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戦闘員の日常  作者: 和平 心受
戦闘員の日常 0
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戦闘員の非日常7

 頭数だけだったとは言え、戦力が下がった事は確かだった。


「ブギャアッ!」

 一撃を受け、胸に破裂するエネルギーの奔流にバケモノは潰れた某かのような悲鳴を上げた。


 五人。子供を回収し引き渡してきたのだろう、黄レンジャーが戦線復帰し、いよいよ終わり方を見極めねばならぬ時が迫っていた。


 怯んだ所を追い打つ、駆け抜ける要領で、一撃、二撃。

「うおおおおおっ!」

 止めとばかりに五人目、赤レンジャーがバスタードをバケモノの腹に叩きつける。


 いつものように外周をうろつき、嫌がらせの攻撃を加えていた俺と揚羽は、

 ――既に地に伏していた。


 無論、まだ余裕はある。スーツは何とか二撃目を防いでくれ、ズタボロも良い所ではあったが生きているので問題はない。

 揚羽も同様で、エネルギーの刃が途切れた所を一撃食らったが、無事を知らせてきている。


 今俺たちは《《その時》》が来るのを待っていた。バケモノが倒れ、爆発四散する瞬間をだ。


 既に以前その流れで補足されたケースはあったが、かと言って戦闘中に逃げ出した所で、誰か一人でも追撃に回れば似たようなものだ。いや、あるいは揚羽が殿しんがりに回ってくれれば旨い事こなしてくれるかもしれないが。


「コ……ココ……コ……」


 バケモノが膝をつく。身体の各所に刻まれた傷はケロイド状に焼けただれ、お陰で体液を撒き散らす事はなかったが、悲惨なものだった。連続攻撃を受ける姿など、ただ純粋に怯えていたようにも見える。


 腕が千切れ、深い傷を穿うがたれ、凄まじい熱量に焼かれる。バケモノの腕から力が抜け、膝立ちの姿、息絶えた。


 かのように見えた。だがそこで一つ異変に気がつく。

『よし、動けるか?』

 連中に気づかれぬよう、声を落とし揚羽はたずねる。


『何かおかしいですよ。バケモノの背中が』


『背中が? どうなっている』


 仰向けに死んだふりをする俺と違って、揚羽は左腕を体の下に隠すようにうつ伏せ

になっている。五人のレンジャーも異変には気がついた。


 ピクリとも動かないバケモノ。事切れたと判断するに疑問はないだろう。しかし、焦茶色をしていた鱗が今は緑色に変色している。いや更にまるで背中から今まさに何かが生えようとうごめいている。


『何か、生えてる』

『……』

 戦闘の輪と反対に向いて倒れている揚羽はそれを確認する事は出来ない。俺は何とか詳細な報告をし、判断を仰がねばならない。


『虫……いや、あれは、芽?』

 見る見る内にバケモノの背中から何かが伸び、そうそれは発芽した芽が種の殻を捨て葉を広げる姿。

『背中から植物の芽が伸びてます』


 断言した。二つに開いた葉がしっかりと確認出来、そうしている間にも見る見る伸びていく。既に幾つにも枝分かれを始め、更に別れた枝が再度絡むように集まり太い幹を形勢していく。木というよりはつるだ。


