ捨て叫ぶ。


 その左手には、壊れた人形の様に力無く、抱き抱えられる少女の姿があった。


 腰を抱えられ両腕を投げ出し、フレイが歩くのに合わせ、揺れる。いつしか少女は真っ赤な衣服に身を包んでいた

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