つるが生えてます。バケモノを包む感じで相当な太さになっている』


『よし。ヤバそうなのは確かだな。タイミングどころじゃない、動くぞっ』

 言うと揚羽は跳ね起き、ワンステップ、遠ざかり振り返る。俺もまたうつ伏せに体制を変え身を起こした。

『こりゃぁ……』


 息をむ。五人のレンジャーもまた、目の前で見る間に変異していく姿に呆気に取られているのか、俺たちに意識は向いていなかった。


 ニメートル程の高さだろうか。苗床となったバケモノの身体は既に飲み込まれ、頂部には赤黒いつぼみが生まれていた。


「っちぃ!」

 動き出したのは赤レンジャーである。流石《《赤》》と言うべきだろうか。偏見も含むがこの手の赤色は総じて短気な脳筋だ。故にこそ、行動力に優れる。


 バスタードの刃を再度放出。横に薙ぐ。エネルギーがぜ、焼けていく。


「キィヤァアアアアア!」

 甲高い悲鳴にも似た音がつぼみから発せられた。バスタードの一撃を受けた部分から、つるが幾本かバラバラと焼け落ちていく。


 変身をするとは驚いた。しかしこれでもまだ、レンジャーたちに軍配は上がりそうだ。いや、上がって貰わねば困るのだ。


『植物タイプか。そんなバケモノも有りなんだな……』


 変貌を遂げたバケモノはつるうごめかせ、周囲を威嚇いかくするように散らせる。つるはまるで触手のように複雑に動き、周囲の者を明確に攻撃していた。


 つぼみが赤い花弁を花開かせる。幾つもの花びらを持ち、中心に本来ある筈の蜜はしかし無く、牙を持つ大きな口がポカリと空いている。食虫植物のラフレシアを思わせた。


「キィアアアアア!」

 バケモノが更に叫んだ。何十本とうごめく触手がやたらめったらと攻撃を繰り出す。一旦距離を取ったレンジャーたちは負けじと各々の武器を点火、つるを薙ぎ払っていく。


 何にせよ、


『どうしますか』

 あるいは、経過を見届けるか。たずねる。


『……撤収だ』


 懸命な判断である。幾つかの脱出を乗り越えたとは言え、脱出魔法のような手段を持っている訳ではないのだ。装備を脱ぎ収納し、警戒網を潜り抜け、荷物検査が無いようにと持ち物検査に鉢合わせた学生のような心持ちで俺は帰っていた。ある時はバスに揺られ、あるときは電車でもみくちゃにされ。


 直近二回でこそ歓送迎付きという例を見ない待遇であったが、それもヤクザの送り迎えと考えると心中微妙で、しかも送迎というよりは逃走劇であった。

 ある程度実験の流れに慣れた身としては、改めて《《逃げ》》にこそ重要性を見出すものである。


『はい』

 故にその判断に二つ返事で応えた。途中レンジャーたちに気づかれぬか心配であったが杞憂きゆうに終わり、俺たちはその場を離脱した。


 背後では幾多の罵倒や気合、爆発音が立ち代わり入れ替わり。


 バケモノの声が、イヤに脳にこびり付いていた。





 引っかかる部分はある。万が一、第二段階変異を起こした魔物が平警備保障のレンジャー五人を打ち倒してしまったら、と。

 今実験行動に際して、追加の指示は一切なく、全てを今まで通りに仕舞うのが望まれる。


 となるともしバケモノが勝ってしまった場合を想定するに、恐らく他の標的を求めて街へと進む事だろう。微速ながら強化を繰り返され、かつ今はどれほどの強度を持つかも予測不可能なバケモノが果たして銃弾で対処出来るのか。バケモノが倒れるまでにどれ程の被害が出るか。それは、望まれざる状況である。


 俺はフレイではない。故に、何故態々やられてやるか、なんてのは聞かされた事でしか判断出来ない。ゆっくり研究を進めたい意図を示すフレイだが、しかし結局いずれは大攻勢の目論見があり、遅いか早いかの問題に思える。むしろ遅滞行動が敵、平警備保障のレンジャーたちに極限定されるが、彼らの強化を促す側面も確かに認められる。状況はフレイの甘い皮算用を越え、一進一退の技術競争の体を成している。


 ならばいっそ今すぐ大々的な行動を起こしてしまうのも手かとも思わなくもないが、しかしそれは恐らく短絡的思考だろう。組織の目標が単に反逆反抗の類、一矢報いたい等というレベルならそれも良いだろう。しかし戦力がどの程度整っているかを無視したとして、凡そ大きな目的を達する前により大きな力に討ち滅ぼされる。


 つまり、現状を鑑みるに、どうあっても組織は目的を完遂する事は敵わない。手段が目的で無い限り。


 どこぞの運営が安定しない国を乗っ取ったとして、周辺国家、あるいは世界の警察を気取る大国に睨まれればオシマイなのだから。





「――以上までを確認して引き上げた」


「うん、お疲れ」


 基地に戻った俺たちは揚羽に伴われ、報告の為フレイの元へ赴いた。


 フレイは既に元のフレイ(ひんにゅう)の姿に戻っていた。一体どんなカラクリがあるのか気になる所である。


 第六研究室。研究員含めると七名では大分狭っ苦しい室内。視線の先ではスーチ含め研究員たちが解析作業を進めていた。


「第一、変異細胞開発室の記録ログからは特に異常は無かったんだよねぇ」


 俺たちの撤退に一切のおとがめは無かった。そも、最早もはや目くじらを立てる姿を予想出来ない程に、彼女はゆるい思考である事は明白。そして何より、今回の魔物の変異は事故であった。設計上決してあり得ない事故。


「ああ、ちなみにバケモノ、そうだねぇ名前をつけるならイレギュラーでいいか。アレは無事処分された。爆破処理も機能したから、何とかやれやれだね」


 何度聞いても違和感しか感じないセリフである。我が方の敗北に安心するなんて。


「んー、どうよ、スー」


「いえ……何も」


「フレイっさま、特に異常なしっすわー」

 顕微鏡や各機材に取り付いて記録を取っていた面々が次々とお手上げする。


 半化物となった俺の観察も行うこの第六研究室。少女研究者スーチを含む面々は人体注入後の変異細胞の計測と安定化を主に担当している。現在は基地に残された今作戦投入個体R11(イレギュラー)の細胞を使い、原因の究明を進めている所であった。


「となると追加で何かしらの因子、生命維持層を出た後の何かしらが影響したと言った所かい? 木が生えた、形状はマングローブみたいだね。で頭頂部には花が咲き、ラフレシアのような口があった、と」


「自然発生したとは考え難いですね。そもそも外界に存在する植物ではない」

 研究員の一人、アジア系の優男ウーが付け加える。


「あー、」

 じっと黙っていたが、言っておいた方がいいかと俺は挙手した。


「俺の見た限りだと、死んだ直後当たりから背中の鱗が変色して、それから芽が出ました」


「カビでも生えたのかもね」


 視線が集中し気後れした。即座にフレイが茶化し半分拾ってくれた事が有り難い。


「……仮説ですが、傷口から植物の――今は種がある時期ではありませんね。繊維が入り込んで因子に反応、変異を起こしたといった所でしょうか」


「うーん、植物で研究進めてる所は無いからな。可能性だな」

 スーチが続き、小太りの白人ジャフが続く。


「やってみるぅ?」


「そうだね。別途植物ベースで何か培養してみてくれるかい」


 肘を抱き肩を竦めフレイが言うと、研究員たちは合図かのように向かい合う。


「だったら基礎が出来上がっていないジャンルだ。繁殖力の低いもので試してみるべきだろう」


「現場の再現を考えるなら芝ですが」


「そりゃマズい。あっという間に育っちまう」


「そだね。安全第一でいきまっしょい」


 矢継ぎ早に意見を交わし、纏める。素晴らしいチームワークと言えた。年がありえない程低いスーチも気後れする事なく混ざっており、見てて安心出来る。


「うん、頼んだよ」

 フレイは指示し、部屋を出る。残ってても邪魔でしかない、俺と揚羽も後に続いた。


 通路を出て歩きだす。恐らく向かうのは中央休憩室、魔王の玉座。


「監視からの報告では連中も苦戦はしたが大きな被害も無かったそうだ。程なく映像が戻ってくるだろうから、そしたら反省会と行こう」


 薔薇ローゼンとして行動していたのはほんの一時であったが、何故か俺はフレイのいつも通りの口調に安心を覚えていた。まぁ、当然か。


「フレイ……」


 中央休憩室の前まで辿り着いた時だった。脇に伸びる通路の先、彼女を呼ぶ声があった。


「……フレイア」


 見ると白い通路に暗い影を落とす存在感、一人の老婆が佇んでいた。


 肩ほどある緩く波打つ白髪、深く刻まれた皺に爛々《らんらん》と見開かれる目。曲がった腰。比較明るい色の洋服を着ているというのに、彼女、フレイアと呼ばれた老婆の周囲には禍々《まがまが》しいとすら感じられる気配がただよっていた。


「……駄目じゃないか、出歩いて。調子は良いのかい?」


 一歩踏み出しいつもの口調で語りかける。しかしそんなフレイの様子も、何故か少し緊張しているようだった。


「お陰様で最悪よ。

 貴方がだらだらやっているせい」


 外見とは打って変わって、ヒステリーを起こしたように声は甲高かった。


 基地に出入りする全職員を把握しきれている訳ではなかったが、どうにも外部の人間らしい印象を受ける。


 だが、《《フレイア》》とフレイは呼んだ。それはつまり、


「そう言わないでくれ。これでも考えてはいるんだ」


「ええそうでしょうとも。それをしないなんて意味の無い事ですものね。

 でもね、痛いのよ。それが解って? フレェイ」


 静かに、穏やかに、その口調はさながら淑女である。だがその声が、ねっとりとまとわりついてくる雰囲気が、得も言われぬ不快感を感じさせる。遠くに有りながら下から覗き込むように首をかしげ、呪いの言葉かのようにフレイの名を繰り返す。


「解る? アタシの痛みが。頭が、身体が、指が、臓器が、心が、魂が! 痛いの!痛いのよ!! アンタ! そっ」


 フレイアは急に口調を変貌させ怒り狂う。髪を振り回し、唾を撒き散らし、勢い、フレイに向かって詰め寄ろうとしたのか一歩踏み出し、つんのめり倒れ伏した。慌てて駆け寄り、フレイは手を伸ばした。


「落ち着いて、無茶はダメだよ」


 フレイに支えられ起き上がる頃には、今度は引きつるように涙を流している。


 揚羽に助けを求める。視線をやると揚羽もまた顔を強張らせ、口を半開きにさせていた。


「さぁ、戻ろう。せめて少しでも身体を楽にしないと」


 手を回し背中を支え、他の誰に向けるより優しく語りかける。フレイの顔には複雑な感情を混ぜた笑顔が張り付いていた。


 フレイアはそんなフレイを払い除け、一人通路の奥へ消えていく。


「……すまない」

 背中を見送る背中、本当に小さく、フレイは呟いた。




 

 

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